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アイドルさん、ご来店。




『今日は昨今、最も人気を集めているアイドルに取材をさせていただきました!!』

『はーい、皆さんこんにちは!!どうもよろしくお願いします!!』

『まずは今回の取材を引き受けていただきありがとうございます。それでは早速ですが前回のライブについてなんですが…………』



「はぁ、すごい人気なんだな」


店内の書籍コーナーに置いてあった新聞を読んでいると、今人気絶頂らしいアイドルの記事が一面に載せられていた。

新聞や雑誌はいつも流し見をするぐらいだからあんまり有名人とか分からないんだよな。


「あずさちゃんだったら知っているかな。でも、あんまりこういうのに興味なさそうだな」


今日、あずさちゃんは友達の家に遊びに行くということで店にはいない。どうやらお泊りらしい。一度も友達の家にお泊りをしたことがない身としてはちょっとあこがれる。

……ぼっちではないからな。ただ、そういう機会がなかっただけだ。


本当だよ?


「もうすぐ店も終わりだし、今日は贅沢して高い肉でも買って帰るか」


アパートで何を作ろうかと考えていると、ドアが開きお客さんがやってきた。しかし、ラフな格好にフードを深く被って、見るからに怪しい格好をしている。

……何だ、ランニング途中の人か物取りにしか見えないぞ。


「いらっしゃいませ!」

「…………あの、葉巻を一つ」


しかし、聞こえてきた声は思っていたよりか細く、しかし不思議と耳に残るとてもきれいな音をしていた。

でも、この人未成年じゃないか? 声からして微妙なラインだったぞ。


「あの、申し訳ありませんが年齢を確認できるものをお持ちでしょうか?」

「……っ」


そう聞いた瞬間、その人は逃げるように身を翻して走り出そうとした。


「きゃぁっ!!」

「っ、大丈夫ですか!?」


だが、会計横に置いていた商品が載ったカゴにぶつかって盛大にこけた。

おいおい、大丈夫か。

その人の近くによると、フードが脱げて顔があらわになっていた。


「…………」


えらくかわいい子だった。長く伸ばした黒髪に、ぱっちりと開いた目、ほっそりとした顔立ちをしている。

でも、明らかに未成年だよな。あずさちゃんと同じくらいか。


「大丈夫ですか?」

「ああぁ、あのすみませんでした!!わたし、わたしぃ……」

「大丈夫ですよ、大丈夫ですから。怪我はありませんか?」

「すみません……、わたし……」


こけている彼女の近くに腰を下ろして、とりあえず怪我をしてないか聞く。

必要以上に怯えられている気がするな、泣きそうな顔で謝られている。こんな子に怯えられると、とても悪いことをしている気になるんだが。ぱっと見た感じ怪我はしてないようだ。


「とりあえず、少し落ち着きましょうか?コーヒーでも入れますのであちらでゆっくりしていてください」

「でも、わたし……」


わたしとゲシュタルト崩壊しそうなくらいにつぶやいている。

こっちが泣きたくなりそうだ。ミートインに案内して、まずは落ち着いてもらおう。


「ここでしばらく待っていてもらえますか。すぐにコーヒーを持ってきますので」

「………すみません」


床に散らばった商品を戻して、コーヒーを入れるついでに少しお菓子も持って、彼女の元に向かう。

女の子だし甘いものはたぶん好きだろう。あずさちゃんが拗ねたときや落ち込んでいるときと同じ対処法でいいはずだ。俺はあずさちゃんを信じている。力を貸しておくれ。


「お待たせしました、どうぞ」

「……ありがとうございます」


「………………」

「………………」


二人でしばらく、ただコーヒーを飲む時間が過ぎる。

こういうときは慌ててはダメだ。

できれば彼女から何か話すのを待つべき、ですよねあずさ先生。


「……本当にすみませんでした」

「何度も謝罪してもらいましたし、商品も問題なさそうだったんで気にしなくても大丈夫ですよ」

「……あの私、葉巻なんて買ったことなくて、もちろん吸ったことも無くて。だから誰にも言わないでくれませんか!!」

「えーと、言わないでも何も、結局購入はされませんでしたし、わざわざ警備兵さんやご自宅にうかがって訴えるほどのことではありませんよ」


「えっ……あの、私のこと知りませんか?」

「えっ……」


何だ、どこかで会ったことがあったのか? いやいや、こんな子を忘れるとは思えないんだけどなぁ。

彼女の勘違いか?

