RAS
いつものように登校してきたタカハシは、いつものように睡眠不足であるらしい。声をかけると、あくびをしながら挨拶にこたえ、ぼーっとした表情のまま後ろの席にすわった。そのまま寝るかとおもったが、気になることがあるようだ。
「最近、犬、多くない?」
タカハシがたずねてきた。
「そうか?」
「このところ、散歩している犬を、よくみかけるんだけど」
「日和がよかったからじゃないの?」
「それは、まあ、そうなんだけど……」
タカハシは納得していないらしい。
偶然という言葉で片付けることが難しいのだろう。
「RASって知っているか?」
「らす?」
「人間の脳にはRASという機能がある。膨大な情報のなかから、いつも見ているもの、関心のあるものを優先的に選択して、それ以外の情報をいらないものとして処分する。そうやって知覚に負担をかけさせないようにしているらしい」
見えているはずなのに認識できない。
意識が変わると、見えなかったものが見えてくる。
「このところ犬をよくみかけるようになった、ということは、最近になって犬に関心を持ちはじめた、と考えられるわけだが、心あたりは?」
タカハシは斜め上をみていた。
思い出そうとしていたが、うまくはいかなかったようだ。
「もともと好きだし、最近になって、関心を強めたおぼえはない」
タカハシが嘘をつく理由はない。
「となると、人間の脳がそなえている、なんかすごい機能がはたらいたと考えるべきかもしれない」
「つまり?」
「最近になって関心をむけた、なんらかの疑問において、その答えは犬であると、脳が勝手に答えを導き出したのではないだろうか。そのメッセージとして、犬をよくみかけるようになった可能性はある」
「なるほど」
タカハシは心あたりとなる疑問を思い出そうとしていた。
なにを考えているのかわからない。眠そうな顔だ。健康的な生活が必要であることは間違いない。もうちょっと睡眠習慣に意識を向けられないものだろうか。運動もかるい散歩くらいなら……。
「……犬じゃなくて、犬の散歩をしている人をみかけるようになったんじゃないか?」
「ん?」
「いやだから、犬をつれて歩いている人間に」
「ああ、そっちの犬じゃないから」
「はぁ?」
「犬耳のほう」
タカハシは大きな欠伸をすると机に身体をあずけた。
「おいっ、タカハシ! タカハシー!!」
タカハシは熟睡モードに入っていた。
どれだけ叫び、身体をゆすろうとも、情報を吐かせることはできなかった。




