後悔
「あ、あなた! ご自分が何を言っているのかわかってらっしゃるの?」
無論だ。ボクは龍人族のツノが欲しい。
より正確に言い換えれば、そのツノを組み込んだ『魔術師の杖』が欲しい。
龍人族のツノは、齢千年を重ねた霊木に匹敵する優れた魔力伝導性をもっているとされるが、本質はそこじゃない。
龍人の身体本体から切り離されてもなお生き続けるその素材は、天然の『可変魔力抵抗器』として働いてくれる。ここが重要なんだ。
龍人は自分のツノに通した魔力で魔術を展開するんだけど、そのときに半ば無意識にリアルタイムで抵抗値をいじることで様々な奇跡を発動する事が知られている。
たとえば、川の流れや雲の動き、寄せては返す波のリズム。そういったものに少しだけ力が入ったり、あるいは抜けたりすると、そこには嵐が起きたり、全く逆に干ばつになったりするよね。
彼らの術はそういったものなんだ。
ん? よくわかんない? まあいいや、そこはいずれ詳しく語る日もくるかもしれない。
反面、デーモン族や人間族など、ほかのほとんどの種族が持つ体内の魔力発動経路には、固定された魔力抵抗しかない。これも正確に言えば都度切り替えで数段階の変更はできるのだけど、龍人族のそれとは違って魔力の発動中に切り替えることなどはできないものだと考えてくれればいい。
つまり本来ならば、ボクらに大切なのは、一定を保ちぶれない魔力抵抗値をもった杖なんだってことはわかってくれたと思う。
ならば、なぜボクがその使えないはずの可変魔力抵抗器を求めているか。
言うまでもないよね。市長から手渡されたアレだ。
「エーレン?」
おっと。違う、彼女が求めているのはそんな言葉じゃないはず。
「もちろんわかってる。ボクは君が好きだ」
「っ……!」
ラウラは、言葉を無くし顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
まあ、いくら女の子同士と言っても、やはりここまで面と向かって力強く好意を明らかにされては、照れてしまうのもむりはないよね。
ボクだっていまはテンションがおかしい自覚があるし、それがなければたぶんなかなか言えなかったことだと思う。
「でも、あなた……その、だんな様がいらっしゃるじゃない」
「そんなの関係ないでしょ?」
「ないの!?」
「ない。ボクらの間に、ギデオンが割り込む隙なんてあるはずないじゃないか」
男子だったときから感じてた。
女の子だけの集まりが醸し出すあの独特な友情の雰囲気。
あそこにはぜったいに男が入ることは許されない。仮にどれだけのお金があっても、世界一のイケメンであっても、男が一人でも入ったらあの空間は維持できない。
「ま、まあ、跡継ぎのこととかありますしとりあえずそういう形とかよくある話ですしあたくしの兄もそういった形をとっていましたし別にあたくしはむりに子をなさなければならない立場でもないですしそれならあなたと添い遂げるのも一つの道ではあるけれどやはり貴族の息女として家のことも考える必要があるかもしれないだけどそれよりこんなに思われたのははじめてだしこの先そんなのあるかも怪しいしまってこんな打算は失礼よねたいせつなのはふたりの想いそれだけのはずでもこれでは龍人族が頭を垂れたと思われかねないああちがうそれも打算よ彼女はそんな話をしていない――」
「……あの、ラウラ? ねえ? どうしたの?」
なんか焦点の合わない目でブツブツと早口になにやらつぶやいてる。
まさか壊れちゃった? 押しすぎた? そんなつもりはなかったんだけど。
「エーレン!」
「は、はい?」
「あの、一晩考えさせていただけないかしら」
一晩。
冷静になって事態を考え直すのに充分すぎる時間だ。
いまここで言質を取るべき?
