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嘆きの魔女は愛する男に銃口を向ける  作者: 皇海宮乃
第七章 アルベルトの思惑
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7-2

 それは、メルセデスが入学し、寮祭も終わって、浮き足立っていた学院内が落ち着いた頃の事だった。


 唐突に、予告も無くハーゲンはやってきた。


 王立学院へ入学以降、あまり会う事も無かった。


 既にアルベルトは成人しており、学院からの禄を食む身である。


 あくまでも、王立学院の一教授として、アルベルトは、商人としてのハーゲンに対面した。


 ハーゲンが手にしていた細長い器具に、アルベルトは見覚えがあった。


 ごとり、と、重量を感じさせる音がした。


「……ご用件はなんですか」


 場所は、王立学院内、実験室横のアルベルトの研究室。既に一日の講義を終えて、生徒達は寮に戻った後という刻限だった。


 礼儀作法にのっとり、ハーゲンに椅子を勧めはしたが、アルベルト自身は着席せずに、机に身を預けるようにしながら、アルベルトが言った。


「君の、亡き父上の作っていたものだ」


 その、重量感のある長いものを覆っていた布をハーゲンがとりはずすと、中から現れたものに、アルベルトは確かに見覚えがあった。


「覚えがあります、しかし何故それを私に?」


「これは、私に素晴らしい富をもたらしてくれた」


 ハーゲンが目を細める。


「そうですね、あなたは優秀な商人だ、少ない投資で、莫大な利益を生み出す、父のように、己の技術を用いて何かしら作る事が生きがいの人間というのは、あなたのような人間によって搾取されるんです」


「手厳しいね、恩人に向かって」


「かかった養育費を返して欲しいようでしたら、いくらでも払いますよ、幸いにして、私は独身で、家とここを往復する以外、金の使いみちはありません、おいくらですか?」


「君は、自分自身の価値が金で対価になると?」


「ご不満ですか?」


 ハーゲンの慇懃な態度に、アルベルトは鏡のように反射して返した。


 さらに、釣り銭とばかりに続けた。


「私の雇用主は、今は王立学院であり、ひいては女王陛下です、あなたに私の身の振り方をどうこう言われるいわれはないはずですが」


「まあそう言うな、今は娘も世話になっている事だし」


「父親に養育を放棄されて、辺境の湖沼地帯で育ちながら、あなたの奥様の連れ子の誰よりも優秀な娘さんですね、……あなたに似ず」


 アルベルトの当てこすりにハーゲンは全く動じなかった。


「君の、いや、君たちの教育の賜物といったところか? 君の他にもう一人いただろう、メルセデスの馴染みが、……何と言ったかな、あの娘、たいそう美しく育って、象牙の塔などに身を置くのは、惜しいほどの女だ」


 ハーゲンが紡ぐ言葉に、アルベルトは嫌悪を感じた。今、この場で唐突にルイーゼの話題がでてくる事の意味を、アルベルトは考えた。


「心を入れ替えて、娘の将来について思いをはせるようになりましたか?」


「フン、かわいげのない娘だが、王太子の目にでも止まればと放置していたが、既に婚約者も決まったそうだし、別の幸せを考えてやる必要があるかもしれんな」


 相変わらず、勝手な事を言う男だ、と、アルベルトは思った。


 メルセデスは、今や女子生徒の中でも一二を争うほどの、男子生徒を含めて考えても上位に入る優秀な学生だ。このまま王立学院に在籍し、学べば、女性初の技術官僚とて夢では無いだろう。むしろ、メルセデス以外に技術官僚たり得る娘はアルベルトには思い当たらない。


 アルベルトは、女王の言葉を思い出していた。


「技術は、男共の為だけでは無いと思わないか? アルベルト」


 かつて、女子入学を認めさせる為の諮問会が開かれた時には、アルベルトも教授陣の一人として参加した。


 並み居る貴族議員達の言葉をひとしきり聞いた後、女王は何故かアルベルトにそう言った。一介の教授にすぎないアルベルトに。


「私は、能力の別に男女差は無いと考えています、あるとすれば、それは個人の資質や、向学心によるものでは無いかと、男だからできるのでは無く、女だからできないのでは無く、その人物がどれだけ真摯に学問に取り組めるかどうかでは無いでしょうか」


 メルセデスやルイーゼを知っていたアルベルトは、自信をもって、よどみなく答えた。


 能力に性差は無い。個人個人の能力や適性はあるが、男だから優秀、女なら出来が悪いというのは、統計的数字上の事にすぎない。優秀な女に対して、不出来な男が、男であるがゆえに勝るという事はないはずだ。


