システム再起動
「本気ですの? こんな露天で魂の移植を?」
ラウラがボクの正気を疑うような視線を向けてくるそばで、最初から何をするかわかっていたヘンリは、少女の亡骸をギデオンのとなりに横たえて服を脱がせている。術式の準備だ。
そんなヘンリのすぐとなりで健気にヒールをかけ続けているリリーはと言えば、ボクらの会話はすべて聞こえているはずなのに、こちらに背を向けたまま沈黙し口を差し挟んでくることは最後までなかった。
「みんなのおかげで準備は万端。やるよ」
「……ふぅ。あたくしにできることは?」
今ひとつ気乗りのしなさそうな声で、それでもラウラは協力を申し出てくれる。ありがたい。
「シビアな作業になるから、なるべくフラットな魔力が欲しいんだ。蓄魔器内の魔力を、ラウラの魔術経路にバイパスして放出口に戻したい。たぶん、終わったあとに少し魔力中毒を起こすと思うけど、手伝ってくれる?」
魔術師の杖の中に刻まれている疑似魔術経路は、効率よく魔力の伝達を行うことには適しているけれど、生体に存在する自然な魔力抵抗が存在しない。だからこそ杖にチャージした魔術の発動にラウラのツノが活用できるわけ。
でも一方で、杖から物理変換しない魔力を外部に放出する場合には、その流れが人工的で無機質なものになっちゃうんだ。
大抵のことならそれでもごまかしは利く。
ただ、今回のような《魂の移植》となると、そのわずかの違いが失敗の可能性を大幅に上昇させてしまう……と、思う。自信なさげなのは、だってボクだってこんなことやるの初めてだもん。
「大きな貸しですわよ。あら?これでいくつ目の貸しかしら」
「返す返す。絶対返すから。ね?」
「ホントに調子のいい人ですわよね。惚れた弱みにこんなにつけ込んでくるなんて思いもしませんでしたわ」
「あはは」
「……いえ、思えば最初の出会いからヒドい人だった気がしますわね」
「……はっはっは」
まあね、けっこう利用しちゃってた感じはある。でも、ホントに感謝してるし、借りは返すってば。いつか、精神的に。
「じゃ、じゃあ、いこう。ヘンリは杖を持って。そう、先端をギデオンに当てて。途中で蓄魔器が空になってイジェクトされたら予備のものと交換して」
「わかりました」
「ボクの指示があったら、次はとなりのLM12-Kに照準を合わせて」
「確認無しでよろしいですか」
「うん、即座にお願い」
蓄魔器の残り本数は三本。足りるといいんだけどな。
もし足りなかったら、ぶっ倒れるの覚悟でボクの中から魔力を吸い出すしかなくなるし……段階によっては術式の維持に支障が出る可能性がある。
ま、それを先に考えても仕方がない。
「リリー、たいへんだけどもうちょっとだけヒールをお願い」
「了解です」
リリーはそれだけ答えて、黙々と作業に戻る。
勇者システムを吸い出す前にギデオンの素体が壊れたら術式は失敗だ。
なんとかもう少しだけ“生かして”おかないとならない。
大きな深呼吸をして、ラウラが両手の人差し指を別々の《Using Soul Bus》ポートに差し込んだ。
蓄魔器からの魔力が右の指からラウラの魔術経路に入り、左手の指から杖に戻す形。こうして、大魔力を人の魔力パルスに変換するんだ。
ヘンリが支えてラウラの魔力を通す杖を、ボクはしっかりと握りしめる。
そうか、これは魔族三名の合同魔術でもあるんだ。幸運値の相乗作用も期待できるし、ぜったい成功するね!
魔術に大切なのは、屁理屈と思い込みなんだ。
成功すると思えば成功する。ぜったい。ぜったい。まちがいない。
準備のシメに、魔術スロットにハート型の《場裡への伝手》を装填。
「いくよ、みんな」
「はい」
「いいですわよ」
「だんな様のバイタルは安定中です」
叙述魔術である以上、行使の段階になれば攻撃や治癒魔術とまったくかわらず一瞬で発動させられる。
魔力さえ足りていれば、だけど。
「スタート!」
「くふっ……」
杖に装備された《可変魔力抵抗器》がうなりを上げる。
と、同時にラウラの口から漏れる軽い苦悶の声。
ごめん、ホントごめん。
バシュッ!
