ショッピング
「ねえギデオン、どうこれ。似合う?」
「似合う似合う」
そう言われて、うれしくないわけがない。
どこかで見たモデルさんのようにくるっと一回り。
ほどよく入ったギャザーが、ドレープを波打たせてふわりと広がった。
さっき買ったばっかりの、膝頭がちょうど隠れる長さのスカートだ。
「ホント? 似合う? ボクかわいい?」
「かわいいかわいい」
そっかそっか。
ちなみに、上半身はグレーのキャミソールに薄紫のVネックシャツを重ね、春らしい装いを追求してみた。
「かわいいかわいい」
……この男、なんか適当じゃないか?
いや、二時間も買い物に連れ回したのは悪かったと思ってるけどさ。
「口出さずに黙ってみてましたけど、奥様なかなかセンスよくないです?」
一緒にお店を回ったリリーが、控えめに褒めてくれる。
「ありがと。リリーも似合ってるね、かわいい」
ボク知ってるんだ。女の子は褒められたら褒め返さないといけない。
「まぁ、この一年くらいで変わりましたねぇ。戦争中は服なんて軍の制服か作業着ばっかりでしたし」
そうなのだ。
このあたりは戦略上、重要とされていなかった地域のせいもあるんだろうけど、被害がとにかく小さい。その分復興もいち早く進んで、街には着飾った男女の姿も多い。
「そんな余裕があるのは、ある程度以上の恵まれた層ばかりですけどね」
誰もが平和な世の中を謳歌できるようにならないと。
そのためにも、ボクは再び戦争が起きたりしないようにがんばらないと。
……それは、それとして。
「リリー、かわいいけど、やっぱりちょっと短くない?」
「え。そうですか? こんなもんだと思いますよぉ~?」
彼女が選んだのは、シンプルなブラウスにピンクのカーディガン。そして、股下ギリギリの長さのティアードスカートだった。
端から見ているこっちが心配なくらいに、すぐに下着が見えてしまいそうな長さだ。
でも、チラチラ見ている限り、そんなこともないんだよね。いつも通りに快活な歩き方を見せているのに、ぜんぜん裾が暴れることがない。どうしてこれでめくれ上がらないんだろう。
生まれたときからの女子の、積み重なる経験がなせる業なのかな。
ギデオンもそれが心配なのか、さっきからずっとチラチラ見ているよ。
……ん? って、オイ、ギデオン。
「だんな様?」
「え。な、なんだエーレン。どうしたんだ」
「何を見てらっしゃるんですか?」
「な、なに? なにってなに?」
「何を見てらっしゃるんですか?」
「いや、あのほら、花が売ってる」
「売ってますね」
「キレイだなってさ」
「だんな様が気にしているのは、別の所の花ではなくて?」
「……エーレン、そういう下品なもの言いは」
「やっぱり、リリーを見てたんじゃないか!!」
この万年発情勇者が。ボクだけじゃ不足だってえのか。
「まあ、男なんてそんなもんですよ、奥様」
「そんなもんって……ごめんね、うちの宿六がいやらしい目で見て」
「宿六ってコラ」
「そんなこと気にしてたら外を歩けませんってば。奥様だってしょっちゅうそんな目で見られてるじゃないです? さっきもすれ違った学生風の男子連が目で追ってましたよ」
「え」
「なに? どこのやつだ、俺に断りもなく」
そうなのか。見られてるのか。気にしたこともなかった。
「奥様もやっぱりもう少し短いのにしたらどうです? もう一度さっきの店行きましょうよ」
「う、うーん……さすがにその長さは勇気がでないというか」
「ダメだ」
「ギデオン?」
「ダメだ」
「なんで」
ダメと言われると、逆に穿いてみたくなるけど。
「そんな足を俺以外の視線にさらすのは許さん」
胸を張って、ちょっと情けないことをえらそうに言う。
……はぁ。まあ、でも。
「だんな様、ヤキモチ焼きの束縛男って嫌われますよ~。ねぇ、奥様?」
「いや、まあ、ギデオンがそう言うなら? うん、ガマンしてこのままにするけどさ? うん、どうしてもっていうならさ」
「ああ、バカップルでしたね、お二人」
断じて違うし。
☆★☆★☆★☆★☆★
その後、別行動を取っていたヘンリとラウラに合流して、昼食にした。
なぜ二人と別だったかといえば ――
「ヘンリ先輩はやっぱりタイトが似合いますよね~」
「そうかしら」
うん。サマーセーターに同系色のタイトスカート、そこにちょっとゴツめのブーツのミスマッチさが、内面の熱情と外面の物静かさを知るボクからすると、この上なく似合っていると感じる。
大人っぽい。
「ラウラさまはカジュアルに走ったんですねぇ。パンツでくるとは思わなかったです」
「うん? ああ、人間の街では、あたくし向けのスカートが探しにくいのもあるんですけどね。あなたのような小柄な娘だと迷うほどたくさんあるんでしょうけど。それ、似合ってましてよ」
「あはは、恐縮です」
ローライズのセーラーパンツに、ただでさえ大きな胸が目立つタンクトップだ。
これでも貴族のお姫さまの彼女にしては、ずいぶんと思い切った選択だと思う。
やっぱり大人っぽい。
要するにそういうコトだ。
女の子組 と 女性組。
自然と利用するお店も違うだろうと、グループ分けされたわけだったのさ。
