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第2章 第1節

今にも崩れそうなアパートの一室。

必要最低限の家具しかないそこは、彼らにとっては世界の全て。

噎せ返る程甘いお菓子の匂いと、床に散らばった本。

その中心で、彼らは今日も母の目覚めを待つ。

身体中を染め上げる赤と、バラバラになった四肢が示す意味が何なのかを知らずに。


ー御伽噺の双子編ー


「御伽噺?」

副司令室に呼び出された私と久遠は、司令官の代わりに事務や任務通達等を行う副司令、カイヤさんとルベラさんに、薄い冊子を渡された。

「はい。街一帯の空及び建物が変化し、街中では異形の化け物が人を襲うとの報告あり。先遣隊を送ったものの、街に到着してから10時間後に連絡を絶っています」

「列車の時間が迫っています。早く移動してください」

カイヤさんとルベラさんはそれだけ言うと、私たちを副司令室から追い出した。いつもの事なので慣れてはいるけど、そんなに急がなくても…と思ってしまう私なのであった。


「事件が起こったのは1か月前。突如アパートから長大な塔が立ち、まるで"飛び出す絵本"や絵本の挿絵の様な空や街へと変化した。それと同時に、絵本に出てくる悪役に似た化け物が街を徘徊し、人を襲う」

列車に揺られながら任務地に着くまでの間は、冊子を2人で読み合わせる時間だ。

「中でも、10代から20代の女の人は化け物に攫われやすいのかあー。"転生者"は男の人?」

「いや、街の変化の仕方から見て、恐らく子供だろう」

久遠は冊子に視線をやったまま言う。

「え?」

「絵本」

答えを言うのも面倒くさいと言わんばかりに、久遠は先程読み上げた報告書に書かれた単語を上げ、再び黙り込んでしまった。

「……」

暫し頭を捻ること数分。

「あっ!」

漸く答えに辿り着き、私は声を上げた。

「絵本を読むのは子供!だから今回の対象となる"転生者"は子供!ねぇ、合ってた!?」

「辿り着くのが遅せぇ。俺は読んだだけでわかった。これくらい簡単に読み取れなくてどうする」

辛辣…。というか、今日はいつになく機嫌が悪い。

機嫌を損ねるような事をした?いや、そんな筈はないと思う。……多分。

(そういえば…)

