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牢に入れられたアルベルトと、格子を挟んでニクラスは対峙していた。
「アルベルト先生、愚かな事をしましたね」
ニクラスは、どことなく気まずく思ってアルベルトに話しかけた。
「恋とは、愚かな事であるらしいよ」
「それは何かの引用ですか?」
「さあ、何だったかな……」
鉄格子の向こうにいるアルベルトは、どこか悟りきったような顔をしている。
「ルイーゼを炊きつけたのはあなたですか」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「先生、俺はあなたと問答をするつもりじゃないし、俺は学院の生徒ではありません」
真面目くさってニクラスが言うので、アルベルトは思いがけず破顔した。
やわらかな黒い巻毛は、品の良い雄馬のようでもある、タレ目の、人の良さそうなアルベルトが、新任の女教師を炊きつけて、王太子を恐喝しようとしたといいう事が、ニクラスにはまだ信じられなかった。
「あなたの背後にも、誰かいるんですか?」
「何故そう思うんだね?」
「あなたに利が無いからです、こんな事件を起こして、幸い死人も出ていませんし、レオンハルト殿下も大事にはしたくないとおっしゃっていた、しかし、あなたは失職は免れないでしょう、俺は、あなたは学院の教授を天職であるように生き生きとされていた、そんな、男子一生の仕事をふいにするには、対価としては小さいのでは?」
罪人と言ってもよいアルベルトに対しても、変わらず礼節をもってニクラスは対応していた。それは、アルベルトの様子があまりにもいつもと変わりがなかったからだ。
ニクラスは、アルベルトを尊敬していた。熱心な授業、生徒達に対して尊大な態度をとる教授も決して少なくない学院において、歳若く、生徒達に歳が近いせいか、アルベルトを頼る生徒は多かった。
「全ては、恋の為だよ」
自嘲気味に言うアルベルトに、ニクラスは答えた。
「……それほど、メルセデス嬢を愛しておられたのか」
ぽつり、と、ニクラスが言うと、アルベルトはきょとんとしてまじまじとニクラスを見た。
じっと見つめられて、ニクラスは、アルベルトが何故そんな顔をするかわからなかった。
「……君には、そんな風に見えたのか」
「違うんですか?」
ニクラスは、メルセデスとの縁談を成就させる為に、アルベルトがあのような手段をとったのだと思っていた。アルベルトは、若いと言ってもすでに三十は過ぎている。十代のメルセデスとは五歳違い。もっと歳の離れた夫婦もいるが、ともかくメルセデスが縁談を断ったという噂は、既にニクラスの耳にも入っていた。
「……そうか、君は、ルイーゼと殿下のやりとりを聞いていないのか」
ぽつりととアルベルトはつぶやいて、ニクラスの方を向いた。
「他に目的が?」
尋ねるニクラスに、アルベルトは笑顔で答えた。
「黙秘する……身の安全の為にね」
「……どういう事です?」
ニクラスが尋ねた時に、背後の扉が開いた。
そこには、メルセデスとルイーゼが立っていた。




