万年と千年
「── と、言うわけなんだけど」
「ん?」
「へぇ……」
「はぁ」
遅れてやってきた三人に惨状の原因を伝えてみた。
うーん。ボクは説明が下手なのかな? 今ひとつ反応が薄い。
「いや、だからね? リリーが言うには……って、リリー! キミが説明するのが一番早いじゃない」
なぜそこに気がつかなかったのか。
ボクもずいぶんと動転していたと言うことなんだろう。
「説明するのは一向に構わないんですけどね?」
そう言って、背後の屋敷の方に視線を向ける。
ん? なにかあるの?
……なんか、騒がしくない?
「ここ、街中ですものね」
「あ」
そうだった。
広大な屋敷の裏手こそ山に繋がる深い森になっているけど、正門側は通りに面した領主の館だ。市街地から少し離れてはいても、人里離れた野中の一軒家でも無し、アレだけの音と光を発してしまえば、近所の住人たちが気付かないわけがない。
「なんなんだこれは」
「この屋敷は新しい領主さまが決まらないまま誰も住んでいなかったよな」
「いや、最近になって怪しげな若い連中が出入りしてるって聞いたぞ」
「自警団を呼んでおいた方がいいかもしれないな」
「すごい爆発だったし、もう連絡は行っているだろう」
「―― だいたいこんな会話でしょうか」
遠くから近づいてくる足音の一団の会話を、ヘンリが風の精霊術で聞き取って伝えてくれる。
「ヤバいの」
「ヤバいですわね」
「ヤバいと思います」
「ヤバすぎですよ奥さま。どうします? 説明します?」
そんな余裕あるか。
やがて姿を現した街の男たちから『いないいないばあ』で身を隠してやり過ごしたボクたちは、そそくさと屋敷に戻って手荷物をひっつかみ、闇に紛れてそのまま街をあとにしたのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
無事に街から抜け出したあと、近くの村の宿屋にひとまず腰を落ち着けた。
さて、まずはリリーにいろいろと、みんなへ説明をしてもらわなければならないんだけど。
「それもわかりますけどぉ、まずは奥さまとだけ話したいことがあるんです~」
かわいく言いつつ、未だに詳細が飲み込めていないみんなを置いて、リリーがボク一人をを引っ張り出したのは、宿からほど近い見晴らしのいい丘の上だった。
「人気がないのが確認できればどこでもいいんですけどね」
言ってにっこりと笑ってから、本題に入る。
「人間の歴史は一万年。魔族の歴史はいいとこ千年ですよ、奥さま」
開口一番、自慢げにウィンクしながらそう語り出すリリーに、ボクはちょっとカチンときた。
「それはだから、魔族は統一に時間がかかったからで」
そう。
実のところ、魔族を『魔王』が統べることになってから、まだ千年余しか経ってない。
千年って聞くと長く感じる?
でも、そうなるまでの数千年間は、勝利したボクらデーモン族と、ラウラの属する龍人族、ヘンリのダークエルフ族などが、血みどろの戦いを繰り返していたんだ。
ね。統一してからの時間が、ずっと短く感じるでしょ?
ちなみに、その直後。
初代魔王は、統一した魔族軍を率いて、人間族との戦争を始めたんだよ。
のちに《第一次魔人大戦》と呼ばれるようになるのがこれ。
どうでもいい話だけど、人間側では《第一次人魔大戦》と呼んでいるらしい。
「う~ん。奥さまそれ、信じてるんです?」
「え?」
「いくらなんでも、それ以前の記録が全く残されていないのは不自然じゃないです? うん、不自然ですよね。ホントに詰めが甘いというか~」
「詰め?」
何を言っているんだろう。
「人間の方には、もう一万年分の歴史書があります」
「だからぁ」
「それによれば、魔族が“出現”したのは、ほんの千年ほど前です」
「……ん?」
だから、魔族の統一国家としての魔族領が成立したのがその頃ってことで。
「それ以前には、隣国で暴れていたはずの、人為らざる強力な知的生命体のことなど、一切記されていないんです。魔族の間で物語的に伝わっているらしいその、魔王による統一前ですか? そんな話もまったく書かれていません」
えっと。
存在の認識さえされていなかった、ってこと?
