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嘆きの魔女は愛する男に銃口を向ける  作者: 皇海宮乃
第七章 アルベルトの思惑
16/26

7-1

 所詮この世は権力が全てだという事を、アルベルトは齢十歳にして理解した。


 正しくは、身にしみた。


 アルベルトの父は、技術者だった。


 機械を工作し、機構を工夫し、より長く、安定して動くように作る事に、何より熱心な男だった。


 しかし、手先を動かす事、寝食を忘れて仕事に没頭する他は、小心で、人の良い男だった。


 どれほど高い技術を持とうと、作り出す製品の質が高くても、気弱な彼は搾取されて搾取されて、使い捨てられた。


 母も、そんな父に従う、気持ちが優しい事だけがとりえのような女だった。


 世の、気の強い女達のように、己の分をわきまえずに要望を主張し、図々しく振る舞う事のできない女だった。


 アルベルトは、両親を愛してはいたが、尊敬はしていなかった。


 いつも貧乏くじをひきながら、文句の一つも言わない。


 そんな父と母を歯がゆいと思った。


 そして、使い潰された父が病床に伏し、夫を失った母が、言い寄る男達を避けながら、父に操を立てながら、アルベルトを養う為に働いて働いて、ついには父同様体を壊した結果、父の雇用主であり、母に言い寄る男の一人に、後事を託して逝った時には、もう、涙も出なかった。


 父と母は、ひたすら善良だった。己のできる事を最大限誠実に行ってきただけだった。


 それなのに、わずかな録で父を使い潰し、さらには未亡人となった母に無体を強いた元雇用主に、不思議と怒りはわかなかった。


 父は、その技術をもって、よそに売り込む事もできたはずだ。


 真実母と息子を愛するならば、自分の腕一本でやっていく事もできたはずだ。


 父には甲斐性が無く、母には思い切りが足りなかった。


 雇用主は、従業員に対しての録はしぶるが、愛人には豪気だった。


 しかし、母は父を愛するあまりに、己の身を自分を求める男の身に委ねる思い切りはなかった。


 愛など口にするから、死ぬ羽目になったのだ。


 父も、母も。


 一人残されたアルベルトは、父の雇用主であり、母を愛人にしようとしていた男、ハーゲンの元で養育される事になった。


 アルベルトは、母親似の整った顔と、父親譲りの手先の器用さを買われたのだ。


 父と母は互いを愛していたのかもしれないが、結局互いの事しか考えていなかった。


 アルベルトや母の為に立身出世しようとしなかった父にも、

 アルベルトを残して一人逝ってしまった母にも、


 言ってのけたい言葉は一つだけだ。


 愛などよりどころにするから、命を縮めたのだ。


 自分は、父や母のようにはならない。 


 アルベルトは決意した。


 幸いな事に、アルベルトは王都のハーゲンの屋敷では無く、湖沼地帯にある、ハーゲンの両親の元で養育される事になった。


 そこには、ハーゲンの娘がいた。


 メルセデスという、病弱な娘が。


 すぐに熱を出し、寝込む。青白い顔の娘。


 アルベルトは、メルセデスが死なないよう、常に注意をしなくてはならなかった。


 しかし、青白い顔で、病弱なメルセデスは、本を読んだり、機械をいじる事に興味を見せた。


 戯れにアルベルトが作った細工物を見ては、どうしたらできるの? と、目を輝かせた。


 アルベルトが分解して、もう一度組み立てるところを見せると、それをおもちゃにして一日中、寝台で組み上げてまた壊す、という事を続けた。


 ある日、アルベルトは凧をあげて見せてやった。


 外に出ることのできなかったメルセデスは、部屋の窓からあがった凧を見て、目を輝かせた。


 アルベルトが、凧を上げる為に走っているところを見ると、自分も走りたいとせがんだ。


 食の細かったメルセデスが、『外で走る』事を目標に、何でも食べるようになったのはこの頃からだった。


 元々、メルセデスの病気というのは、王都にいた頃、食べられなくなった事に起因していたと後にわかった。


 メルセデスは、祖母の料理に口をつけるようになり、どんどん元気になっていった。


 ついに、外で走って凧をあげられるほどに回復した頃。


 メルセデスとアルベルトはルイーゼに出会った。


 ルイーゼは、森に住むという魔女の孫娘だった。


 魔女といっても、ほうきにのって空を飛んだり、あやしげなまじないをするといったものでは無い。薬草や、古い伝承、技術力を持った老婆で、一帯に住まう者達からは敬意をもたれていた。