ちょっと天然というか、おっちょこちょいなところがありそうだ。


「どこかで会ったことありましたか?」

「……………うぅ、うわぁぁぁぁああぁぁん……」


「……えっ!?い、いやっ、ごめん!!そうだね、どこかで会ったことあったかもっ!ちょっと、待って、思い出すから!!一分ちょうだい!思い出すからっ!!」

「ちっ、ちがっ、ちがっっ、ううぅぅぅぅっ、ですぅぅぅ……」


「あっ、あずさちゃんの友達?学校の子かっ!!いやいや、あずさちゃん俺に全然会わせてくれようとしないし、それはないはずだ。それなら、以前旅の途中だって拠ってくれたおじいさんのお孫さんかっ!?いや、違うっ、こんなに大きくなっているわけが無い。大家さんの隠し子っ!?いや、あの人に限ってありえない……あとはっ……」


「うううぅぅぅぅ、ちが、うぅぅうん、ですぅぅぅぅ……」


しばらく、なかなか泣き止まない女の子と、女の子を泣かしてしまいテンパってしまった俺で収拾がつかなくなってしまった。

いや、本当どこで会ったんだよ、俺。




~~~~~~~~~~~




「アイドル?」

「はい、わたしアイドルをやっていて、皆さんの目に触れる機会も多くもらっているので、自意識過剰になってしまっていたみたいで……」


会ったことはないはずだよな。ただ、俺が世間知らずだっただけか。

もっと興味を持たないといけないな。


「あぁいや、俺が世間知らずなだけで……。もう覚えたから!もう忘れないから!」

「……ふふふ、違うんです。嬉しかったんです」

「嬉しかった?」

「はい、わたしがアイドルだって知らない人がいて、アイドルのわたしでいなくていいんだって」

「…………」


「仕事中だけじゃなくて普段の生活でも、わたしはアイドルでいなくちゃいけなくて。どこにいても、舞台上や雑誌の中のわたしが、前にいるんです。明るくて元気なわたしが何歩も先に。

でも、本当のわたしは……」

「……葉巻を買おうとしたのは何でなのかな?」

「なんとなくいけないことをしたくなったんです。少しでもアイドルのわたしを感じたくなくて、消してしまいたくて。このままじゃ自分がどこにいるのかわからなくなりそうだったんです」


……人気者も大変なんだな。

俺も人様にどうこう言えるようなものじゃないんだけど、流石にこのまま放っておくのも気がひけるよな。


「出来るだけ顔を隠したりはしてるんですけど、外に出るとばれてしまうこともよくあって、そしたらわたしではいられなくなるんです。学校でも同じで、別にいじめられたりなんてないんですけど、本当に友達って言える子もなかなかできなくて、ただ愛想をふるまってるだけなんです」

「それが辛い?」

「……はい、もう気づいたら自然と身についていて、もう今更さらけだすこともできなくなっていたんです」

「そっか」


……何て言えばいいんだろう。そんなに肩肘張らなくてもいいんじゃないとか、もっと自由にしたらって?

うーん、上手く言葉が見つからない。勇者さんぐらいの悩みだったら気軽に応えられるんだけど。


「でも、良かったです。今日葉巻を買いに来て」

「え?」

「アイドルなんて興味ないって人が、いることに気づくことができましたから」

「あぁ、いや、本当ごめんね、世間知らずで。申し訳ない」

「ふふふ、いいんです。少し気が楽になりましたから」


「………でも、君はやっぱりアイドルっぽいよ」

「…そうでしょうか?」


話してて思ったけどやっぱり可愛いんだよな、この子。声も聞きやすいし、よく透き通るように響く。


それに。


「大切なんでしょ、ファンの人達が」


「………………」

「君はずっと話してても、ファンの人達をわずらわしく思ったり、いなくなってちゃえ、なんてことは一切言ってなかったし。そんな気持ちを君から感じなかったよ」

「……………」

「君はアイドルで、みんなを応援したり元気付けたり、逆に応援されたり好きになってもらったりするんだろうけど」

「………………」

「少しぐらい甘えてみてもいいんじゃないかな。」

「……甘える」

「うん。本当はわたし、こんな子なんです!って。落ち込んで葉巻を買いに行きそうになったり、結局買えなくてカゴにぶつかっちゃうような子なんですって」

「……ふふふ、そしたらファンの人いなくなっちゃいそうですね」

「きっと大丈夫だよ。だって、みんな君を好きでしょうがない人達でしょ? 好きな人の意外な一面って多くの人は、愛おしい、って思うもんだと思うよ」


……大丈夫かな。

いい加減なことを言っちゃった気がする。


「あはは、自信なさげなんですね。でも、そうかもしれません……。もし、誰も見てくれなくなっても、お兄さんはわたしを見てくれますか?」

「あぁ、もちろん。これからは…………お兄さん?」


「ふふふ、わたし兄弟がいないので、憧れてたんです。それと、私のことはアイって呼んで下さい!

いろいろ聞いてもらって、なんだか兄弟がいたらこんな風に相談できていたのかなって思ってしまって。……ダメですか?」

「いや、それはいいんだけど……」


正直こんな可愛い子にお兄さんなんて呼ばれるとグッと来るものがあるな。

いかんいかん、これがアイドルの力か。今なら、何でも買い与えてしまいそうな気がする。

兄バカ一直線だな。


「お兄さん、ありがとうございます。わたしちょっと甘えてみようと思います。

少しずつでもアイドルのわたしとそれ以外のわたし、全部知ってもらえるように」

「……うん。俺も応援してるから」

「えへへ、約束ですよ、わたしを見ていてくださいね」

「あぁ、約束するよ」


満面の笑みで言われてしまった。

しっかりこれから雑誌チェックしないとなぁ。きっと見る機会はたくさんあるだろう。


こんな笑顔ができるんだから。





「そろそろ帰ったほうがいいよ、送っていこうか?」

「え、でもお店が……」

「もう閉める時間だから大丈夫だよ」

「……すみません、お願いします」

「うん、ちょっと準備だけするから待っててね」


店を閉めて、外にでると大分暗くなっていた。今日はアイちゃんを送ってから帰りにどこかでご飯を食べていこう。

可愛い妹ができたことに比べたら、多少の贅沢なんてどうでもいいことだ。


「お兄さんまたお店に来てもいいですか?」

「ん、もちろんいいよ。いつでもおいで。アイちゃんもいろいろと忙しいとは思うけど」

「時間を見つけて絶対また行きますから。アイドルのわたしがどうだったか感想くださいね」

「……もしかして釘をさされたのかな?」

「ふふふ、さぁどうでしょう?」


……どうやら釘をさされたようだ。兄として誤魔化されておこう。


いい夜空だなぁ。