事実なら、それはたしかに不自然かもしれないけど。
だけど、ボクらは人間の歴史書にほとんど触れたことなんかないんだ。真偽はわからない。
「それも無理はないんですよ。人間領の一般人もほとんど知らない事です。なにせ『信頼の置ける歴史書』とされるものは、王国が厳重に管理していて、一部の王宮直属の学者にしか公開されていないんですから」
「なんで? そんな都合の悪いことでも書かれているの?」
どうやらリリーはその“一部の王宮直属の学者”に含まれているようだし、聞いてみたい。
「それがですね~。な~んにも」
「な~んにも」
「はい。な~んにもです。都合の良し悪しどころか、さっき言ったことだけ。千年前に突然現れた“魔族”を自称する異形の大群が、隣接する人間領の国々に突然なだれ込んできたってことだけです」
異形の大群ねぇ。ヒドい扱いだ。
「魔族の進撃は、瞬く間にいくつかの国を滅ぼしました。その尖兵にして、最終兵器と呼ばれた一人の男の力は、まさに絶大だったのです。人間側にはまったくなすすべもありませんでした」
「一人の男? たった一人が人間の国を滅ぼしていったってこと?」
「そういうと語弊がありますけどね。人間側の最終防衛戦に単身突っ込んで、親衛隊ごと王族を皆殺しにしていったらしいですよ。そうなっちゃえば、残りの部隊は烏合の衆に変わりますから」
指揮系統の破壊された軍の脆さは、もちろんボクもよくわかってる。
「で、まあ。そのおかげで《ルダミコー大帝国》が目前にしていた、人類統一国家樹立の夢は、露と消えたわけなんですよ」
「る……るだみこー? なに?」
「うーん、そうですね。あ。奥さまがぁ、座っていた玉座はどこにありました?」
「え? そりゃ、魔王城だけど」
「魔王城って、いつから魔王城になったか知ってます?」
「……まさか」
「はい。現在の魔族領の首都は、かつてルダミコーの首都でした」
そんなバカな。
いくら混乱してたって言っても、そんな事実が伝わっていないとは思えないよ。
「奥さま。『そんなの人間側のでっち上げだ』と思ってますね?」
「……《最初の勇者》は、人の心も読めるわけ?」
「読んだのは顔色です。勇者のスキルというより、間者のスキルですね」
そういえばリリーは、もともと間者として派遣されていたんだっけ。
あの頃は自分が勇者であることも知らされずに、そんな教育を受けていたんだろう。
魔族に残されている最古の ――信頼の置ける ―― 歴史書に記されているのは、人間たちとの戦争に圧勝した後の出来事からだ。現在の魔族領の建国から記述が始まっている。
それを成し遂げた初代魔王は、かなり有利に人間の国家との終戦協定を結んだ上で、国内の反乱勢力の鎮圧に乗り出したとあったはず。
うん、魔王が国外へ目を向けている間に、またぞろ国内で暴れ始めた種族がいてね ―― 龍人族たちなんだけどね ―― これがなければその後も魔人大戦は続いて、結果として魔族領土は現在の数倍にまで広がっていただろうと考えられているよ。
「当時の魔族は、人間の細かい区別もろくにつかないし、とりあえず目についたところから、その……潰していったから、国の名前とか伝わってないんだよ」
自分で言っていてなんだけど、相当に苦しい言い訳だと思う。
「なるほどぉ」
「なんか言いたそうだね、リリー」
「それはひとまず置いておきましょう。私がもっとも気になっているのはですね」
言って、立てた指をぴらぴら揺らしながら続けるリリー。
「世界統一目前だった大帝国の隣に突如として強力な怪物たちが現れて、その野望をいとも簡単に打ち砕いてしまった『偶然』についてなんですよ」
更新頻度が下がりすぎているせいもあって、設定がすっぽり頭から抜け落ちていることが多すぎる。
もっとうまくまとめておきたいなぁ。




