8-2
ひっく、ひっく、と、泣き続けるマルガを医務室の隅に座らせて、エラがゲルトの手当をした。
「マルガ、泣きたいのはゲルトの方だと思うのだけど」
取り乱して泣きじゃくるマルガにエラが言った。
「ごめ……な、さいッ、エラ……、わたし、何の、役にもっ」
「役には立ってたじゃない、あなたが合図をして、一気に事が片付いたのよ、まあ、けが人は出てしまったけど……」
「すまない、エラ、ありがとう」
ゲルトがエラに礼を言った。
エラは、動じないし何でもできるというのに、自分は取り乱して泣くばかりだと、マルガは自己嫌悪に陥っていた。
「いえ、私は私にできる事をしただけです、むしろマルガみたいに合図を出したり、メルセデスのように、銃を持った相手に、むこうみずに飛び込む勇気は無いので」
礼を言われて、少しは照れたのか、エラは一息にまくしたてた。
泣きじゃくるマルガを慰めるべきだとエラは思ったが、自分がそれをするよりももっとふさわしい人間がいるような気がして、席をはずす事にした。
「私、ユリアーナ達の元へ行きます、幸いケガはありませんでしたが、あんな風に拘束されて、疲れたでしょうし、気持ちも昂ぶっているでしょうから、気付けのお酒でも持っていきます、だから、マルガ」
エラに言われてマルガが顔をあげた。
「あと、お願いね」
にっこりと笑って、エラは医務室を後にした。
残されたマルガと、ベッドに横たわったゲルトは、唐突に二人だけにされた。
何ともいえない沈黙があたりに漂う。
ゲルトも、少し気持ちが昂ぶっていた。
エラに、自分の方にも何かきつけに持ってきてもらうよう頼めばよかったと思いつつ、泣いているマルガに頼むべきか迷っていた。
つつ、と、マルガがゲルトの横たわるベッドのところにやって来て、近くにあった椅子に座る。
「すみません、私に、何かできる事があれば」
泣きはらした目は、こすったせいで真っ赤になっていた。怖かっただろうと思うと、急にゲルトはマルガが愛おしく思えた。
思わず、ゲルトはマルガを抱きしめていた。
「ゲ……ゲルトッ! あっ、あのッ!」
驚いてマルガが身をよじったせいで、ゲルトの腕に痛みがはしった。
「ッ……」
一瞬、ゲルトは苦痛に顔を歪めたが、もう一度マルガを腕に抱き込んだ。
「すまない、少しだけでいい、このまま、こうさせてもらえないだろうか」
ゲルトの広い胸に閉じ込めれると、薬と汗の混ざった匂いがした。
マルガは、それが不快では無いことを奇妙に感じながら、以降は黙っておとなしくゲルトの腕の中にいた。
ゲルトの、鼓動が聞こえてくる。
その音は、マルガの音と、呼吸とともに落ち着いていき、次第に同調し、同じ調子で鼓動を刻むようになっていた。
男性に、抱きしめられるのは初めての経験だったマルガは、しかし、ゲルトにこうして抱かれる事は不思議と心がやすらぐ、と、感じていた。
一方、ゲルトの方は少しだけ状況が違っていた。
血の興奮、気持ちの昂ぶり。
小さく、柔らかなマルガを腕に抱きながら、そのまま唇を奪いたい動物的本能を理性で抑えていた。
小さく、暖かなマルガを抱きしめ、心が落ち着いていく事も、確かに感じてはいたが、それとは別の、生き物が、命の危機に対面したときの、種の保存本能のようなもので、女の身体を求めるような感覚がわいていた。
このまま押し倒して、唇をうばったら、マルガはどんな顔をするだろう。
ゲルトは、そんな事を考えながら、腕の中のマルガの感触を確かめるように力をこめた。
やわらかな髪の感触が、小さな肩や、背中の感触が。
ゲルトが、少し手を下ろせば、柔らかな臀部に触れられるのでは、と、動きそうなる手を、必死で理性で押しとどめ、名残惜しそうに、ゲルトはマルガの戒めを解いた。
「……ありがとう、その、少し、落ち着いた」
そう、ゲルトが言うと、マルガがものすごい発見をしたように、嬉しそうに言った。
「人の体って、温かいんですね……、ありがとう、ゲルト、少し、落ち着きました」
そう言って微笑むマルガに、人の気も知らないで、と、少しだけ恨めしい気持ちになりながら、マルガの瞳からあふれていた涙が止まった事に、喜びを感じるゲルトなのだった。




