狙われる理由
「甘く見られたものですわね。龍人族屈指の武闘派と呼ばれるラウラ・ビルバオ・ビダルに対して、人間ごときがこの程度の数で襲撃をかけるとは!」
この程度っていうけど、見た感じ三十人以上はいる。
ていうか、あちらさんはラウラのこと知らないと思うよ。
「この中で、近接戦が心配なのはエーレンだけだな。俺の後ろから離れないでくれ」
そう言って剣を抜いたのは、我が夫にして『最後の勇者』のギデオン・カッシングだ。
彼はボクを庇って前に出た。
「魔術はいけるんだよな? 俺を盾に詠唱を続けるといい」
うーん。まあ、うん。カッコいい。
認めたくないけど、すっごく頼りがいがある。
だから、そうさせてもらおう。
―― この世界の魔術には『発声魔術』と『叙述魔術』がある。
大ざっぱに分類すると、前者は「声による呪文の詠唱で発動する魔術」で、後者は「儀式に用いる文字を使った魔術」なんだ。
真っ先に飛び出したラウラを横目で見ながら、魔術師の杖を構えて詠唱を始める。
だけど、これは発声魔術ではない。
杖に刻まれたルーンをなぞり、脳内に編まれた魔術経路に文字情報として展開する。予め準備しておいた魔術に限られるけど、こうすれば未だ封印に縛られているボクでも、魔術の行使ができるんだ。
一見すればなんの変哲もない魔術師の杖。
だけど、そこではラウラのツノで作られた可変魔術抵抗器がうなりを上げて蓄魔器から魔力を吸い上げている。伯父上から受け取った、魔王城にあったアーティファクトだ。これらのおかげで、ボクはまた魔術で戦えるようになったんだ。
ふと見ると、すでに数人の兵士を殴り倒したラウラが、足を止めて大きく息を吸いこんでいる。
そして、吐く。
紅蓮の炎を。
龍人族のドラゴンブレスだ。
本物のドラゴンには遠く及ばないが、人が持ち運べるサイズの盾などは一瞬のうちに燃やし溶かす超高温のブレス。
「「「「「ぎゃああああああああああ」」」」」
悲鳴を上げられたのはまだいい方で、炎に巻かれた半分以上の兵士は、おそらく自分に何が起きたのかもわからないままに、立ったまま炭になっていた。
残りはおそらく十人程度。明らかに浮き足立っている。
『魔術レベル四。《樹氷》』
ここでボクの魔術が発動した。
ラウラのブレスで蒸し暑くなっていた周囲が急激に冷えていく。
敵兵の周囲が真っ白に染まる。
逃げるべきか、戦うべきか、そんな迷いを含んだような表情の像が……えーっと、七つ、八つ、九つ、かな。さながら、戦場を描いた氷の美術館だ。物言わず立ち尽くす氷像が建ち並んでいる。
「ふう、勝ったかな」
「火ぃ吐いたりレベル四魔術ぶっ放したり、俺いらないんじゃないのか」
結局一人も倒すことなく戦闘を終えたギデオンがそんなことを言う。
まあ、キミはボクの盾になってくれてたんだから。
「その通りですわね。あたくしとエーレンがいれば充分ですわ。役立たずはすごすごと一人寂しく田舎に帰ってもよろしくてよ?」
ああ、もう、ラウラはまた~。
「あいにくだがな、最後に女を守れるのは剣だって相場が決まってるんだ。おまえこそ実家に泣きついて勘当を解いてもらったらどうだ」
ホントに、この二人は~。
初対面から一年近く経つのに、ぜんっぜんかわらないんだから。
そう。あれからもう一年近いんだ。
何があったのか細かいことはおいおい話すけど、とりあえずボクらはいま『王国』にねらわれている。
ドスン!
……ん? 背後で、何かが何かに刺さる音?
