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「なッ、メルセデス、どうして」
ニクラスが驚いてメルセデスを責めるように言った。
「申し訳ない、ニクラス、ルイーゼとアルベルトには第三者立会の元での話し合いが必要なんだ、さあっ、ルイーゼ、こっちへ」
ひっぱるようにしてルイーゼが入ってきた。念の為、腰には縄をうち、その端をメルセデスが持っている。
ああ、やっぱり人手が足りない、アルベルトを留置した後、すぐにルイーゼを連れに行くべきだったか、と、ニクラスは思ったが、既に遅い。幸いにして、ルイーゼはおとなしく(というか、赤面して)いるし、害意はなさそうだった。
鉄格子をはさんで、ルイーゼとアルベルトが対峙し、ルイーゼの腰に打たれた縄をメルセデスが。ニクラスは帯剣したまま、アルベルトとルイーゼの間に、両足をひらき、腕組みをした状態で、でん、と立っている。不審な動きをみせたら、すぐに対応しようといういかまえだ。
「アルベルト、あなたが事をややこしくした原因です、ルイーゼに言って」
既にメルセデスの口調は幼い頃共に学び、遊んだアルベルトとルイーゼに対する物に戻っていた。
「何をだい? 僕らの結婚式に参列して欲しいって話かい?」
この後に及んでアルベルトはいまだに優男を演じて見せる。先ほどとは打って変わった様子に、さすがのニクラスも何事か気づいたようだったが、口を挟む事は無かった。
「アルベルト、その見え透いた芝居はもうやめて、私、あなたの本意がわからないほど子供ではありませんから」
ビシッ、と、清々しいほどにメルセデスが言い放ち、そして、トドメのひと言を付け加えた。
「それとも、私が替わって言った方がいい? ルイーゼに」
「ダメだ!」
メルセデスが言い終わるよりも先に、アルベルトが拒絶した。
「メルセデス、ダメだ、その言葉を言ってはいけない」
「でも!」
鉄格子を掴み、隙間から伸ばした腕でメルセデスにつかみかかりそうな勢いのアルベルトを、ニクラスが制した。
「そうか、わかった、アルベルト教授の思い人はメルセデスではなくルイーゼだったのか」
まったく空気など読まず、ニクラスは思った事をそのまま口にした。
ルイーゼは驚いて赤面し、アルベルトも赤面しながら鉄格子を掴み、牢をやぶりそうな勢いでゆさぶった。しかし、天井、床を貫いた鉄格子は堅牢で、びくともしなかった。
「アルベルト、あなたは……」
驚きのあまり、口を両手でおおって、瞳に涙をためたルイーゼに対して、アルベルトの方はびくともしない鉄格子に落胆し、膝から崩れ落ちた。
「では何故、メルセデスと結婚するなどと」
「それは、言えない、……言えないんだ」
鉄格子を挟んで向かい合うルイーゼとアルベルトは、引き裂かれた恋人同士にしか見えなかった。
崩れ落ちたアルベルトに近づこうと、ルイーゼも腰をおとし、鉄格子を挟んで、互いの手を握り合う様は、まさに恋人同士のそれだ。
「もしかして、私の父のせいですか?」
メルセデスは、どうしてそこに思い至らなかったんだろうという様子で、アルベルトに尋ねた。しょうこりもなく、アルベルトはかぶりを振って、メルセデスからの追求に答えなかった。
アルベルトは、もう何も口にすまいと決意したのか、うつむいて何も言おうとしなかった。
メルセデスは、思いを巡らせる、自分の父が、野心の為には、人の感情など平気で踏みにじる事を。
そして、メルセデスとアルベルトの婚姻を申し出たのが父であるならば、父は、ハーゲンは、アルベルトに何らかの価値を見出しているのだという事だ。
では、その価値とはなんだろうか。
「武器の、専売についてですか」
メルセデスの言葉に、アルベルトは答えなかったが、かわりにニクラスが言った。
「メルセデス、君はそれを言うべきでは無い、今はまだ、この場は非公式な場だが、下手をすると、君の父上が、ご実家のヴァッフェ商会にも累が及ぶのでは無いか?」
しかし、だからといってニクラスがこの場を離れる事はできない。メルセデスは、ニクラスを見て、言った。
「……かまいません、私には、ルイーゼとアルベルトの方が大切です」
きっぱりと言うメルセデスの顔は大人びて美しく、ニクラスはどきりとした。
メルセデスは、アルベルトとルイーゼに向き直った。
「これは、私の繰り言です、世迷い言です、ですが、私の父なら考えそうな事です、あの人の事です、あわよくば、王太子妃にでもと期待していたみそっかすの娘が、王太子妃になれなかった替りに、他の使いみちを思いついた、アルベルトの父上は技術者で、特に銃、兵器の開発を行っていた、アルベルト、あなたを、お父上同様、技術者として迎えようとしたのではないですか? そして、ルイーゼの持つ火薬を精製する技術と合わせて、新兵器を作ろうとしている」
アルベルトは、何も答えなかった。
ルイーゼも、黙ってメルセデスの言葉を聞いていた。
「……でも、私にはわからないんです、確かに、アルベルトのお父上は、私の父の商会の技術者でしたが、あなたはそうではないはずです、既に成人して、王立学院の教授となれば、王室に雇用されているといってもよい立場のはず、あなたが拒めば、父の要求など、突っぱねる事はできたのではないですか?」
メルセデスの言葉は、牢の石壁に吸い込まれていくように、その場はシン、と静まり返った。
すると、再び、扉を叩く者がいた。ニクラスが開けると、そこにはユリアーナと王太子、レオンハルトが立っていた。
「殿下! 何故ここへ! どうかお戻り下さい!」
今はおとなしくしているとはいえ、ルイーゼとアルベルトはユリアーナを害しようとした者達だ。アルベルトが鉄格子の向こう、ルイーゼの腰に縄がうたれているとはいえ、安全とは言いがたい。
さらに、王太子は王立学院学院長エルンストをともなっていた。




