盗賊
村はまだ荒れてはいなかった。対応が速かったからか盗賊を迎え撃つ準備が出来たお陰だろう。
盗賊はというとすぐに見つかった。村の男性が集まっている方に黒装束の男が数人混じっていた。そのうちの一人が村の少女を人質にするような形でナイフを突きつけていた。
「この女の命が惜しければ村の食料全部もってこい!」
「駄目!私はいいから絶対に渡さないで!」
「お前は黙ってろ」
盗賊が少女の頬を殴った。
(許さない!)
私の中にどんどん怒りが沸き起こってくる。幸い誰も私の存在に気づいていない。
「おら!さっさともってこい!この女ぶっ殺すぞ!」
私は氷塊を打ち出す。狙いは盗賊のナイフだ。
「さっさとしろ、ぬあっ!」
氷塊は狙い違わずナイフに当たり弾き飛ばす。
「な、なんだ!?」
「いまだ!」
ナイフを飛ばされたことで慌てた盗賊を村の男性陣が捕らえにかかる。周りにいた盗賊も何が起きたのか分からなったらしく動けないようだ。
「大丈夫ですか?」
「クレアちゃん、今のは君が?」
クロイスさんが驚いた顔で声をかけてくる。
「何しやがんだ、このアマ!」
「ちっ、この代償はテメーの体で払ってもらうぜ」
盗賊は対象を私に変えて襲い掛かってくる。
「させん!」
私と盗賊の間にクロイスさんが入る。盗賊どもはクロイスさんに邪魔をされて私のところまで来れない。その隙に氷塊を連発して盗賊の武器を落としていく。
「なっ!この女ただの村娘じゃねえ!」
(ここのじゃないけどただの村娘です)
心の中で突っ込みを入れつつ最後の一人の武器を弾き飛ばす。
「くそ!テメーら、やれ!」
盗賊の後ろから数発の矢が飛んできた。
私はそれを難なく魔法で防ぐ。
「くっ!引け、引け!」
盗賊はすぐに引いていった。捕らえることのできた盗賊は3人だ。
盗賊の処分は村の人たちに任せて私は村長の家に戻ろうとする。
「クレアちゃん」
クロイスさんに呼び止められて私は足を止めた。
「ありがとう。君が居たお陰で村に被害が出ずに済んだ」
「いえ、私は出来ることをしただけです」
すると今度は村長もやってきた。
「いや、本当に感謝しておるよ。彼女はもうすぐ結婚を控えていてな」
人質にされていた少女に若い男性が駆け寄る。結婚相手は彼だろう。
「じゃから、最大限の礼をさせてほしい」
「お礼なんてそんな」
(欲しい物なんて魔王の情報しかないし)
「じゃが、残念なことに其方が一番欲しているものはなのじゃがな」
村長は残念そうにする。
「一番欲しい物って?」
クロイスさんが不思議そうに村長に問いかける。
「魔王の情報じゃよ」
「魔王!?」
村長の回答に驚くクロイスさん。まあ、そりゃそうだろう。
「何で魔王なんて」
クロイスさんの問いに私は笑顔を返す。
「盗賊なら何か知っているかもしれませんね」
私は盗賊の方に歩いていく。なぜか男性陣が複雑な顔をしていた。
「どうしたんじゃ?」
「実は」
一人の男性が盗賊の方を目線で示す。3人全員がうつむいたまま動かない。
「こいつら口の中に仕込んでいた毒か何かで全員死にやがった」
よく見ると全員口から血を垂らしていた。
「そうか」
村長は私の方に向き直る。
「すまんな、盗賊からは聞けなくなってしまった」
「いえ、皆さんのせいではないですから」
盗賊が自害するなんて誰が予測できただろう。
「それで今回の礼なんじゃが」
「ですから、そういうのは」
「何か礼をさせてくれないか」
村長に続いてクロイスさんまでそう言って来た。さらにみんなが頭を下げ始める。
「あ、頭を上げてください!」
「では、何かわしらに出来ることで礼をさせてくれ」
「わ、分かりました」
私はとりあえず旅に役立つ保存用の干した果物や野菜を貰うことにした。
「もう、行ってしまうのか」
翌朝、村の人全員に見送られる形になった。
「其方がいてくれれば、盗賊を恐れることもないのじゃが」
村長はものすごく残念そうな顔をしている。
「どうしても魔王に会わなくちゃいけないのか」
「これ!」
村長がクロイスさんをたしなめる。
「良いですよ。ええ、絶対に会わないといけないんです」
私は断言した。
「そう、か」
クロイスさんも残念そうにしている。私は昨日頼んだ干し果物と干し野菜を貰い村を後にした。
昼頃、そろそろ一休みをしようかと場所を探していると前方から金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。気になって音の方に近づいてみると、貴族の物と思われる豪華な馬車が黒装束の集団に襲われていた。
(あいつら、昨日の!)
数が多いからか護衛の騎士たちが押されていた。私は昨日のように氷塊を飛ばして盗賊の武器を弾き飛ばす。
武器を失って無防備になった盗賊に護衛の騎士が斬りつける。鮮血が飛び盗賊が倒れる。
(あっ)
その時、私は初めて気づいた。自分の行動で相手が死ぬことを。もちろん相手が盗賊で、やらなければやられることは分かってる。しかし、自分が人の生死を左右すると分かった途端魔法を打つのをためらってしまった。
その間に騎士の一人が倒れる。盗賊側はまだまだたくさんいる。
「頭、あの女、昨日の奴です」
盗賊の一人がこちらを指さしながらそう言うのが聞こえた。
「ほう、あいつが昨日邪魔してきたやつか。なかなかいい女じゃねーか」
数人がこちらに向かってくる。
「逃げてください!」
騎士の一人が叫ぶ。しかし、あの人数相手に逃げ切れる自信はなかった。
私は覚悟を決めて魔法を使う。武器を弾き飛ばし、足元を凍らせて動きを止める。動きを止めてしまえばあとは騎士の人たちが切り伏せる。
盗賊も徐々に数を減らしていく。
「ちっ」
先ほど頭と呼ばれた盗賊がこちらに向かってくる。私は氷塊を打ち出すが全て躱される。
「くたばりな!」
頭が私に大剣を振り下ろすがその剣は魔法によって途中で止まる。頭は驚いた顔をしている。まさか自分の剣が防がれるとは思っていなかったのだろう。いくら大剣でも魔獣よりは弱い。
頭の肩を剣が貫いた。頭が剣を落とす。
盗賊たちの動きが止まった。そしてちりじりになって逃げだした。
「貴様を使えば他の盗賊らもおとなしくなるだろう。身柄を拘束出せてもらう」
騎士が頭を捕らえようとこちらに歩いてくる。
「なるほど、首をはねなかった理由はそう言うことか」
頭は懐からナイフを取り出す。
「早く取り押さえなさい!」
騎士が走って寄ってくる。頭はナイフを振り上げると、
自分の胸を刺した。
「テメーらに利用されるなんて、まっぴらごめんだ」
頭はナイフを回し倒れこむ。
私は何もできなかった。魔法で治療すればもしかしたら助けられたかもしれない。しかし、目の前の出来事に驚いて、足が竦んで動けなかった。
「駄目だ、死んでる」
騎士が脈をとって確認する。
「ありがとう、助かった。怪我はないかい?」
私はその言葉を聞いて、意識を手放した。