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嘆きの魔女は愛する男に銃口を向ける  作者: 皇海宮乃
第二章 象牙の塔の嘆きの魔女
5/26

2-1

 リベレシュタット辺境、痩せた土地、地の利の無いその場所に、高い塔と、それをとりまく建物がある。建て増しに継ぐ建て増しによって、生物的に増殖していった、統一感に欠ける場所。


 元は、王都から、権力に反した、技術者や学者が打ち捨てられた見張り台に、自然発生的に集まった場所に過ぎなかった。


 しかし、いつの頃からか、国中から知恵を、技術を求めて人が集まってくるようになった。


 王立学院のようなに組織では無かったものの、知恵者、技術者を数多く要したそこは、知恵を提供する事で、いつしか資金力を持ち、国からの援助を必要とせず、独自の発展をとげた。


 象徴とも言える、高い塔を目印として、人はいつしかそこを『象牙の塔』と、呼ぶようになった。


 身分や出自、性別、年齢、それらは象牙の塔では意味を成さない。自ら学ぶか、あるいは、誰かから知恵を盗みとるか。


 教える事に長けた者も中にはいるが、多くは自らの学究心のままに研究を進める。


 その中に、ひときわ美しい女がいた。黒く艷やかな長い髪に、白い肌。


 しかし、見目麗しい外見に反して、その舌鋒は鋭く、生半可な男では口もきいてもらえない。


 人は彼女を、彼女の祖母の高名にあやかって、嘆きの魔女、ルイーゼと呼んだ。


 組織はあってないようなものとはいえ、世帯が大きくなるとそれなりに差配の必要は出てくる。今は王立学院学院長に収まってしまったエルンストは、かつて象牙の塔でそうした内向きの細々した事務仕事を取り仕切っていた。


 今は、別の、女性が取り仕切っている。彼女自身は、象牙の塔の学究者では無い。


「イヤです」


 きっぱりと言い切ったのは嘆きの魔女ことルイーゼ。両腕を組み、両足をふんばって立つ姿には、ひとかけらの譲歩にも応じないという態度がありありと浮かんでいる。


「そう言わないで、あなたが一番適任なのよ」


 困った様子で下手に出るように言うのはモニカという、件の、現・象牙の塔代表の女性だ。髪にはだいぶ白い物が混ざっていが、若い頃の美貌をわずかに残している。いかにもひとのよさそうな風貌の、育ちのよさそうな見た目だが、元は娼婦だという。


 象牙の塔の者に身請けされ、その後、塔内の雑用をこなしてきた。出自を問わないところは象牙の塔らしい。彼女も自分の過去を隠さず、塔の者達も仕事のできる彼女に頼り切っていた。元々は、エルンストの補佐を長く行っていたが、エルンストが王立学院の学院長に指名された為、後を継ぐ形で代表を務めている。


 王立学院のエルンストから届いた書簡には、学院教授増員の為、希望者を募って欲しいという依頼だった。学院長就任時も何人か希望者を募って、王都へ異動したものの、象牙の塔に集まってくる者は、元々が中央を避けて来たような者達が多く、希望者は多くは無かった。


 そこへもってさらに増員、と、請われても、要望に答える事は難しい。


 まして、今回はさらに難しい条件が加わっていた。


『できれば女性で』


 象牙の塔において、男女の別は無い。学びたい者に男も女も関係無い。

 しかし、学究の徒となるべくして、象牙の塔へやってくる人間の男女比は、圧倒的に男が多い。広く門戸を開いてはいるが、保証されているのは寝床と食事のみ。材を増やす為には、利益になりやすい研究などをして、技術を売るか、書物を成して対価を得る必要がある。


 寝床と食事にさえありつければ、後は好きな研究を、という人間には天国だが、給金が支払われるわけでは無い。粗食に耐えられる者で無ければ長期滞在は難しい場所だ。

 不毛の地ゆえに娯楽も無い。ひたすら自分自身と向き合う事のできる人間でなければ、居続ける事は難しいのだ。


 ルイーゼは、数少ない女の学徒だ。

 特に火薬、爆発物については抜き出た才覚を見せ、鉱山等に技術を提供する事で、象牙の塔では稼ぎ頭でもあった。


 モニカとて、そんなルイーゼを王立学院に攫われるのは惜しいと思っているが、彼女の能力、技術をより広く、生徒を通じて学ばせる事は国の為になる事はわかる。


 エルンストの学院長の座は、象牙の塔における知識・技術を、国力増強に使いたいだろう意図があっての抜擢だという事は容易に理解できる。


 自由を愛する象牙の塔とはいえ、今のような規模を維持し続ける為、国からの支援は不可欠になりつつあった。


 ルイーゼは、エルンストからも一度声をかけて振られている。人前に出るのはイヤだ、自分の研究時間が奪われるのもイヤだというルイーゼの言葉に、納得したものの、いまだに諦められないらしい。まして、今、王立学院には女子学生もいるのだ。


 女性研究者の模範として、ルイーゼを招聘したいのだろうとモニカは理解していた。


「ああ、そういえば」


 白々しく、モニカはもう一通の手紙を取り出した。


「これ、あなた宛てに、王立学院の生徒に、あなたの知人がいるようね、メルセデス嬢から、と、言付かっているのだけれど」


「メルセデスから?」


 モニカから書簡を受け取ると、ルイーゼはひと言断ってから書簡を広げ、読んだ。


 ルイーゼの形のよい眉が、ひくひくと動く。その書簡の内容は、ルイーゼを怒らせるような内容であるようだ。


「……わかりました、行きます、王立学院からの招聘、お受けします」


 書簡の内容を、思わず聞いてみたくなったモニカだったが、ルイーゼの怒りに満ちた表情に、それ以上追求ができなかった。モニカにできる事は、ルイーゼの気が変わる前に、王立学院へ旅立つ算段をする事だけだった。

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