以前任務先で子供に絡まれた時にも、こんなふうに久遠の機嫌が悪くなった事があったような…。

「…久遠、もしかして、子供が嫌い?」

「そーだけど」

悪いか、と呟くと不貞腐れた様に窓の外に視線をやってしまった。あうう、そんなつもりじゃ無かったのに。

「お前はどうなんだ?」

「え?」

「子供」

「あー…、ちょっとだけ、苦手かな」

「へぇ、意外だな」

「よく言われる」

1年半経ち、数えきれないくらい喧嘩や会話を繰り返してきたけれど、お互いに知らない事はまだ沢山ある。

知らない事を1つ知る度に、久遠との距離がちょっとずつ縮まっていくような気がして、口元が緩む。

(どうせ気付かれているだろうけど)からかわれたくないので、さり気なく緩む口元を隠した。

「街に着いたらどうする?とりあえず、いつもみたいに聞き込み?」

「それが妥当だろう」

久遠は再び冊子を読み始めた。

恐らく、もう一度任務内容を確認しているのだろう。

私も冊子を開き、今度は街の地図を眺め始めた。


ーーーー…


街の様子は、壁の外からは何の異変もないように見える。だがしかし、門を1歩潜っただけですぐに、報告にあった通りだと痛感する。

子供の落書きみたいに歪な星空。

飛び出す絵本のように薄っぺらい建物や街灯。


そして街の南外れに出来た長大な塔。

「あそこに、今回の対象が?」

「あぁ。だが、街に出てくる事は無いらしい」

「ふーん…。どうしよっか?」

「この時間帯でも人が集まりそうな場所を探す」

「はーいっ」

そうして1歩踏み出した途端、

ーズズ…ッー

建物の影や屋根の上。或いは地面から、まるで子供が粘土を捏ねて作った様な化け物が次々と現れ出した。

「「っ!」」

すぐさま臨戦態勢を取り、襲いかかる化け物を倒していく。化け物は見た目が大きなだけで、全然強くなかったため、私たちはあっという間に現れた化け物を退治し終えた。

「ふぅ、何とかなったn……うわぁっ!?」

敵がいなくなったことで、思わず気が緩んだ。

その一瞬を逃さず、足に何かが巻きついた。

地面に黒いワープホールが出来て、そこから黒い蔦が伸びていた。蔦を切り離す余裕すら与えられず、私は地面に引きずり込まれる。

「刹那っ!」

久遠が手を伸ばす。私も必死に手を伸ばした。

……が、あと少しの所で届かない。

頭までワープホールの中に飲み込まれると、頭を固いものでガツンと殴られて、私の意識は真っ黒に塗りつぶされた。


ーーーー…



甘ったるい匂いが鼻腔を擽る。

時折かすかに香る腐敗臭と血臭は、"あの時"の出来事を脳裏に呼び起こし、少し胸が苦しくなった。

それを振り払うべく、自身の体の状況を確認する。

瞼は重くて、体もだるい。

意識だけがぼんやりと覚醒している感じ。

拘束はされていないし、衣服もそのままだ。

それにしても、固い床で眠るのはいつ以来だろう。

暗闇で揺蕩う意識でそう思った。

「……う」

微かに呻きながら重い瞼を開く。

固い床で眠っていたからか、体の節々が痛い。

どうやら私は宙に浮いた鳥籠に囚われている様だ。

鳥籠の外は薄暗く、部屋の中は鮮明には見えない。

どうやら床中にお菓子や絵本が散らばり、むせ返ってしまいそうな程甘ったるい匂いが充満している。

「……うん?」

部屋の片隅で寄り添うように座る小さな人影が2つ。

この子達が今回の対象の"転生者"なのだろうか?

「あのー…君たちは?」

「……」「………」

めっちゃ警戒されてる…!でも、無理もないか…。

「私の名前は刹那。君たちの名前は?」

暗闇に目が慣れてくると、2人の様子がよく見えるようになった。

女の子と男の子。顔立ちが瓜二つだから、多分双子。

女の子は怯えたような顔をしているけれど、私に興味を持ってくれているようだ。話しかけたそうにうずうずしているのが見て取れる。男の子の方は正反対で、表情から拒絶と警戒がはっきりと分かるほど。

(うーん。これは少々難しそうな予感…)

誰にでも気軽に話しかけるのが得意な私ですらこう思ってしまうのだ。攫われたのが久遠じゃなくて良かった。

…まあ久遠の場合、ただそこにいるだけなのに怖がらせる上に、思いっきり泣かせそうだけど。

(あ、そういえば久遠はどうなっただろう?今頃街で聞き込みしてるかな?)

攫われた時に離れ離れになった相方の事を想う。

久遠は強いし、経験も私より豊富だ。だからうっかり敵にやられるなんて事はまず無いだろう。

(久遠も頑張ってるだろうし、私も頑張らなくちゃね!)

えいえいおー、なんて心の中で腕を突き上げた矢先、

ーグゥ…ッー

「わうっ!?」

盛大な音を立ててお腹が鳴った。

「あうう…そういえばお昼ご飯、まだ食べてなかったんだったぁ…」

何かあったかなぁ、とポケットを探る。

少し割れてはいるけれど、クッキーが入った袋が3つ出てきた。普段の食べる量からするとかなり物足りないが、何も食べないよりはまだいい。

1枚取り出して食べようとすると、女の子の方が物欲しそうにクッキーを見ているのに気が付いた。

「えーっと…食べる?」

「…!」

こくこく、と頷いて女の子が鳥籠の近くには駆け寄ってきた。男の子は相変わらず部屋の片隅に座ったまま。

「はい、どうぞ」

私は比較的割れていないクッキーの袋を取り出し、女の子に手渡した。

「ありがとう、せつなおねぇちゃん」

女の子は笑顔でクッキーをぽりぽりと齧る。

「君も食べるー?」

男の子の方にも呼びかけてみるが、ふいと顔を逸らされてしまった。

(あうう…やっぱりめっちゃ警戒されてるよぅ)

