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リベレシュタット王立学院、それは、女王、ベアトリクスが官僚を養成するために創設した学院。王都の、政治の中枢近くに敷地をとり、未来の官僚候補を育成するための学院。
創設時は、男子のみで構成されていた学院を、女王は、末娘が学齢に達する頃を見計らって、女子でも学ぶ事ができるよう門戸を開いた。
王太子在学中に成された事により、多くの貴族、官僚から、『これは、王太子妃を選ぶ為』と、いらぬ忖度をされた事により、「女子が学ぶ為」の施策でありながら、『王太子妃』になる事を目的とした女子学生を受け入れる事になってしまう。
しかし、王太子レオンハルトには、既に意中の女性がいた。
レオンハルトにとっては、はとこにあたる女性、ユリアーナ。
ただし、ユリアーナは、かつて、女王を亡き者にしようとした、女王の母、前王の王妃を排した一族の者でもあった。
幸い、ユリアーナの父は、事件への関与が無く、事無きを得たのだが、娘を殺そうとした王妃を排出したグリチーネ一族の者として、つましく、ひっそりと生きていた。当然、王太子妃など望む事などできなかった。
互いを思いながらも、自身の出自の為、思いを告げられずにいたユリアーナであったが、女王から直接の許しを得ることができ、レオンハルトは無事、思い人に、自身の思いを伝える事ができたのだった。
しかし、そうなると、『王太子妃』になる事を夢見て入学してきた女生徒達はおもしろくは無く……。
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リベレシュタット王立学院、学院長執務室。
学院長は、途中退学する女生徒の報告を受けていた。
「……まあ、予想はしてましたけど、しかし、思ったほど多くはないですね」
学院長エルンストは、白髪の混ざった髪をきっちりと撫で付け、背筋をすっきりと伸ばす壮年の男性だ。元は、象牙の塔で事務方を取り仕切っていた人間だったが、その有能さを買われて、女子入学決定と同時期に王立学院院長に就任した。
「そうですね、王太子の妻にはなれずとも、将来有望な官僚夫人を狙っているという説や、来年入学予定のマクシミリアン殿下を狙っているという向きもあるようですが、女子生徒の成績は、上がってきているんです、入学当初と比べて」
学院長に報告しているのは、女性だ。ギーゼラという。
元は、女王の片腕とも言われた側近中の側近で、エルンスト同様、女子入学の為に就任した一人だった。小柄で、ふくよかなため、凡庸に、ありていに言うとそこらにいる中年女性にしか見えないのだが、その凡庸さゆえに、目立たず、場に溶け込めることに長け、最も得意なのは諜報活動なのでは、とも言われている。
清掃婦に扮した副学院長がどこからか生徒を監視しているらしいという噂も、あながち間違いではないかもしれない。
ギーゼラの報告にほっとため息をつき、エルンストは安心して、椅子に身体を預けるようにして座り直した。
「やはり、優秀な生徒にひっぱられている、という事ですかね」
机を挟んで対面しているギーゼラも、同じように深く腰掛けて答えた。
「その説はあるかもしれませんね、技術、算術方面については、メルセデスが、語学、文章表現、解釈についてはマルガが、全分野まんべんなく好成績なエラと、偶然ですが、同室に集まっている、というのがまた……」
愉快そうにギーゼラが言うと、
「どの生徒も身分がそれほど高くないというところが、刺激になっているのかもしれないね、前向きに張り合おうとするのはよいことだ、私は、女性というのは、もっと陰湿に足の引っ張り合いをするものだと思っていました」
「そこは、学院長のおっしゃるとおりですよ、陰湿だし、足の引っ張り合いはしています」
しれっと、言う副院長のギーゼラに、驚いた様子でエルンスト学院長は尋ねた。
「彼女らの同室に、イリーネという娘がおりまして、これが、まあ、成績はあまり芳しくなかったのですが、どうやら彼女らの薫陶を受けたようで、じわじわ成績があがってきたんですよ」
学院長は、イリーネの容貌を思い描いた。
小柄で、巻き毛の、歳よりすこし幼さの残る、小動物がキャンキャンわめいているような印象の娘だった。
入学時に、院長と副院長は個別に生徒の面談を行った。どの娘も、あたりさわりの無い受け答えをしていたが、唯一、王太子様の妃になりたいですと言い切ったのは、実はイリーネだけだった。
学院長は、彼女こそまっさきに退学を申し出るものだと思っていたが、ギーゼラの話ぶりだと、どうやらそうでは無いらしい。
「その彼女を見て、皆、考えを変えたようです、……自分も、あるいは、変われるかもしれないしれない、と」
学ぶことで、自分は変わる事ができるのかもしれない、と、娘達の考えが変わってきたのだとしたら。エルンストは思った。
「ですが、休み明けの試験で、考えの変わる娘も出てくるかもしれませんけどね」
しかし、ギーゼラの考えが確かであるならば、その娘達の存在は、女王の望む、娘達の可能性を見出し、育みたいという意志の、何よりの体現者になりえるのではないか、と、学院長思った。
ややあって、ノックの音が、学院長への来客を告げた。