~~~~~~~~~~~~~~




『わたし、普段は結構大人しめで。実は人と話すのにも緊張してしまって、疲れちゃったりするんですよ。』

『えっ、そうなんですか!全然想像できませんねー。』

『だと思います。普段からアイドルのわたしでいるように頑張ってましたから!

……でも、気づかせてくれた人がいるんです。アイドルのわたしなんて、知らない人だっているんだって。自意識過剰でしたねーわたし、ふふふ。』

『そんなことありませんよ!信じられませんねー。そんな人がいるんですね!』

『はい、いてくれたんです。でも、だから、わたしはわたしで大丈夫なんだって思えたんです。どんなわたしもわたしですから、自分に正直にいようって。応援してくれている人達のためにも、わたしはわたしらしくアイドルでいるぞって。』




また、わたしでゲシュタルト崩壊しそうになってるな。まぁ、そんなこと気にならないくらいにアイドルなんだなと思う。

お兄さんにはあまりにまぶしいぞ。


「先輩、この人知ってます?今すっごく人気あるアイドルらしいですよ。

私も最近知ったんですけど」


後ろからあずさちゃんが雑誌を覗いてくる。

髪が首にかかって、少しくすぐったいんだけど。


「知ってるよ。……ちょっと反抗期に入って、葉巻とか悪さをしたくなっちゃうような、でも、少しおっちょこちょいな普通の女の子だよ」

「えっ、先輩知ってたんですか!珍しいですね、あんまりそういうのに興味なさそうなのに。というか、やたら具体的じゃないですか?まさか、ファンだったりします?浮気ですか?身近にこんな可愛い子がいるのに、結局ミーハーの一員だったんですか!スポットライトを浴びてれば好きになっちゃうんですか!?」


いやいやー、まさかそんな。

ちょっとファンになっちゃおうかなーなんて思ってないよ。


……本当だよ?




今日のファン一号店主。

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