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嘆きの魔女は愛する男に銃口を向ける  作者: 皇海宮乃
第五章 魔女の作戦
13/26

5-2

 実験室は、扉の他に、廊下に面して窓が並ぶつくりになっている。つまり、廊下から中の様子が見られるようになっている。中には、王太子はおらず、縄をうたれてぐったりとうつむくユリアーナと、そのすぐそばにルイーゼが立っていた。


 手には、見たことのないような無骨な道具がある。


 剣でも無く、重量感がある、筒状のものだ。


「ユリアーナ、どうして……」


 ぐったりとうなだれる様子のユリアーナを見て、あわててフィーネが駆け寄って扉を開けようとした。しかし、メルセデスによって止められた。


「ダメ、扉を開けては!」


 強い力で掴まれて、フィーネは一瞬苦痛に顔を歪めた。


「メルセデス、どういう事?」


「扉を開けたら、ユリアーナの身があぶない、ルイーゼがそう言っているの」


 メルセデスが、真剣な顔をして言った。


「どうして? あそこにいるべきはメルセデスだったはずではないの?」


 エラが言うと、フィーネは驚いて問い返した。


「どういう事? 説明してちょうだい」


 日頃はおだやかなフィーネも、ユリアーナの様子を見て、とりみだしているようだった。


「ゴメン、後でちゃんと説明するから、まずルイーゼと話をしなくては、……それには、王太子殿下がいないといけないんだけど……」


 メルセデスは、マルガが王太子を連れてくるのを待っているようだった。


 ややあって、先導するマルガの声と、王太子とゲルトの声が聞こえてきた。


 姿を表した王太子は、窓から見えるユリアーナの様子に、先ほどのフィーネと同様、扉に手をかけようとしたが、先ほどのように、今度はフィーネとエラの手によって止められた。


「これは、いったいどういう事なんだ!」


 愛するユリアーナの状況に、王太子は狼狽しているが、マルガやメルセデスをいきなりなじるような事はしなかった。現状把握を求める声は、フィーネの声によって止まった。


「殿下、ひとつ確認いたします、ユリアーナは、殿下の呼び出しによって実験室へ行きました、ユリアーナを実験室へ呼びだされましたか?」


 フィーネの問いかけに対して、王太子はかぶりを振った。


「確かに、男子禁制の野薔薇寮へ伝達する際、書面を用いる事はあるが、今日、ここへユリアーナを呼び出す手紙は書いていない」


 王太子、レオンハルトの言葉に、メルセデスはあからさまに落胆した様子を見せた。


「……そう、ですか、……では、ユリアーナは、偽の手紙によって意図してここへ呼びだされたという事ですね……」


 メルセデスとしては、運悪くユリアーナがここへいて、作戦遂行をはばまれないよう、やむをえずしてルイーゼによって囚われたのではないかと思っていた。しかし、メルセデスの知っている計画と、実行に移されたそれは異なっているという事がはっきりした。


「ルイーゼ……どうして……」


 実験室の中で、ユリアーナを虜にしているルイーゼは、既に外部の異変に気づいているのだろう。ゆっくりと立ち上がり、窓の近くまで、ルイーゼが近づいた事が、窓にうつる影で、外にいるメルセデス達にもわかった。


「メルセデス、そこにいる? 殿下を連れてきてくれたかしら」


 王太子を連れてくるというのは、ルイーゼが最初にメルセデスに対して出した指示だった。計画と違う事に意義をとなえると、ユリアーナを盾にとられて脅された。


 今、ルイーゼは、未来の王太子妃を人質に、王太子へ何かしらの要求をつきつける反逆者となっていた。


「ルイーゼ、なんでこんな事を……」


 メルセデスの言葉に、ルイーゼは答えない。


「私か、私に話があったのか、ならば何故、直接私に話をしない、どうしてユリアーナをかどわかすような真似をした」


 王太子、レオンハルトは、激昂せず、感情を抑えた様子で窓の向こうにいるルイーゼに問いかけた。


「話を有利に進める為ですわ、殿下」


 窓一枚隔て向こう側で、ルイーゼが冷たく言い放つ。


「卑怯な真似をしてまで、か」


 レオンハルトが、かつて見せたことのないような厳しい顔つきで返答する。


 マルガは、レオンハルトの中に初めて女王のような王者の片鱗を見た。日頃、でれでれとユリアーナの前でやにさがっている王太子しか知らなかったマルガは、少し意外な気がしていた。


