プロローグ
その日、私は木の実を取りに森に来ていた。涼しくなり始めたこの時期は森で木の実が増えてくるころ。この森には危ない動物はいない。8歳の私でも大丈夫。今日はお父さんもお母さんも忙しいから1人で来た。
「これくらいかな」
私は籠いっぱいの木の実を持って山を降りていた。すると、どさっという音が近くから聞こえた。
(なんだろう)
何かの動物が木から落ちたのだろうか。それとも見たことはないけど魔獣という奴だろうか。気になった私は音のした方へ歩いていった。
草陰に隠れながら音のした場所を見る。そこには一人の男性が立っていた。
「この森はいいな、ここで少し休むか」
男は木の下に座り込んだ。そのまますぐに寝息を立て始めた。
(まだ夕方なのに、それだけ疲れていたのかな)
私は男性の近くに寄った。髪は珍しい黒色、整った顔立ちの青年だ。
(かっこいい)
私は顔を覗き込む。
「んっ」
青年が声を上げたのでビクッとして慌てて距離を取る。しばらく様子を見ていたが起きてはいないようだ。
私はしばらく青年を眺めていた。
「よっぽど疲れてるんだ、そうだ」
私は籠の中から果物を少し青年のそばに置いた。これを食べれば元気になるかも。そして日が暮れて来たので慌てて山を降りた。家に帰ると遅くなったことを親に怒られた。
翌日、私は昨日の場所へ行った。
(昨日の人いるかな。ちゃんと食べてくれたかな)
昨日と同じように草陰から覗いてみるがそこには誰もいなかった。
「いないか」
「お前、こんなところで何をしている」
「ひゃあ!」
いきなり後ろから声をかけられ、飛び上がって驚いた。後ろを向くと昨日の青年が立っていた。
「あ、いた!」
青年は首を傾げた。
「あの木の実はお前が置いたものだったのか」
「うん、なんか疲れてそうだったから」
私たちは森の池の畔に来ていた。
「ねえねえ、お兄さん。どこから来たの?」
「遠くから」
「遠くってどのくらい、歩いて何時間?」
「歩いたら何年もかかるぞ」
「何、年、そんな遠くからどうやって来たの」
「それは」
「そういえば、お兄さんが来るときどさって音がしたから、飛んできたの?」
「まあ、そんなところだな」
「すごい、お兄さん魔法使えるんだ!」
私は目を輝かせた。
「他にはどんな魔法が使えるの?」
「大体全属性使えるな」
「すごい!私の村にも魔法使える人がいるけど水と火と風しか使えないよ」
「基本の3つか」
その後も私と青年は他愛もない話をした。ほとんどが私が話して青年が相づちを打つだけだったけど。
「あ、もう時間が」
「帰るのか」
「うん、遅くなるとお父さんとお母さんに怒られちゃう」
「そうか」
「また明日来るね」
私の言葉に青年は驚いたような顔をした。だがすぐ真顔に戻る。
「そうか、またな」
「うん、また明日」
「あ、ちょっと待て」
私が歩きはじめようとした気に青年が声をかけて止めた。
「お前、名は何という」
「私はクレア、お兄さんは?」
「俺の名は」
青年は少し言いよどむ。
「ダレンだ」
「じゃあね、ダレン。また明日」
その日からダレンと毎日森で会うようになった。
「ねえねえ、今日も旅のお話聞かせて」
ダレンの話は面白く、知らないことも多くあった。
「海って何?」
「海っていうのはそうだな、ものすごくでかい湖だな」
「そんな大きな湖があるんだ」
「それに、水も塩水だしな」
「へー、行ってみたいな。連れてって!」
「無理」
「ぶー」
毎日が新しいことの連続で聞いていて飽きなかった。
「ねえねえ、私の村に来ない?ダレンのこと紹介したいの!」
「駄目だ」
「えー!何で」
「駄目なものは駄目だ」
「そう」