 ルイーゼは、魔女の孫娘という言われ方をする事をひどく嫌っていた。そんなものは、前時代的な古い呼び方だと言っていた。


 ルイーゼは、特に炎に感心を持っていて、色とりどりに燃える火薬を組み合わせて、花火を作る事に長けていた。


「……でも、お祖母様は嫌がるのよ、私が火薬を使う事を」


 そう言う、ルイーゼの祖母の気持ちを、アルベルトは少しばかり思いやる事ができた。


 確かに、色とりどりの炎は美しかったが、火薬の持つ殺傷能力は、武器になるのだという事を知っていたからだ。


 ハーゲンは、大商人であり、手広く色々な物を扱っていた。


 そして、その中には、武器もあった。


 リベレシュタットは、長く戦争をしてはいなかったが、軍隊は持っていた。それは、隣国を攻めるものではなく、国を守為のものだった。


 しかし、いくら国内に戦争が無いとはいえ、武器をまったく作らないかといえば、そんな事は無い。そして、武器は、作った以上、売られなくてはならない。


 戦の技術というものは、多く生活に転用する事もできる。


 火薬は、特に鉱山などの発破に用いられるものであり、少なく、威力の強い火薬は、ハーゲンの取り扱う商品中でも、特に高額なものだった。


 女王は、武器の輸出を禁じていたが、抜け道はいくらでもある。


 そして、アルベルトの父は、火薬そのものでは無く、火薬を用いた武器を作っていた。


 鉛の弾を打ち出す道具を。


 アルベルトは、初め、ルイーゼとの出会いを、忌まわしい運命だと呪った。


 火薬を作る事に長けた娘と、

 兵器を作っていた男の息子。


 アルベルトは、無意識にルイーゼを避けたが、ルイーゼはそうでは無かった。


「あなたの事が好きなの」


 はにかんだ顔でルイーゼにそう告白された時、アルベルトの心はざわめいた。


 ルイーゼは、美しい娘に成長していた。


 湖沼地帯の若者の多くが、彼女に懸想し、ふられている事も知っていた。


 アルベルトとて、木石では無く、たくましい青年に成長している。


 ルイーゼに魅力を感じていないかといえば嘘だった。


 しかし、誰かを愛する事で、父と母は命を縮めた。

 父と母が愛しあう事で、アルベルトは生まれ、そして、結果一人になった。


 もう、一人になりたくは無かった。


 誰かを強く思う事で、自分の命が縮まるならば、最初から一人でいればいい。

 そして、今、自分は、無力で価値の無い子供では無いのだ。


 ハーゲンは、アルベルトの能力を高く買ってくれていた。


 メルセデスと同様、惜しみなく学ぶ事に金を出してくれた。


 ……それが、王立学院へ進み、国の中枢に食い込む事で、ハーゲンの利益を拡大させる目的だったのだとしても。


 搾取された、父や母のようになるまいと、アルベルトが考えていた後ろ盾は国だった。


 国の中枢に、権威のある場所へ行かなくてはダメだ。


 また、そうする事で、当時は男子のみの王立学院へ進む事で、ルイーゼの前から姿を消す事もできた。


 目の前に、手の届く場所にルイーゼを見続ける事に、ルイーゼが他の男のものになるところを見なくてすむのだから。


 そして、アルベルトは難関な試験を突破し、無事、王立学院で学ぶ権利を得た。


 王立学院には、学費がかからない。全てが国のかかりである替りに、己を高め、いずれはその能力を国に返すことになっている。


 学院での日々は、楽しいものだった。


 成立間もない王立学院は、出自も何も関係無く、将来は国の礎になるのだという使命感を持つ、若く才能ある者達であふれていた。


 アルベルトは、そこで初めて、のびのびと学びたい事を学びたいだけ学んだ。


 湖沼地帯でのままごとのような日々は、楽しいものではあったが、学院での日々は、より刺激的だった。


 優秀な成績で王立学院の卒業が決まったアルベルトの選んだ道は、教師として学院に残ることだった。研究を続けたい気持ちがあった事が一つと、もう一つは、自分の過ごした学び舎に直接恩を返したいと考えたからだった。


 そこには、純粋な学究心があった。あるいは、象牙の塔でも同様な事はできたかもしれないが、アルベルトにとっては、王立学院こそが『家』であり生涯かけて生徒を育てていく事こそ使命だと。


 後に、女子の入学が認められた時にも、それは変わることは無かった。王太子目当ての、浮ついた娘も中にはいたが、そのような娘達の中にも、純粋に学ぶ事に惹かれ、しかるべき職務につけるものもいるはずだ、アルベルトはそう思った。


 女子入学者の中に、見知ったメルセデスが入っていた事も、懐かしく思う事はあったが、特別な感情は湧き上がらなかった。


 一時は、男装してまで王立学院への入学を望んだメルセデス。


 メルセデスが、親しんだルイーゼのいる象牙の塔では無く、アルベルトのいる王立学院を選んだのは、先々を考えての事だと、アルベルトは思った。


 卒業後の仕事、国の中枢に関わる仕事に着ける事。それこそが、王立学院で学んだものが享受できる恩恵だった。


 メルセデスは、大商人の娘ではあったが、後妻の連れ子達と折り合いが合わず、居場所を無くしていた。養育してくれた祖父母も死に、王都へ戻っても、父によって意にそまない縁談でどこかへ嫁がされてしまっただろう。


 しかし、メルセデス自身の努力によって、彼女は王立学院に席を得た。


 友人もできたようで、生き生きと勉学に励むメルセデスの姿は、アルベルトの喜びでもあったのだ。


 だが、どれほど優秀だったとしても、ハーゲンにとってメルセデスは最初の妻の忘れ形見にすぎず、まして、女である以上、いずこかへ縁づかせる程度の役割しか持っていなかった。

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