龍人族の彼女なら、一度言ったことは必ず守るだろう。
「エーレン……お願い」
……こういうところなんだよな、ボクが魔王向きじゃないと言われるのは。
彼女の甘さを強く言える立場じゃない。
だけど。
「わかった。いい返事を待ってる」
ボクには、そう応えるしかなかった。
☆★☆★☆★☆★☆★
「ギデオン、滞在を数日延ばしたいんだけど」
「え? なんだ突然」
「何か問題があるなら、先に戻ってもらってもいいよ。ボクはどうしてもあと数日はここにいてやらなきゃいけないことができた」
フィリベルトへの薬はペリカンでもう送ってある。おそらくヘンリが受け取ってよろしくやってくれていることだろう。
もし何かの事故であの薬が届いていないのならば。
もう今さら手の施しようがない。
つまり、ボクには急いで帰らなければならない理由は無いんだ。
「そんなわけにもいかないだろう。わかった。数日な」
「ありがと」
残る気がかりはラウラだけ、だな。
彼女が誰かに相談したら、おそらく終わり。
それとなく探ってみた感触では、気の置けない人物と連れだってここにきているわけではないようだし、お付きのメイドとの関係も、単純な主従関係だろうと感じた。
「ボクは悪党だなぁ」
無意識にぽつりとつぶやいたその一言を、ギデオンは聞き逃さなかったようだ。
「なにをやらかしたんだ?」
ベッドにうつ伏せになっていたボクに体重をかけないように優しくのしかかりつつ、耳元でささやいてくる。くすぐったいってば。
「え。あ、ううん、別に……」
「別にってこと無いだろう。ラウラ嬢か?」
「だから、なんでもないってばぁ」
「夫に隠し事か。こらこら」
「ぎゃっはははは、ぎゃー! こらぁ!」
脇腹をくすぐってきたかと思うと、そのまま間髪入れずに胸に両手を這わせてくるんだから油断も隙もない。
「ちょっとホントやめて。今日はダメ。おあずけ!」
「なんでだよ、いいじゃないか。どうせ明日に帰る予定もなくなったんだし、のんびりしよう」
キミは一度はじめたら、ボクをぜんぜんのんびりさせてくれないじゃないか。
「だから、今日はできない日なの。ね。わかるでしょ?」
「えー……でも、次はたしか再来週の――」
おい。
「……ギデオン。なんでそんなの把握してんの」
「え? だって夫婦だし」
「いやいやいや、あった日は覚えてても次がいつとか普通気にしないでしょ」
「俺はするが?」
するが? じゃない。
「あー、もう。とにかく、こんなの心身のストレス一つで止まったりもすれば早まったりもするんだから。いい? 今日はだーめ」
「えー……」
気分的にそれどころじゃないんだって。
未練たらしくブツブツ言っているギデオンを無視して、ボクは布団に潜り込んだのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
翌朝。
リリーに滞在の延長を知らせにいってもらっている間、ボクはベッドの上にあぐらをかいて、一人反省会を開催していた。
大げさな物言いだけど、なんてことはない。
一晩寝て頭が冷えただけのことだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
我ながらバカだった。
だけどしょーがないじゃん。
ボクは魔術師なんだ。
知識だけで術の行使がおぼつかない名前だけ魔術師の現状から、再び誰はばかることなく魔術師だと名乗れるようになれたかもしれなかったんだ。
……いや、そうなった場合も、王国には伏せておきたいところか。国王個人は見て見ぬふりをしてくれるかもしれないけどさ。
「奥様、お伝えしてまいりましたよ」
「ご苦労さま、リリー」
戻ってきたリリーによれば、滞在延期は認められたし、予定されていた見送り式典は中止。だけど、すでに準備の終わっている朝食会にだけは、参加してほしいと言われたそうだ。
「わかった。じゃあ、着替えと髪を手伝って」
「はい」
昨晩のパーティほどに気合いを入れる必要はないけど、ドレスやお化粧はしっかりして出席しないと。
「ああ、リリー、終わったらこっちも頼む。寝グセが取れない」
「はいはい。またどうせ遅くまで奥様と運動会をなさってたんですね。大概にした方がいいんじゃないです?」
「いやそれがな。女子は体育を見学しててな」
「あー。よく私もそうやってマラソンとかサボりましたっけ」
……誰が聞いたって、主人とメイドの会話には聞こえないよね。
まあ、態度にはいろいろと物申したい点が山ほどあるけど、並のメイドを魔族領まで連れてくるわけにもいかなかったからね。
黙って仕事をしていれば、何をやらせてもそつなくこなす有能なメイドでもあるし。
ホントに、口さえ開かなければなぁ。
「はい、終わりです。行ってらっしゃいませ」
そんなこんなで、準備を終えたボクとギデオンは、リリーを部屋に待たせて食堂へと向かった。
☆★☆★☆★☆★☆★
食堂に入ると、なにやら騒然としている。
夜会でもあるまいし、朝食前ならもう少し穏やかな会話が交わされているようなものだけど、なにかあったんだろうか。
案内された上座のギデオンの隣席について、再び辺りを見回してみた。
うん……立派なツノを生やした龍人族のお姫さまの姿はない。
やっぱりかと失望するのと同じくらいに、ボクの戯言を一蹴してくれたことに安堵を覚えたのも確かだ。
やっぱりさ、ああいうのってよくないよ。
これでよかったんだ。
―― ざわ、ざわ。
ひとまずそれはおいておくとして。
なんなの? ホントに事件でもあった? 誰も彼もが近くの席の人となにやらささやき合っている。そのささやきが大きすぎて騒音レベルになっているわけだけど。
んー?
彼らの視線は、例外なく一カ所に集まっているような。
左の方。七つくらい先の席?
髪の長い女性がうつむいてるな。
あれは……あの、髪の色、背格好。見覚えあるぞ。
「エーレン。あの注目を浴びている彼女はもしかして」
―― はぁ。もう、現実逃避してられないよね。
そう。
そこにいたのは、立派なツノを失った龍人族のお姫さまだ。
まちがいない。




