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それは、夏季休暇を目前としたある日の夕刻の事だった。全ての講義は終了しており、校舎には人も少なく、大きな騒ぎにはなりようが無い。
少なくとも、メルセデスから、マルガとイリーネ、エラは、そのように説明を受けた。
メルセデスを人質にルイーゼが実験室に立てこもり、アルベルト教授から真実を聞き出す。
アルベルト教授の真意を探る為、ルイーゼがメルセデスを人質にとり、ルイーゼが象牙の塔から持ち込んだ『あるもの』を使って、脅すという事だった。
人が少なければ、騒ぎはわからない。大事にはならない。
だが、想定外の事が今、起きている。
「あれ? メルセデス、どうしてここに? 実験室に行ったんじゃ」
バタバタと必死の形相で部屋に戻ってきたメルセデスが言った。
「ユリアーナ! こっちの部屋へは来ていない?!」
日頃、少々実験に失敗しても、机をぐちゃぐちゃにしても動じる事の無いメルセデスが、いつになく動揺している。息せき切って、汗だくなのは走ってきたせいか。
「メルセデス? どうしたの? 落ち着いて、あなた、実験室に行っていたのではないの?」
マルガがメルセデスの肩に手をおき、呼吸を整えるメルセデスの身体をなだめるようにすると、
「どうしてユリアーナが出てくるの? 彼女、そもそも実験の授業はとっていないでしょう」
エラが冷静に指摘する。
そう、今回ルイーゼのたてた作戦にも、ユリアーナは関係無いはずだ。
メルセデスはぶんぶんと首を振った。
「……実験室に、ユリアーナが居た」
「人間違いという可能性は無いの?」
イリーネですら、冷静に指摘する。しかしメルセデスは真っ赤になって顔を振った。
「今、部屋に行ってきた、フィーネはいたけど、ユリアーナは居なかった。……フィーネいわく、ユリアーナは、実験室へ行った、と」
ややあって、メルセデスを追ってきたのかフィーネもやってきた。
「メルセデス、あなた、廊下を走らないで、それに、私にもわかるように説明してちょうだい」
フィーネとしては、唐突にメルセデスが現れて、ユリアーナはいるかと唐突に尋ねられ、そういえば、王太子に呼び出されたと言うやいなや立ち去ったのを追いかけてきたというわけだった。
「もたもたしている時間は無いんだ、皆、実験室へ、歩きながら話すから、あと、マルガ、王太子殿下とゲルトを呼んできて」
きっぱりとメルセデスが言い、マルガへ指示を出す。
「ちょっと待って、メルセデス、ユリアーナは殿下に呼ばれて実験室に行ったのではないの? であれば、実験室の方にいるんじゃ……」
フィーネの問いかけには答えず、メルセデスがマルガに言った。
「頼むよ、マルガ、もし殿下が来ることをしぶるようなら、ユリアーナが危ないと伝えて」
メルセデスがあまりにも必死なので、マルガは取り急ぎゲルトを呼びに行くことにした、メルセデスは、いたずらに人を呼びつけたり、騒ぎを起こしたりするような娘では無いという事は、マルガもよく知っている。彼女が今、それを強く望んでいるのであれば、まずはその意志を尊重すべきだと考えたのだ。
マルガは男子寮へゲルトと王太子を呼びに行き、メルセデスは、エラ、イリーネ、フィーネを伴って実験室へ向かった。
走り出しそうになるのメルセデスが、エラにたしなめられながら、フィーネとイリーネがそれに続くといった様子だった。




