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嘆きの魔女は愛する男に銃口を向ける  作者: 皇海宮乃
第四章 王太子殿下は婚約者に溺れる
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4-1

 野薔薇寮の監督生、ユリアーナは、晴れて王太子レオンハルトの婚約者となった。


 しかし、今のところ、その処遇は変わらない。双方の卒業を待って、正式に結婚式をとり行い、王太子専用の離宮に共に住まう事になる。


 つまり、ユリアーナは、変わらず男子禁制の野薔薇寮に住まい、ユリアーナから王太子の部屋へ会いに行くことは可能だったが、慎みあるユリアーナが頻繁に王太子の部屋へ行くなどという事ができるはずもなく、講義で机を並べる事がせいぜい、という状況なのだった。


 ユリアーナはともかくとして、正常な男子であるレオンハルトにとっては、ご馳走を目の前にしながら、触れる事ができない、まさにおあずけの状態なのだった。


 あと数日で夏季休暇になる。そんな生殺し状態のレオンハルトが、王族が夏を過ごす別荘にユリアーナ嬢を誘ったのは、必然であって、また、レオンハルトとしては当然の事だと思っていた。


 慎み深いユリアーナ嬢も、頬を赤く染めながら、賛同してくれ、レオンハルトとしては、夏季休暇への日々をまさに指折り数えて待っている状況であった。


 終日しまりのない顔をしているレオンハルトに、ゲルトが冷水を浴びせかけるように言った。


「夏季休暇明けの試験の結果いかんでは、卒業そのものが延期される可能性もありますよ、殿下、王太子殿下が落第などしたら、女王陛下は何とおっしゃるでしょうか」


 場所はレオンハルトの部屋。ゲルトが来ているのは、まさにその夏季休暇の準備の為だった。


「ユリアーナ様は、お一人で行くのはちょっと……、と、おっしゃってます」


 追い打ちをかけるようにゲルトが言った。


「そんな、ユリアーナは僕には何も!」


「言いづらかったんじゃないですか?」


 きっぱりとゲルトが言った。


 ユリアーナを誘った時に、目を血走らせ、身の危険を感じたのでは無いだろうかと、その場にいなかったにも関わらず、ゲルトは正確にその状況を予測した。


 女の身では無いゲルトに、ユリアーナの気持ちは図りかねるが、王太子の劣情を受け止めきれる事に不安を覚える事はわからなくも無い。


「好きな女と一緒にいたいという気持ちが、お前にはわからないのか? ゲルト」


 男として、レオンハルトの気持ちはゲルトにも理解できる。しかし、露骨すぎるのだ。態度が。


「お前だって知ってるだろう、僕が産まれたのは、父と母が挙式をあげてすぐだったという事を」


 レオンハルトよりも歳下のゲルトではあるが、自分の親から聞いて王太子の出生については知っている。それは別に秘密でもなんでもなく、女王と王配の睦まじさを伝える暖かな話題の一つではある。当時の宮廷でそれが、どのようにささやかれたかまでは、想像に固くない。


 耐えられなかったのは、おそらくカイ陛下の方だったのだろうな、というのは、幼いゲルトにも何となくわかった。それほどに、女王とその夫は仲睦まじく、夫は女王である妻を深く愛しているのがわかった。


 しかし、今のレオンハルトについては、自分と歳が近い分、妙に生々しいというか、男としてわかる部分と、節度を持つべきだといういう臣下としての分別がせめぎあう。


 幼なじみとしては、好きにしろ、うまくやれ、のひと言に尽きるのではあるが……。


「フィーネあたりを誘うのが打倒ではありませんか? ユリアーナ様とも同室で、気心がしれているようですし」


「お前はどうなんだ、ゲルト」


 あくまでも冷静なゲルトを少し困らせてやろうと、レオンハルトは、少し意地悪そうに言った。


「俺は別に、ユリアーナ様の同伴が誰であれ、例年通り、警護として同行させていただきますよ?」


「そんな事を聞いてるんじゃ無い、お前も、共に連れて来て欲しい娘がいるのでは無いかと思っただけだ、ほら、彼女、マルガ、彼女がいなければ、そもそも僕らは婚約にこぎつける事もできなかった」


 思いがけずレオンハルトからマルガの名前が出て、油断していたゲルトは思わず頬を染めてしまった。


「お前、今、赤くなったな! そういうのをむっつりスケベと言うんだ」


 勝ち誇った顔をしてレオンハルトが大上段に構えたように言った。


「別に、急に名前が出て驚いただけです」


 即座に顔色を整えて、ゲルトは表情をとりつくろった。


 マルガ、ごく普通の娘だ。特別美しくもなければ、美声の持ち主でも無い。しかし、ころころと表情を変え、人の事をまるで自分の事のように悩み、懸命にユリアーナとレオンハルトの間をとりもととうとした娘。


 マルガが動く必要は無かった。本人は好奇心の為と言っていたが、好奇心だけであれほどの労力を割くことができるものだろうか。


 ゲルトは、一生懸命なマルガをかわいらしいと思った。そして、自分以外の男がマルガを気にかける事を気に入らない、とも思った。


 ゲルト自身は、あまり女に縁が無く、女性とは、いたわり、いつくしまなくてはいけない、という漠然とした印象しか持っていない。


 ゲルトが見てきた女達は、女王やその側近たちといった烈女の部類に入る、力と自信にあふれた女達か、王太子妃になる事を夢見て、レオンハルトに上目遣いで近づいてくる娘達くらいのものだった。


 立場上、独身を通す事は難しいだろうと思っているゲルトは、王太子の結婚後、それなりの立場の家の娘を娶り、妻とするのだろうと漠然と考えていた。かつて父がそうだったように。


 ゲルトの両親は、女王とその夫のように強く愛し合っている印象を周囲にもたれるような夫婦では無かったが、父は母を大切にしていたし、母も父を大切にしていた事は、ゲルトにもわかった。激しくは無いが、おだやかな愛情が感じられる二人は、見合いで結婚したと聞いている。


 ゲルトにとっては、妻を娶るという事は、家の存続と同義であり、王太子ほどではなくとも、武門の一翼をになう家の次期当主として、ふさわしい相手をいずれ、といった、あいまいな印象でしかない。


 しかし、レオンハルトはそうではなかった。


 王太子という立場にありながら、ただ一人、ユリアーナを思い続け、ついには婚約まで取り付けてしまった。


 マルガは、レオンハルトを少し頼りなく思っているようなふしが見えるが、相手を自分の思う方向へそれと気づかせずに操ったのであれば、それはそれで王者としては重要な資質だと、ゲルトは思う。


 それにしても。


 休暇を前に、レオンハルトの浮かれぶりは目に余るものがある。浮足立つレオンハルトを、ユリアーナも心配しているようだった。


 この色ボケ王子め、と、思っていても顔には出さないゲルトは、どうやったらレオンハルトの浮ついた足が地につくものだろうか、と、困っていた。

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