一瞬で空になった蓄魔器が排出される。すかさずヘンリが予備のそれと交換するのを横目に見やり、魔術を継続。
「ヘンリ!」
「はい」
ヘンリが杖の向きをLM12-Kに向け直すと同時に、二本目の蓄魔器が排出される。
想定より魔力使用量が多いな。ロスの計算が甘すぎた?
「奥様! だんな様の鼓動が止まりました!」
「なんですって?」
リリーの悲痛な叫びと、ラウラの狼狽が伝わってきたけど、そこは想定通りなんだよ。
「リリー、もうギデオンはいい。LM12-Kに魔力を通して。
すでにギデオンの勇者システムはもう肉体には残ってないんだ。
―― ハートとは、心臓、命、心を模した形。
であるならば、ハート型に作られた《場裡への伝手》は、命の、心の器になり得る。ならないわけがない。ぜったいなる。
なぜなら、魔王がそう思ったから。
そして、もう一つのハートに少女のもう動かなくなった勇者システムを移すことで、素体を空っぽの状態にリセットするんだ。
「吸い出し終わり! このままギデオンを押し込む!」
さすがに六レベルもの高位術だ。魔力を湯水のように使って作業が進む。
それはやがて ――
バシュッ!
やっぱり足りないか!
「ヘンリ、ラウラ、あとお願い!」
それだけ言って、ボクは杖を一段と強く握って封印されているはずの魔力放出を全力で開始した。
すでに術式は最終段階だ。魔力が途切れない限りボクが離れても継続するはず。
うわ。気持ち悪くなってきた。意識が飛んでいく。
・
・
・
・
――よい、よい。
――そうして妾に全てを委ねるがよい。
――ギデオンめは助けてやろう。
――その代わり……お主のその身体を……。
――ふむ? まだ早いか。目覚めが足りぬか。
――よいだろう。楽しみはあとに取っておくものかもしれんな。
――いまはまだ、お主に預けておこうよ。
・
・
・
・
「……くさま」
んー? なんか身体が揺れてる。なんだ。
「……ーレン! 起きなさい!」
揺れてるっていうか、揺らされてるのか。
やめてほしいな。いまちょっと頭痛が痛いんだけど。
「奥様! なに寝てんですか。杖が止まってますよ。いいんです??」
……杖?
えっと。あ。
がばっ! がちん!
「ぐあああああああ!」
「いたっ! 奥様なにすんですか」
ボクの顔を覗き込んでいたリリーの額にもろに頭をぶつけてしまった。
この子は相変わらずの石頭だぁ。
「いっったああああああい。リリーなんなのもう」
「ですから、どうなってんですか。言われたとおりLM12-Kに魔力は通しておきましたけど」
う。いたたた。
頭を抑えながら、ボクはLM12-Kを確認する。
「息、してるね」
「はい。奥様が倒れてすぐにこの子に生気が戻りました」
「これ、成功しましたの?」
「……ってことは、この中にだんな様がいるんです? ウケるんですけど」
ウケないでよ、リリー。
まあ、筋骨隆々を絵に描いたようなギデオンが、この華奢で幼い少女になったと思えば……。
「ぶふっ」
「あ、奥様吹いてる」
「だ、だって、あはははははは」
笑いが止まらなくなる。これか、このちっちゃいのがギデオンか。
「エーレン、水を差すようですけど、まだ意識がないままなんですのよ?」
「そうですね、奥様が意識を失っている間の魔術がどうなっていたのか、まだわかりません」
「あっははははは。ひぃひぃ、ぐはははは」
「……奥様」
「エーレン、だいじょうぶですの? あたくしも魔力酔いでふらふらしますけど、それ以上にあなたはおかしいですわよ?」
だいじょうぶだいじょうぶ。
なんでかわかんないけど、ボクは最初から成功を確信していたんだ。
「ふぅ、笑った笑った。じゃあ、ギデ子ちゃんを起こそうか」
「いやな名前付けますねぇ」
まあ、名前のことは後で考えよう。
そうして、ボクは真剣な表情を作って、少女に呼びかけた。
「勇者ギデオン。魔王スタニスラスが命じる。目を覚ま……ぶっははははははは」
「あの」
「奥様ってばぁ」
「やっぱりエーレン壊れてません?」
だって、この顔と元のギデオンのギャップがさぁ。
それでも、魔王の強制力は起動したらしい。
ギデオンは、一瞬身体を震わせると、ゆっくりと両の瞼を開き始めた。




