ラブコメ
「よう、エーレン。アタシ魔法が使えるようになったよ~」
「………………」
「……奥様、手遅れだったみたいですね」
いろいろ納得して、みんなの元に戻ったボクとヘンリを待ち受けていたのは、すっかり女の子が板についたギデオンだった。
「あ、奥様。すごいですよイザベルったら」
「……イザベル?」
リリーが何やらはしゃいで聞き覚えのない名前を口にする。
「LM12-Kの本名ですわね」
「本名? あの子それも消されてなかった?」
「脳の方には残っていたようですわ」
ラウラの説明を聞く限り、どうやらLM12-Kは記憶に関して脳をあまり使っていないと判断できる。勇者システムに封じられた魂の中の記憶のみを改ざんして利用している、ということ?
これはLM12-K固有なのか、LM型全般に言える仕様なのか。
あるいは、勇者シリーズすべてがそうなのか?
どのくらい黙考していたのだろう。
「エーレン?」
「え。あ、ギデオン、なに?」
「いや、えっと。ごめんなさい」
「は? なに?」
「無神経なこと言って怒らせたから」
ああ……そのことか。
「ううん、あれはボクも短気だった。ごめんね」
ボクも素直に頭を下げると、ギデオンは、
「うん!」
大輪の花のような元気な笑顔を見せてくれた。
「か、かわいいですよね、奥様ぁ~」
「う、うん」
ホントにかわいい女の子だ。
ボクたちに襲いかかってきたLM12-Kには陰気さしか感じなかったのに、本当の、大元のあの子はこんな性格だったのだろうか。
ボクに頭を撫でられてくすぐったそうに微笑むイザベルを見て、そんなことを考えていた。
………………はっ?
「ちょ、ちょっと、ギデオン?」
「……あ、俺か。なに?」
「『なに』じゃないでしょ。すっかり幼女じゃない。なにしてんの」
「……なにって言われても」
ボクの想定では、魂の移植後に記憶の二重化が自動的に魂と脳の関係で再構築されるはずだった。
つまり、魂が脳を上書きすると思っていたわけ。
それがどうだ。逆じゃない?
まるで、ギデオンがイザベルに乗っ取られているみたいじゃない?
そうであるならばまずい。
放っておけば二重化が完成して、ギデオンがいなくなってしまう。
「ヘンリ、勇者シリーズの記憶装置についてはわかる?」
「すみません奥様。そこまでは仕様書に書かれていませんでした」
ヘンリはスタニスと二人で旅をしている間に、勇者に関してかなりの調査を進めていた。その彼女が知らないというのだから、おそらくはこのLM12-Kの構造は勇者シリーズから逸脱しているものではないんだろう。
「つまり、もともと勇者は記憶の二重化をしていない?」
「エーレン、リリーは生物の記憶が二重化されている事を知らないようでしたわよ」
すかさずラウラが今まさに必要としていた答えをくれた。
「人間たちの魔学がここまで遅れていたとはね」
「勇者の記憶は脳から切り離されて魂側のそれしか使っていない、わけですか。なんて乱暴な」
ヘンリにしてもまさか予想外すぎて、調査の埒外だったのかもしれない。
「つまり、リリーも脳の方には昔の記憶が残っているかもしれないんだよね」
「……そうなりますね」
リリー本人には聞こえないように内緒話。
彼女、リリー・マールバラは《最初の勇者》だ。
でも、彼女を基準体としたLM型勇者は、自分が勇者である事を自覚すると精神崩壊を起こす。いまギデオンの魂が入っているLM12-Kも、それで動作を停止してしまったんだ。
だから、リリーには極力勇者システムの内情については聞かせたくない。もっとも、LM型にはなるべく勇者に興味を示さないようにと精神に暗示がかけられている節もあって、それほど気を遣わずともいいみたいではあるんだけどね。
そんな経緯から、少し前にヘンリとスタニスは、リリーの記憶の一部を消去している。でもそれは魂側の記憶だけで、脳の方は一切いじっていなかったということなんだ。
あどけない少女に楽しそうにあやとりを教えているリリーを見て、ボクは再び思案にふけ ――
「だぁかぁらぁ!!」
それどころじゃないでしょボク!