 そして、そのように、ルイーゼとレオンハルトがやりとりしている合間に、ゲルトが実験室の様子を外側から探っていた。扉と窓にはメルセデスが危惧したように、火薬がしかけられているようだった。


 ぼそりと、ゲルトがメルセデスに尋ねた。


 やりとりが、ルイーゼの耳に届かないように。


「……あれは、もしかして、銃か」


 ゲルトの問いかけに、メルセデスは視線をはずしながらうなずいた。


 何故ルイーゼが銃を持っているのかは、ゲルトにもマルガにもわからない。しかし、ルイーゼであれば、自分の手で作り出す事は可能なのかもしれない。


「マルガ、君は皆を連れてここを離れるんだ」


 ゲルトは、再び声をひそめて言った。


「いやです」


 声を出せない替りに、マルガは大げさな口の動きでゲルトの言葉に反しようとした。


「ここは危険だ、対応は最小限で行うべきだ、君やフィーネ、イリーネやエラは、この場にいる必要は無い。……メルセデスは……すまないが、この場に残った方がよさそうだが」


「でも、この作戦を、私達は知っていました、知っていて止めませんでした、責任の一旦はあると思います」


 ぼそぼそとしたやりとりは、実験室の中には聞こえていないと思いたいが、ゲルトはマルガに声をひそめるよう指先を唇の前で立てた。


 マルガは、思わず自分の口を手でおおい、謝罪するような視線を送った。


 ゲルトやマルガ達がそのようなやりとりを続けている中、レオンハルトとルイーゼの会話は続いていた。


「簡単な事です、王太子の地位を、弟君にお譲りいただければいいのです」


 ルイーゼは、思ったよりも簡単に要望を口にした。


 メルセデスは驚き、エラ達を見た。


 ルイーゼが、何故王太子にそのような要求をつきつけるのか、理由が思いつかない。ルイーゼは、王家や王位争いと接点があったのだろうか。湖沼地帯で知り合った時、ルイーゼは、集落の辺境にすまう魔女の孫であり、アルベルトも、父の幼なじみの子供のはずだった。


 少なくとも、メルセデスの幼い頃の記憶の中にいるルイーゼも、アルベルトも、王位継承に何事か発言するような立場にある身である要素は思い当たらなかった。


 では、象牙の塔で何かあったのだろうか。


 あそこは、今でこそ、王都から、王家からの援助を受けてはいるが、本来政には関わらない主義の者達の集まりでは無かっただろうか。


 ルイーゼの要望の意味と、その手段に王太子の婚約者をかどわかすという手段をとる事が、メルセデスには理解できなかった。


 しかも、弟のマクシミリアンに王太子を譲れ、とは。


「……その、意図するところは何なのだ、私より、弟の方がくみしやすいとでも思っているのか? それならば、むしろ逆だ、私などよりも、弟の方がよほど出来がよい」


「だからですよ、殿下、あなたは、歴史を学ぶべきですね、かつて、王配陛下のご一族が追いやられ、即位されたのは、あなたのお母上でもある、女王陛下のご一族であったはず、かつて、王位は親から子では無く、兄から弟へ譲られた歴史がある、違いますか?」


 一息にルイーゼが言った。


 女王は、歴史を己の一族の都合がよいように改ざんをしたりはしなかった。起きたことをあるがままに、かつての政変を、等しく誰もが学んでいる。歴史から学ぶ為に。王位をめぐって争いが起きたという事実を、広く知らしめるために。


「だからこそ、母上は、優秀な弟では無く、私を王太子にしたのだ、年功序列、もしかりに、私が女だったとしても、母上は私を王太子にしただろう」


 淡々と、レオンハルトは言った。わずかに自嘲気味にも見えた。


「ですが、あなたご自身がそれを降りられたら? 望まぬ事を無理強いするような方でしょうか? あなたの母上は」


 ルイーゼの口ぶりは、女王の人となりをよく知っているような様子だった。


「あなたの指摘は正しいよ、よく知っているね、けれど、人質をとられた上に、脅しをかけるような相手に対して、言いなりになるような真似を良しとしない、というのもわかっているだろう? それから、本当に要求は王太子の位を譲る事なのかな、僕には、少なくとも、それは君自身の望みだとは思えないのだけれど」


 ルイーゼは答えなかった。無言のルイーゼに、さらにレオンハルトは言葉を続けた。


「僕は、君が、誰かの意を受けて、このような事をしているように思える」


 ルイーゼは、レオンハルトの問いかけに答えなかった。


 しかし、それは、無言であるがゆえに、レオンハルトの言葉を肯定しているようにしか見えなかった。

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