 そして、今、このように意見を求めるのは『女王』陛下なのだ。


 女王ベアトリクス、腹違いの妹はいたが、男のきょうだいを持たなかった彼女は、繋ぎとしてでは無く、始めて王女の頃から、王位継承者として立った女王だった。


 彼女自身、女である事を侮られながらも、夫と共に歯を食いしばり、善政という形で結果を出してきた。そんな彼女に、女であるというだけで出来が悪いなどと、言える者はいないだろう。


 だが、今目の前で長広舌を披露するこの男の価値観は、いまだに一世代前のままであるようだ。娘は、親の所有物にすぎず、思い通りになる手駒の一つだと。


 メルセデスは、そんな父親から逃げる為に、男装してまで王立学院の試験を受けたのだろう。


 ようやく女子の入学が認められ、入学可能な年齢に達し、まさに抑圧され続けた翼を解き放ったように学ぶ彼女を、一番理解して、伸ばしてやらなくてはならない立場の親がはばもうとする。


 一度は捨てた娘だろうに、美しく育った以上は利用しない手は無いとでも思ったか。


「まあ、そういう苦々しい顔をするな、お前、メルセデスを妻にする気は無いか」


「ありません」


 アルベルトは即答した。


 メルセデス自身を女として見ていないという事もあったが、ハーゲンと血の縁で縛られるなどまっぴらだった。


「少しも心が動かないという様子だな、……昔はともかく、中々美女に育ったと思うのだがな」


「あなたは何もしてませんけどね」


 ハーゲンはろくでなしだが、ハーゲンの両親は善良だった。あの善良な老夫婦からどうしてこんな男が生まれたのだろうかと信じられなくなるほどに。


 老夫婦はつつましく、わずかな年金と蓄えで暮らしており、息子が養育を押しつけた孫娘も文句も言わず、むしろ喜んで養育した。


 アルベルトは、さすがに養育費くらいは支払われているだろうと思ったが、意に反して養育費が支払われていたのはアルベルトに対してのみだった。


 メルセデスは老夫婦にとって実の孫であり、養育の義務があるが、アルベルトは養い子であるゆえに、その分の費用は支払うというのがハーゲンの意図であったようだ。


 その額も、微々たるものではあったが。


 しかし、メルセデスの祖父母は、そんなアルベルトもメルセデスと共に分け隔てなく育ててくれた。


 老夫婦はお人好しで、その様子はアルベルトの亡き両親を思わせた。


 どうやらハーゲンはアルベルトの両親のような人種、ハーゲンにとっては両親のような、を、取り込んで食い物にする事に長けているようだった。


「他に好いた女でもいるのか?」


「いいえ」


 いっそ女に興味は無いと言ってやろうかとも思ったが、余計な情報を与えてこれ以上話を広げたくなかったアルベルトは腕を組み、会話のとっかかりすら与えるまいという気持ちを態度で示して見せた。


 しかし、ハーゲンがそんな程度でひるむはずは無い。


「そこでこの書類なんだが……」


 会話ではらちがあかない事をあきらめたのか、一枚の書類を取り出した。

 ざっと見たところ、何かの証文のようで、最後の方にはサインが入れてある。


「なんですか、それは」


 書類を手に取らず、アルベルトが言うと、ハーゲンが机に置いた書類をもう一度手にして、アルベルトに見せつけるように向けた。


「この筆跡に見覚えは?」


 見たくもないと目をそむけたが、書いてある名前には見覚えがあった。

 それは、アルベルトの母の名だった。


「俺が何歳の時に母が死んだと思ってるんですか、覚えているわけないでしょう」


「ふん、だが、母が書いたものだという事はわかったようだな」


「どうせもう外堀は埋まっているんでしょうね、その証書を無効にするために、俺は何をすればいいんですか?」


 それは、証書だった。アルベルトの養育をし、成長したあかつきにはメルセデスと婚姻するというものだった。


 当時産まれたばかりの娘に対してこんなものを、と、アルベルトは思ったが、これは恐らく保険だったのだ。アルベルトがしかるべき地位に成長する見込みがあった場合に、足かせとするように。


 母は、恐らくではあるが、一人残される息子の行く末をあやぶむあまり、見誤ったのだと信じたいが、配慮せずに言うならば、母は息子を売ったのだ。養育と引換に。


 母は、それでも息子が生きていればいいと思ったのか、もはやそれを確かめる術はアルベルトには無い。


「理解が早くて助かる、では私の計画を話そうか」


 にっこり笑って、ハーゲンが言った。

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