……ラウラはともかく、ヘンリとボクはトシに差が無いハズなんだけど。
いまの姿は童顔だったからなぁ。
「さて、ボクはこのあと靴を見に行きたいんだけど」
「え、まだ行くのか。俺はここで荷物番してていいか?」
「だんな様はなに言ってるんです? こんなきれいどころの荷物持ちをしながら買い物に付き合えるなんて、男冥利に尽きるってもんじゃないですか」
「光栄すぎて恐れ多いんだよ」
「私は残していってもいいですけれど。邪魔ですし」
「ですわね。今度はあたくしがエーレンと楽しむ番でしょう。あなたはここで ――」
「散って!」
出し抜けにリリーの号令一下。
ボクたちは理由を尋ねることもなく、一斉に昼食のテーブルから飛び退いた。
どん。
爆音、衝撃、高熱。
食べかけの昼食も、買ったばかりの服も、あまつさえテーブルまでもが溶けてなくなっている。
それだけならまだしも……あそこに転がっている大きな二本の木炭は、どうやら隣のテーブルにいた若いカップルだったもの、らしい。
火の玉。それもレベル四クラス。
「リリー!」
「はい、魔術師です。えーっと、あの馬車の向こう!」
魔術特化型勇者のリリーは、魔力の気配にとにかく敏感。
ことに魔法で攻撃される予兆を読む能力に関しては、この魔王よりも優れているほどだ。
彼女が指さした先に、ラウラとヘンリが走り出す。
ギデオンは魔術師の杖を構えたボクの傍らに立ち、リリーは周辺の警戒を怠らない。
これがボクらの基本陣形だ。
「おらぁ!」
「ふんっ!」
やっぱり、魔術師一人じゃないよね。
背後から襲いかかってきた大男の大剣を、ギデオンの剣が受け止める。
ボクらは状況も忘れて無為に遊び回っていたわけじゃない。
やつらは必ずまた襲ってくる。それなら隠れてビクビクしながら逃げ回るより、こちらからおびき寄せてやろうとしてたんだ。
決してただ浮かれて「ボクかわいい?」などと、のたまっていたわけじゃないんだよ。
…………ホント、ホントだから。
なにせ、ボクらは目立ちすぎる。
人間には滅多にいない銀髪の少女に見えるボクでしょ。
切ったツノの跡を帽子で隠していても、人間の女性としては大柄で派手すぎる顔立ちのラウラでしょ。
ヘンリに至っては、ギデオンが施した封印をスタニスが解いてしまったせいで、元のダークエルフの姿に戻ってしまっているんだから最悪だ。厚化粧でちょっと色黒の森エルフぽく見せてはいるはずなんだけど、どこまでごまかせているのか。
一番目立たないのがギデオンとリリーなのがおもしろいよね。
……いや、おもしろくないって。
こんなんだから、隠れてても無駄だと開き直ったのも理由の一つだ。
でも、甘かった。
てっきりボクらのあとをこっそりつけてきて、人気のないところで襲ってくると踏んでいた。
まさか繁華街のど真ん中で襲撃をかけてきて、無関係な人々まで躊躇なく巻き込むとは。
「くそっ!」
距離を取る。杖を構えて敵勇者を狙おうとするけど、ギデオンとの乱戦状態でとても無理だ。
「奥様」
「リリー」
リリーがギデオンに変わってボクの直掩につく。
「こういうことがあると、私も長剣を帯びた方がいいかもしれないですねぇ」
両手に投げナイフを構えながら言うリリー。
もし、敵勇者がもう一人いたら、彼女一人では支えきれないだろう。
「リリー、魔術師の気配は?」
「ヘンリとラウラに追われて離れていったっきりですね」
「ギデオンの援護には入れそう?」
「無理です。あの勇者じゃ、背中を狙おうと近づいてもバッサリやられます。投げナイフなんか通らないでしょうし」
「そっか」
魔法攻撃はボクと同じで難しい。
となれば。
「ギデオン、そいつ任せた!」
「おう、任せとけ!」
「はははぁ、楽しいなギデオンよぉ」
「俺は男といちゃつく趣味はないんだけどなっ!」
ぎいん。
近づいて剣を交え、離れては隙を窺う。
勇者にして剣の達人の二人の間に、ボクらが割って入る余地はない。
「お、奥様?」
「リリー、魔術師を追いながら二人と合流する」
「なるほど、了解です」
どのみち、もし本当にもう一人の勇者が現れて襲われたら、ギデオン一人でボクらを守って戦うことは不可能だ。なら、ヘンリ達と合流した方がいい。
「リリー、ボクにしがみついて」
「え? なんです?」
「首でも腰でもいいから、振り落とされないように!」
「あ、は、はい? はい!」
がしっ。
彼女がタックルするようにボクの腰にしがみついたのを確認すると、ボクは杖を構えて魔術を発動した。
可変魔術抵抗器が全力で回り出す。
「加速装置!」
全身が見えない魔法の壁に包まれ、そのまま弦から放たれた矢のごとき急加速がスタートだ。
「ひっ!」
声にならないリリーの声が耳に届いたような気がする。
でも、それどころじゃない。
ボクはとにかく、障害物を避けるのに必死だったんだもん。
これ使ったのって初等学院以来だ。
しかもあの時は開けた校庭でだったっけ。
いざという時に一番足手まといになるボクが緊急離脱できるように仕込んでおいた魔術式だけど、こんな街中で使うことになるとはなぁ。