振り返ると、景色が揺れている。まるで陽炎のようだ。
だけど陽炎にしては近すぎるし範囲も狭すぎる。
なにより、陽炎には矢は刺さらないだろう。
その『景色』はしばらくふらふらと歩いたあと、パタリと倒れた。
「最後に奥様を守るのはなんですって?」
ざく、ざく、ざく、と、荒れた地面を一定のテンポで歩いて近づいてくるのは、ボクの親友にして有能メイドの、ヘンリーケ・リーツだ。
離れたところから周囲の警戒をしてもらっていたんだけど、どうやらこの ―― あ。光学迷彩マントをめくってみると、男だ ―― 男が身を隠してボクに近づこうとしていたのを得意の弓で射殺したみたい。
「……すまない、恩に着る」
「奥様絡みなら素直に頭を下げるのですね」
ギデオンに言いながら、ヘンリは死んだ男を調べ始めた。
男が着ていたのは、カメレオンのように周囲に合わせて色を変える魔法のマント。一般には出回っていない代物だ。
「王国ではこの装備は希少だったはずですよね」
「親衛隊の特殊部隊くらいしか使ってないですよ、それ」
ギデオンに尋ねるヘンリ。
だけど、返事は明後日の方角から帰ってきた。
「くそ、離せこの裏切り者が!」
声の主は、リリー・マールバラだ。
自称・元国王直属のエージェント、という、本来なら敵に回りそうな彼女だったんだけど。
なんか、敵の指揮官かなぁ。えらそうなヒゲを生やしたおじさんを引きずってきてるよ。
彼女もヘンリと同じく隠密の単独行動に適してる子だから、そのへん好きに見回っててもらってたんだよね。
「なに言ってんですかね。さんざん私を国王の私兵扱いして見下してたじゃないです?」
「実際、そうだっただろうが!」
「ええ。そして、その陛下がお亡くなりになった。つまり、私の雇用契約はなくなったんですよ。裏切り者とは心外です」
一年の間にいろいろあった。中でも一番の大事件がこれだ。
すべての発端と言える事件。
―― 国王の崩御
「だんな様、ちょっと手伝ってもらっていいです? あっちでこの人のお話を聞きましょう」
「そうだな。エーレンはラウラとここで待っていてくれ。ヘンリ?」
「奥様のガードはお任せください」
「ん。頼んだ」
「離せ!くそ、ふざけるなおまえたちごときに!!」
……拷問するんだろうな。
指揮官を引きずっていく二人を見て、そんなことを思った。
ああいうのって、殺すのとは全く違ったキツさがある。
正直、あんまり見たくないのは確かだ。
止めもせずに誰かに任せているんだから、確実に共犯だけど。
いや、もっとたちが悪いのかも。
「まあ、ああいうのは下々の仕事ですものね」
いっそ、ラウラくらいに割り切れればラクなんだろうと思う。
「うあああああああああああ!」
……あー、風向きが急に変わったんだな。
「ホントに、もっと遠くでやっていただきたいですわ」
ふむ。ラウラにしても、楽しいことじゃないのは同じみたいだ。
ヘンリはヘンリで、いつもながらの無表情で何も言わない。
☆★☆★☆★☆★☆★
しばらくして、二人が戻ってきた。
もう時間も遅い。少し離れた場所で今夜は野営することにして、準備をはじめる。
「それで、何か知ってた?」
火にかけられた鍋をかき回しながら、ボクは聞いた。
「今のところ、動いてるのは王国正規軍だけっぽいですね。各地の貴族たちにも奥様の捕獲要請は回っているそうですが、ほとんどはのらりくらりと躱して兵を出してないみたいです」
「エーレンは貴族連中に人気があったからな」
リリーの報告に、まるで自分が貴族じゃないようにギデオンが言う。
ああ、もう貴族じゃないのか。カッシング領として治めていた領地は、真っ先に攻め込まれて奪われたもんね。
「でも、時間の問題かも知れませんよ。新しい王様はだーいぶテンパってるみたいですからね~。この『要請』が『命令』になるのは時間の問題でしょう」
この中で王国を一番よく知っているのがリリーだ。
「そこなんだよな。なんでリオンのやつがこんなことを」
眉間にしわを寄せてギデオンが言う。
うん。ボクもギデオンも、現国王のリオン陛下とは、彼がまだ王子だった頃からの友人だった、はず……なんだけどなぁ。
「だから言ったじゃないですか。囚われの魔族公爵にそそのかされたんだろうって」
「それは聞いたんだが、やっぱりあいつがそんなことでこんな暴発にも等しいことをやらかすとは思えないんだ」
リリーの予想を何度聞いても、ギデオンは未だに納得がいかないようだ。
「そういえば遠慮して聞いてませんでしたけど。実際のところどうなんです? その、公爵さま。エーレンフリート・クルト・プロッツェ公爵でしたっけ」
エーレンフリートは、たった一人のボクの弟だ。
ボクを殺そうとしてカッシング領に侵入したけど、前国王の放った特殊部隊に捕縛されて王都に幽閉されていたと聞く。
「わかんない。魔王の座への執着はすごいものだったけど、結局あの子には角が生えなかったから、魔王に即位することは不可能だった」
魔王になれるのは、デーモン族のツノ有りだけ。
理由はわからないけど、昔からそうなっているんだ。
「他の二国はどうなってるの?」
魔族軍と戦った、いわゆる『人間連合軍』は、ここ『ニューストレム王国』と『ディオハ王国』に、小国の多い地域で大国への対抗として軍事面で一体化を果たしている『東部連合』の同盟軍だ。
「各国の国境線沿いの警備が厳しくなっているとは聞きます。だけど基本的には今のところ裏でしか動いていない感じですね」
人間側三国と魔族一国でほぼ互角の戦いになっていたんだから、三国のうち一国でも抜けたらパワーバランスは崩壊する。それどころか、魔族側に寝返られてしまったら、これはもう絶望的な状況になりかねない。
おそらく、外交ルートでは激しいやりとりが続いているのだろうね。
「それにしてもわからない。なんでだろう。弟がボクを殺して何の得があるんだろう。彼は絶対に魔王にはなれない。魔王の後継者を選べる立場でもない。それならば現状の『魔王の弟』でいるほうがいいはずなのに」
「それに関係あるかは不明なのですが」
ヘンリが、彼女にしては珍しい煮え切らない態度でおずおずと話し出したのは。
「この二月ほど、スタニスと連絡が取れていません」
え。あっちのボクが絡んでるの、これ。
巻いていきます。