「リリー、なにやってんの。ギデオンの幼女化を促進させないで」
「え~? でもかわいいですし」
「かわいいけど!」
「エーレンもかわいいよ」
ぎゅ。
ギデオンが無邪気に抱きついてくる。
ま、まてボク。ダメだ、それどころじゃないんだって。
「エーレン?」
上目遣い。小首をかしげて。「どうしたの?」とこられたら。
「かわいいっ! ギデオンかわいいっ!!」
「わっ」
思い切り抱きしめるだろフツー!
「こうなりますよねぇ」
「奥様……」
「エーレン、気持ちはわからないでもないですけど」
外野の声など知らない。
だってかわいいんだもん。
「……あれ。エーレンに抱きしめられても勃たないな」
「……はい?」
少し離れて、じっとギデオンの顔を見つめると、そこにあるのは。
「まあしょうがない。とにかく久しぶりにやろう!」
「その身体でなにやるんだよっ!!」
ぺしーん。
思い切り額を手の平で叩いてやった。
・
・
・
・
「痛ってえなぁ。なにするのエーレン」
「『なにするの』と聞くかなキミは」
かわいい見た目のままハンパに男らしさを取り戻したギデオンのクレームを一蹴しながら、とりあえずまだギデオンは消えていなかったことに安堵しているボクだった。
「エーレン、俺いったいどうなってるの? ときどき意識が飛ぶような気がするし、そうでなくてもいまもなんかもじもじするし、叩かれて痛かったしこわかったし」
「ああ、はいはい。ごめんなさいこわがらせて。んっとね、何が起きてるかといえば、キミの意識が……いや、記憶がイザベル? その身体の持ち主の少女のものに乗っ取られかけてるんだと思う」
「え? だってこの身体の持ち主はもう……」
「うん、魂……意識と言い換えてもいけど、それはその身体に残ってない。そこは請け負える」
あの子の魂は、ハート型の《場裡への伝手》に吸い出してある。
間違いなくそこにはいないんだ。
「魂と脳の記憶方式はまったく違うものだから、二重化の時にある程度は少女の影響も残るのはわかってたんだよ。しばらく女の子口調になるくらいはあると思ってた」
「じゃあ、いまのこれは問題ないのか?」
ボクは首を振って説明を続ける。
「ううん、ボクは勇者の記憶システムを誤解してた。勇者は魂と脳を結合させちゃうと脳が優先されるんだけど、勇者としての改造は魂の方しかできなかった。たぶん、それだから勇者の開発者たちは両者の結合をあきらめていたんだと思う」
技術的に無理だった、と、単純な話なんだろうね。
「よくわからんが、俺はどうなるの」
「間に合わせにでも、今から結合を解除しなければいけないんだと思うけど……」
どうやればいいのか、そこが思いつかない。
もう蓄魔器も空っぽだ。いまここで何ができるんだろう。
「それなんですが、奥様」
「ヘンリ?」
それだけ言って、ヘンリにしては珍しく言いよどんでは目を逸す繰り返しを見せる。
「なにかアイデアがあるなら言って。なんでもするよ」
実際、わらをもつかむ思いだ。
こうなったら、どんな小さな可能性にだって賭けてみたい。
「ええ。でも、やっぱりこれはないかな」
「ある。あるよ、あるから言って」
「あります、かね?」
「あるよ、この中で一番勇者に詳しいのはヘンリじゃない」
「そうですよぉ、早く言いましょうよ先輩」
「ヘンリ、俺からも頼むの。お願いなの」
「だんな様、もう壊れる寸前ですね。折紙する?」
「リリー、やめて」
「え、やっちゃダメ?」
「ギデオン」
そんなこんなの八方ふさがり。
ヘンリはようやく、重い口をゆっくりと開いて言った。
「……わかりました。奥様、愛です」
「愛」
……なにを言ってる?
「はい。愛です。ラブコメしましょう」




