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嘆きの魔女は愛する男に銃口を向ける  作者: 皇海宮乃
第六章 ユリアーナを救え
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6-1

 王立学院には、万が一に備えて警備部隊が存在している。王太子の護衛としてはゲルトがいるが、彼一人では対処しきれない事は充分あり得る。王太子の入学にともない増員されはしたが、それでも三交代で六人ほどの小規模なものである。


 しかし、未来の国を支える官僚候補を育成する王立学院の護衛である。多くは、王宮士官、未来の近衛兵候補生な若く優秀な兵士が集められている。


 ニクラスは、その中にあって、銀髪、碧眼の美青年として、野薔薇寮の女子学生達から絶大の人気を誇っている。


 当然、イリーネもそんな女子学生の一人だったが、それ以外の三名の対応は冷淡だった。


 曰く、


 マルガは、


「自分が美しい事に自覚的すぎるよね」


 メルセデスは、


「え? ……誰?」


 エラは、


「誰に対しても別け隔てのないところは評価します、私のように出自がはっきりしない者に対しても平等ですし、……ただ、私が男だったら……どうかしら」


 と、三様の評価をされている。


 つまり、己の美しさを自覚していて、こと女性に対しては平等。メルセデスは例外的に無関心だけれど、女性の眼をひく男性である事は間違い無いのだった。


 そんな本日の護衛番は、まさにそのニクラスなのだった。


 基本的に、詰め所にいるか、寮内を巡回する日々を送っている。護衛番の中には、兵士でありながら、向学心が高く、望んで講義に参加する者もいる。残念ながら単位はもらえないが、国内随一の教授陣の授業を受ける事を恩恵と思う者は居た。


 ニクラスについては、優雅な風貌であるにも関わらず、頭の中身はオガクズが詰まっているなどと揶揄されてしまうような、知性的な見た目に反して、剣技、武技と、麗しい容貌以外は残念な青年なのだった。


 そんなニクラスが、その日の当番として実験室近くを通りがかったのは、ニクラスの野生の勘を働いたせいなのか。


 実験室前の廊下に、ただならない緊張感とともに、真面目くさって王太子が中に向かって問い掛けている様子は一種異様な光景だった。


 しかし、ニクラスに学は無かったが、不審なものに対しての嗅覚は優れていた。ただらない雰囲気を察して、その場にゲルトがいる事に気づき、声をかけた。


「ゲルト、どうした、何があった」


「ニクラス、今日の当番はあなたですか」


 遠からず護衛番の見回りを期待していたゲルトは、現れたニクラスの姿にほっとした。


 踏み込むにしても、ゲルト一人では不安がある。ルイーゼという象牙の塔から来た教師を取り押さえる者、ユリアーナを保護する者が必要で、男手という意味で王太子の協力を仰ぐのは避けたかったし、隙を見て誰かに護衛番を探しに行ってもらおうと時期を見計らっていたのだ。


 実験室を視界に捉えることのできる範囲で、室内に声が届かないように、ゲルトとニクラスは距離をとった。


 実験室内のルイーゼと、室外のレオンハルトは、相変わらず膠着状態を続けており、メルセデスがルイーゼの意識を他へ向け無いよう側につき、ゲルトからはこの場を去るよう言われたイリーネ、マルガ、フィーネは、ゲルトに引かれて、同様に距離をとっていた。


 ゲルトがここまでのいきさつをニクラスへ説明すると、ニクラスは即答した。


「こちら側の様子が、どの程度向こうに把握されているかわからないが、外部の様子がわからないという点でこちらの方が優位だ、いくら銃があるといっても、しょせんむこうにいるのは女一人だろう」


 あからさまにルイーゼをあなどっている様子だ。しかし、ゲルトの考えは違うようだ。


「いや、先ほど、ルイーゼと殿下のやりとりから考えるに、彼女は何者かの命を受けて今回の行動に出ている可能性が高い」


「誰だ、その、何者か、というのは」


「……ゲルト、もしかして」


 何かを思いついたようにマルガがゲルトに言った。


「アルベルト先生が?」


「おい、何故ここにアルベルト先生が出てくる」


「いや、出てこない、というか、今、この場に彼がいないという事こそ、不審では無いか? アルベルト先生の研究室は実験室のすぐ隣だ、これだけ騒いでいたら、さすがに何らかの動きがあってしかるべきではないだろうか、あなたが、異変に気づいてここにやって来たように」


 確かに、ゲルトの言うとおり、ニクラスは実験室周辺の不穏な様子に気がついてここへ現れた。隣室の研究室にアルベルト教授がいるのであれば、研究室から出るか、直結している実験室の方へ様子を見に行っている可能性もある。


