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大家さんの買い物。。




「うぅ……」


俺は大家さんの隣でお腹を押さえながら、場末のアパートから出て商店が立ち並ぶ大通りを目指して歩いていた。


「コツネを呼びに来させないでくださいよ……」

「私が呼びに行くとは言わなかっただろ」

「……そうですけど」


あのあと、買い物の時間まで部屋でうとうとしていたら、唐突にお腹に衝撃を受けて叩き起こされてしまった。それが俺に飛び込んできたコツネだったわけだけど。

やっぱりあいつ体重増えたんじゃないか?


「そういえばオカから、お前に伝えておいてくれって伝言を預かってるぞ」

「何ですか?」

「何だったかな…………あぁ、確かお兄ちゃんと呼んでほしい、だったか……。何だお前らそんな仲になったのか?」

「……大家さん、たぶんそれ聞き間違いですよ」


正しくは俺に、じゃなくてアイちゃんに、だろうな。

悪い人じゃないんだけどなぁ。アイドル絡みになると少し心配なんだよな、頭が。


「……俺からもオカさんに伝言いいですか?」

「自分で言え。アパートに帰れば今の時間は部屋にいるだろ」

「直接だとあれなんで。…………まだまだ信仰が足りません、とあの方が言ってましたと伝えてもらえます?」

「何だそりゃ?」


こう言えば、しばらくは大人しくなってくれるだろう。オカさんのアイドル応援に一層熱が入るはずだ。いつかその熱がアイちゃんまで届けば、自然とお兄ちゃんと呼ばれる時も来るかもしれない。

責任は持てないけど。



「てん、まずは肉から買ってくぞ」

「あ、はい。分かりました」


いつのまにかギルドまで繋がっている大通りに着いていたようだ。

俺達みたいに買い物に来ている人や、食事を楽しんでいる人々が寄り集まっている。ウチのお店やアパート周りの場末感とは違って、こちらは人、人、人で賑わっているようで羨ましい。

こっちの区画に店を移せたらもっと繁盛するかな?