「あのね、あのね、せつなおねぇちゃん」

「うん?」

「ソラね、ほかのおねぇちゃんがきたときも、ずーっとこうだったんだ。ハナにもね、おねぇちゃんたちはいじわるだからなかよくするなっていうの」

どうやら男の子の方がソラで、女の子の方がハナ。

という事らしい。

「そうなの?」

「うん。…せつなおねぇちゃんは、いじわるなひと?」

敵意は感じられない。出来るだけ怖がらせないように、警戒させないように私は笑いかける。

「もちろん違うよっ!私も、意地悪する人は嫌いだし。久遠っていう私のお友達は別だよ!………あっ、そうだ!ハナちゃん、私とお友達にならない?」

「おともだち?ほんとに?」

「もっちろん!」

ハナちゃんは「わぁいわぁい」と両手を上げてぴょんぴょんと跳ねた。

「せつなおねぇちゃんとおともだちー!」

可愛い。物凄く可愛い。思わず抱きしめて撫でくりまわしたいくらい。子供は苦手だけど、ハナちゃんは全然苦手だとは思わない。

(でも、健康状態はあまり良くない…住居、衣服の様子からして、お金が無かったとか?)

ポケットを探るとさらにお菓子が出てきたので、それらも幾つかハナちゃんにあげることにする。

ソラくんの方にも声をかけたが、相変わらずそっぽを向いたままだった。


ーーーーー…


連れ去られてから、1日経った。

お菓子を食べた後、私は鳥籠から何とか(ハナちゃん達は開け方を知らなかったので)脱出したが、相変わらず塔の外には出られていない。

荒療治を使って塔から出ることも出来るが、ハナちゃんとソラくんを置いては行けない。話を聞く限り、2人は自らの意思で街を変えたり、化け物を使って人を攫っている訳ではない。悪意が無い"転生者"は保護しなければならないと定められているからだ。

(…それにしても)

私は部屋の中央、不自然に置かれたお菓子に囲まれている彼女を見る。彼女の四肢はバラバラで、断面から滲んだ血が辺りの床を赤黒く染め上げている。

彼女の事を、ハナちゃんは"母親"だと言った。

「おかあさんね、ねむってるの。だからね、ソラといっしょにおいのりをしたの」

「お祈り?」

「うん!おかあさんをめざめさせてください!って!」

それが能力の発現と今回の異変のきっかけである事は分かった。

(母親、ねぇ…そんなに大事なものなのかなぁ。私にはわからないや)

人懐っこいハナちゃんのおかげでかなり情報は得ることが出来ているが、ソラくんの方は1日経った今でも警戒されたままで、一言も言葉を交わせていない。


(塔の内部もよく分からない構造してるし、何より塔の周辺はどうなっているんだろう)

部屋に1つだけ付けられた格子付きの窓を覗いても、外はよく見えない。

(せめて、通信機が使えたらなぁ…)

連れ去られた時に通ったワープホールのせいで、通信機が電気を付けてもガーガーと雑音しかせず、久遠に繋がる様子が無かった。

(久遠、心配してるかな)

気がつけば、久遠のことばかり考えていた。

無茶していないだろうか、怒ってないだろうか。

ちゃんと……助けに来てくれるだろうか。

(……何だろう。この感情)

名前のわからない感情がモヤモヤと胸の奥で渦巻くのを少し煩わしく思い、気を紛らわせるべく、ここに来てから何度目になるかわからない探索を始める事にした。

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