「ルイーゼは、象牙の塔から来たばかりです、彼女の縁者であるメルセデスの他に、親しい人間がいるとしたら、アルベルト先生という事になるのではないでしょうか」


 マルガの言葉にゲルトは納得したようにうなずいて見せる。


 しかし、今、実験室の外からそれを確かめる術は無い。ユリアーナと直接連絡をとる方法があればまた別だが、現状、ルイーゼの眼をかいくぐってそれをする事は不可能だ。


「……さて、どうしたものか」


 ゲルトが考えこむと、ニクラスが答えた。


「二つの経路からの同時侵入はどうだ? ユリアーナ嬢とルイーゼ、同時に確保をする事ができれば、一番危険が少ない」


「だが、どうやって?」


 ゲルトは、既にいくつかのプランを持ってはいたが、実行には手数が足りていない。しかし、準備に要する時間はもうかけてはいられない。長引けば長引くほど、人質にされているユリアーナの危険は上がっていく。


 ルイーゼは、ユリアーナがどうなってもかまわないと考えているようにゲルトには思えた。


 己の考えの甘さに、わずかないらだちを感じながら、先に立てないからこそ後悔なのだ、とも。


 王族には、それぞれ護衛がつく。ユリアーナは、形式上、まだ王太子の正婚約者という立場だが、王太子の気持ちの上では既に王太子妃同然なのだ。


 王家の誰かを害する事で得られる利益という意味で、体外的にユリアーナはまだそれにはあたらないが、王太子の心情としては、そうではないのだという事に、ゲルトは己の配慮の足り無さが歯がゆかった。


 もし、ユリアーナの身に危険が迫った場合、王太子が己の立場を顧みず行動に出た場合。


 最悪の事態を考えると、ゲルトの背筋を冷たいものが這っていく。


 王太子の護衛として、身を挺して王太子を庇う心の準備はできているが、仮にゲルトが一人命を捨てたところで、ユリアーナの身に万が一の事があったならば、王太子の心には間違いなく傷が残るだろう。それは、避けなくてはならない。


 問題は、経路だ。


 ルイーゼに気づかれないよう接近し、ユリアーナ嬢を救う事。

 ルイーゼの意識を他へ向けつつ、ルイーゼ自身を確保する事。


 この二つを同時に行う為には、実験室へ侵入する為の経路が必要だった。


「……天井裏から、行く」


 そう言ったのはニクラスだった。


「俺は、先方に存在を知られていない、天井裏づたいに、中に入る、だから誰か、正面から、相手の気を引け」


「わかった、そちらは俺がひきうけよう」


 自身に降りかかる危険度、という事で言えば、正面で、相手の気を引く人間が最も危険だ。つまり、ニクラスは最も危険な役割をゲルトに振った。しかし、天井裏から近づくニクラスといえど、安全とは言えない。


「ゲルト、危険です、それでは……」


 マルガが不安そうな顔でゲルトに言った。


 マルガは、決意した様子のゲルトを見て、止めなくては、そう思いつつも、それは決定の先延ばしに過ぎないという事がわかっていた。


 危険を訴えたところで、それでは何の解決にもならない。


 そして、何故、これほどまでに胸が痛むのか、もちろん、銃を前にして、ゲルトが危険である事が理由だという事はわかる。けれど、マルガは、今、胸を締め付けるこの痛みが、危険を前にしている事の不安だけでは無いように感じていた。


 考えろ、マルガは短い時間に頭を働かせた。


 考えろ、何か方法があるはずだ。


 考えろ。


 アルベルト先生は、今、どこにいるのか。


「ゲルト、突入の前に一つだけ確認して下さい」


 マルガが指さした先にあるのは、アルベルトが実験をしている部屋。実験室と別に入り口があるが、中は繋がっているはずだ。


「……しかし、この騒ぎに際して、アルベルト教授が出てこないという事は、不在という事なのでは? 不在であれば施錠されているはずなのでは」


「鍵ならば、ここにある」


 ニクラスが鍵束を取り出して見せた。


「……ニクラス、あそこに入れるのならば、そもそも屋根裏伝いに行く必要は無いのでは?」


 ゲルトが言うと、ニクラスは少しばかり思案するかのように視線を泳がせてから、ぽん、と、手を叩いた。


「……確かに」


 そこが、ニクラスのニクラスたるところというべきか、何とも残念なところだった。


 マルガは、本当にこの人は優秀なのだろうか、王立学院警備とは、ていのいいやっかいばらいなのではないか、と、少し不安になった。


 鍵があるならば話は早い。


 研究室経由に、中の様子を確認できれば、作戦の精度は上がるはずだ。


「私にも、少し考えがあるのだけれど、いいかしら」


 ずっと黙ってやりとりを聴いていたフィーネが言った。


「イリーネに、協力して欲しいのだけれど」


 逃げる時機を狙って黙っていたイリーネがあからさまに不満そうな顔をした。


「わたくし……?」

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