……でも、あまり騒がしいのもな。たまにならいいんだけど。


俺と大家さんは、肉屋の看板が掛かった店に訪れた。


「すまん、そこの肉とあっちのやつをくれ」

「おお、大家ちゃん、いらっしゃいっ!!今日もべっぴんさんだねぇー」

「毎度同じセリフを聞かされてもな」

「はっはっは、思ったことを素直に言っちまう正直な口だからなぁ!!」


大家さんはショーウィンドウからお肉を選んで、お肉屋さんにお金を渡しながら賛辞の言葉を受け流している。確かに、以前一緒に来たときも同じことを聞いた気がする。

商売人はこれぐらい押せ押せで行った方が良いのか……。

俺には積極性が足りないんだな、お客さんに押されてばかりだ。


「肉はウチのやつに渡してくれ」

「おう、今日はアパートの住人さんも一緒かい」

「荷物持ちとして付いてきたんです」

「おうおう、いい心構えじゃねぇか! 男なら、女に財布より重いもんは持たせちゃあいけねぇよなっ!!」


……まぁ、こういうときでもないと大家さんの頼みなんて聞かせてもらえないしな。

普段お世話になっているから、こんなときぐらいは力にならないとな。


「てん、次行くぞ」

「それじゃ、荷物持ちがんばれやっ! 住人さん!!」


お肉屋さんからお肉を受け取り、次のお店まで大家さんについて行く。

しかし、不思議と存在感を感じさせる人だ。俺の気のせいじゃなければ、周りの目もいくらか大家さんに向いている気がする。

ぱっと見ればぶっきらぼうなだけにも見えるんだけどな。


「何か言ったか?」

「……いえ、大家さんってモテそうだなーと思いまして」

「…………喧嘩売ってんのかお前は。モテたためしなんかねぇよ!」

「……っ痛!……なぐらなくても、良くないです……?」

「バカなこと言うからだ」

「誰かとお付き合いしたいとか思わないんですか?」

「それならお前の方こそどうなんだよ。……あぁ、お前には既に予約が入っていたか」

「……うぐっ! 俺はまだ、ヒモにもニートにもなるつもりないですからね?」

「そんときが来たら教えろよ。部屋の都合ぐらい考えてやるから」


「…………あっ、次のお店あそこですよね。さっさっ、早く行きましょう!」


「はぁー、お前らは……」


ダメだ、大家さんには俺の弱点を知り尽くされていた。俺は朝のあずさちゃんのようなかわし方で、自分から振った話題を投げ飛ばした。


今度は青果屋の看板が掛かったお店に足を速めて向かう。しかし、そこで大剣を背負った見覚えのある女性が突っ立っているのを見つけた。


「……らっしゃい」

「…………ダッカさん、何してるんですか?」

「……短期依頼」

「……そうですか」


どうやら、ギルドに寄せられた依頼を受けアルバイトとして店で働いているみたいだ。看板娘としては差し支えないかもしれないけど、如何せん愛想がちょっと足りないんじゃないだろうか……。

お店の制服としてエプロンも着ているが、背中の大剣と明らかにミスマッチだ。

……ちゃんと店員として仕事をこなせているのか心配だ。


「何だ、知り合いか?」

「冒険者の方で、何度か依頼でお世話になっているダッカさんです」

「そうか、……これはウチのがお世話になっているようで」

「……おけ」

「いくつか買いたいんだが、じゃがいもとレタスと、あと………………を貰えるか」

「……りょ。…………二千ゴールドになる」


ダッカさんは簡単な挨拶を済ませた大家さんから野菜を受け取り、てきぱきと値段を出し会計を済ませた。アルバイトとは思えないぐらいにしっかりと仕事をなされている。

これで笑顔の一つでも見せてもらえたら、店員さんとしては申し分ないんだけどな。


「……これも」

「ん? いや、別にニンジンはいらないんだが……」

「……新鮮、美味しい」

「だ、だが使う予定もなぁ……」

「……安くしとく」

「そ、そうか……。味噌汁にでも入れればいいか、……じゃあ、それも貰えるか?」

「……まいど」


彼女は俺よりも、商売人としてよぼど逞しい気質を持っていたようだ。大家さんが押し負けて余分に買わされてしまった。

そして、俺の持つ荷物も余分に増えてしまった。

あとは何を買うんだろうか、もうすでに俺の両手は塞がってしまったんだけど。


「……またおこしを」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「よし、てん帰るぞ」


ダッカさんのいた青果屋で買い物を済ましたあとも、あずさちゃんが使った分の卵やその他の調味料も買い込んで、ようやくお買い物が終わった。そして、俺の両手両腕には商品が詰め込まれたバッグが掛けられている。

歩くのも儘ならないぐらいに重いぞ。……もっと体を鍛えるべきか。


「おい、大丈夫か。私も少しぐらい持つが……」

「……いえっ、全然、平気、ですよっ?」


心配されてしまった。

いかんいかん、あまりみっともない姿も見せられないぞ。


「…………帰ったら昼飯も作ってやるからがんばれ」

「いいんですか?」

「外で食ってくのもいいかと思ったが、その荷物じゃ無理だろ」

「……頑張ります」

「おう」


今日は昼ごはんも大家さんの料理が食べられるらしい。

がんばれ、俺。


「なぁ、てん」

「何、ですか?」

「あずさを料理する気にさせたのお前だろ」

「…………いや、俺だけじゃないというか……」

「最後までお前も付き合えよ。……朝飯残せないからな」

「……はい」


朝からお腹一杯だったのは、俺だけじゃなかったみたいだな。




「…………らっしゃい」

「はっはっはっ、おいおいダッカ。ちゃんと店員やれてるじゃねぇか! 愛想がちぃーっと足んねぇけどな!! はっはっ、はぶぇっっ!!」


「……虫、処理」


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