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ユリアーナもまた、困っていた。頼みのフィーネは遠方に住まう祖父母を見舞う為、ユリアーナと共に、女王一家の過ごす夏の別荘へ同行が難しいという事なのだ。
「私としても興味はあるんだけどね……」
一族が揃う上に、病がちな祖母は、この夏を超えるのが難しいのでは無いかという医者の見立てであるようだ。もちろん、事情を話せば、フィーネの両親も納得はするだろうが、ユリアーナとしてもフィーネにそこまでさせるのは申し訳無いと思い、他をあたる事にした。
とはいっても、出自の微妙さから、ながらく友人らしい友人もいなかったユリアーナである。
声をかければ、喜んで同行を引き受けてくれる娘はいるだろうが、それほど気心のしれていない相手をともなうのも余計な気を使いそうで、思いきれない。
考え事をしながら、ユリアーナは実験室の前まできていた。
ユリアーナがとっている授業は実験では無い為、縁の無い場所だが、レオンハルトから実験室を指定されていたからだ。
引き戸を開けて中に入ると、まだ、レオンハルトは来ておらず、人気の無い実験室を物珍しさで見て回る。ガラス製の見たことの無い器具の数々は、ユリアーナの好奇心をおおいに刺激した。
ふと、ユリアーナはメルセデスの事を思い出した。
一時期、部屋での実験も控えめになっているというメルセデスだが、最近、また、部屋で実験をしている。同室のマルガ達からは苦情がきていないのだが、隣室から、異臭がするといった問い合わせが来ており、一度注意をしなくてはと思っていたところだった。
しかし、メルセデスが自室にこもりがちな理由をなんとなく知っているユリアーナとしては、メルセデスに対して同情したくなる気持ちもあった。
父から縁談を言い渡され、その相手は学院の教師の一人であるという。
メルセデスの好いた相手ならばともかく、見ていると、どうもメルセデスは求婚者と目されるアルベルト教授からは逃げ回っている様子だ。
縁談の話が出る前、熱心に質問に通っているメルセデスを見て、ユリアーナは、メルセデスはアルベルト教授に好意をもっているものだとばかり思っていた。
何しろ、メルセデスは、王立学院に入学するために、男のふりをして試験を受けるほどに学院への進学を希望していた。
もちろん、向学心ゆえなのだろうけれど、ユリアーナは、そこまでするメルセデスには、誰か思う相手がいるのでは無いかと勘ぐっていた。
もちろんそれは、自分が王太子レオンハルトの側にいたいがゆえに王立学院へ入学した自分と照らしあわせてゆえの思い込みではあったのだけれど、実際にそれはユリアーナの邪推であった事は、ここ数日のメルセデスの様子を見ていればよくわかる。
メルセデスの向学心は、ユリアーナが自分などを引き合いに出すにはおこがましいほどに高く、また、世間の役に立ちたいという崇高とも思える意志は、恋心などとは全く異なるのだという事が、今ならばわかる。
では、アルベルト教授はどうなのだろう。
アルベルトは、公正、かつ、公平な教授であり、授業もわかりやすく熱心だ。彼を慕う者は男女問わず多い。彼は、なにゆえ、メルセデスの卒業を待つことができないほどに、事を急がせようとしているのだろう。
ユリアーナに、アルベルトがメルセデスに対して恋情を持って接していたようには見えなかった。立場上、その感情を押し隠していたのだろうか。しかし、ならばどうして、今、このような中途半端な時期に、アルベルト教授はメルセデスに求婚し、なおかつ学院を退学するように仕向けているのだろう。
メルセデスに対して愛情のある人間が、彼女の向学心に水をさそうとするのはあまりにもおかしい。誰よりも、師である彼こそ、メルセデスの学問への熱意を知っているのでは無いだろうか。
ユリアーナは、はたと思った。
逆かもしれない。
婚姻が先なのではなく、『メルセデスにこれ以上学院にいて欲しくない』というのが理由であればどうだろう。
しかし、では何故、メルセデスが学院に残っていは都合が悪いのだろうか。
王太子は姿を見せず、ユリアーナは実験室の椅子にかけて、自分の考えをまとめようと、いつも持ち歩いているノートとペンを取り出して、さらさらと書き始めた。
考えがまとまらない時には、書き出すがいいのだと言っていたのはマルガだった。
そして、考えを書き出す事に集中するあまり、ユリアーナは自分の背後から気配を消して近づいてくる者の姿に気づかなかった。