ダレンがすごくまじめそうな声で言うので諦めた。さらに、自分のことは誰にも言うなと言われた。
「どうした?」
「お父さんとお母さんが」
昨日の夜、家が火事に遭い両親が死んでしまった。私を逃がすために犠牲となってしまったのだ。
「そうか」
そういってダレンは優しく頭を撫でてくれた。
ダレンといると毎日が楽しかった。森に変化が起き始めたのはダレンが来てから10日ほどたったころ。
「最近木の実の数が減ってきたような気がする」
「そうなのか」
「うん」
木の実の数というより、なっている木が少なくなったのだ。一本でかなりの実を付けるからかなり減る。
さらに数日後、なぜか小動物が大量に死んでいた。ダレンに心当たりがないか聞いたが知らないそうだ。
そしてダレンとあってから1ヶ月ぐらいたったある日。
獣が唸るような声が聞こえた。
「ダレン、今の声、何?」
私はダレンにくっついた。
「これは、魔獣だな」
「魔獣!?」
私は驚いた。どうしてここに魔獣が。
声はどんどん大きくなっていき、ついに魔獣が姿を現した。それは犬のような形だが身体は黒いオーラで覆われていて輪郭がはっきりしない。ただ紅い2つの目がこちらをじっと見ていた。
「これが、魔獣」
初めて見る魔獣に私は腰を抜かした。
「ちっ、逃げるぞ」
ダレンは私を担いで走り出した。魔獣は追ってくる。
「何で、この森には魔獣はいなかったのに」
いたら一人で来れるわけがない。
「俺のせいだ。長居しすぎた」
「どういうこと」
ダレンは私の問いには答えず、私を木のそばに置くと魔獣と向かい合った。
「危ないよ!ダレン」
魔獣と向かい合うダレン。しかし魔獣はダレンではなく私の方に目を向けた。
「え?」
魔獣がとびかかってくる。ダレンがとっさに私を抱えて飛びずさる。
「ちっ」
ダレンは氷の塊を打ち出し魔獣を攻撃する。魔獣はその攻撃を受けてひるむ。興奮した魔獣は黒いオーラを噴出する。そしてダレンの方に行ったかと思うと私の方に来た。不意打ちを食らったダレンはすぐに反応できなかった。
「グルアアアア」
「きゃあああ!」
私は叫んだ。魔獣の牙がすぐそこまで来ていた。もう終わりだ。私は死ぬんだ。
「ギャイアアアア」
おかしな声とともに魔獣が離れていく。目を開けてみると私の周りに半透明な壁があった。ダレンの方を見るがダレンも驚いていた。ダレンはすぐに魔獣に向き直り魔法を連発して魔獣を倒す。
「終わった、の」
「ああ」
いつの間にか壁は消えていた。私はよろよろとダレンに近づいた。
「う、う、怖かった」
私は泣いた。ダレンに抱き付いて泣いた。
「すまなかった」
「どうしてダレンが謝るの?」
「それは俺が」
ダレンは言いよどむ。
「俺が魔王だからだ」
魔王。この世界に厄災をもたらすとされる存在。魔王の周りにはたくさんの魔獣がいるという。
「俺がいるところは魔力が濃くなる。そうすると魔獣が発生するんだ」
ダレンは私を引きはがすと浮いた。
「どこ行くの」
「ここじゃないどこか」
「また会える?」
「無理だな」
「じゃあ」
私は精一杯の声で叫んだ。
「私も連れてって!」
その言葉にダレンは驚いた顔をした。ダレンと一緒にいるのは楽しかった。ずっと一緒にいたいと思った。もう両親はいない。私がいなくてもなんの問題もない。
「駄目だ」
「どうして!?」
「俺と一緒にいると不幸になる」
「そんなことない、私、ダレンと一緒ですごく楽しいもん!」
「それでもだめだ」
ダレンは背中を向けた。
「ダレン!」
「さようなら、楽しかった」
ダレンはそういうと飛び去って行った。
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