普通?の彼女
玄関前、彼女が立っていた。
今日は俺が迎えに行く日だった気がするが。
「何でここにいるんだ?」
「待ちきれなくて。だって、あなたはいつも待ち合わせぎりぎりに迎えに来るんだもん」
「なんかすまん」
「ううん、いいよ。まあ、おはよ」
「ああ、はよ」
「ん?・・・・なんか、知らない匂いがする」
すんすん、と俺の匂いを嗅いでくる少女。
「母さんが仕事用の香水変えたんだよ」
「ふーん・・・・」
そういって俺に疑うような視線を向ける少女。
数秒待ってもやめそうにない。
はあ、と息を吐く。
「ほんとだよ。嘘はついてない。俺が浮気するような奴に見えるか?」
「ううん。見えない。・・・・うん、そこまで言うなら信じる」
「はぁー、ったく。最近特に愛が重いぞ、お前。ヤンデレみたいだ・・・・」
「いいや、私はヤンデレじゃないよ」
「ほんとか?俺を拘束して、自分だけのものにしたいとか、俺を刺して私も死ぬー!とか、思ったり考えたりしねえ?」
「まあ、するね」
「するのかよ」
「でも――――」
自分がかなり恐ろしいことを考えていることを自白する少女。
けれども、それを否定するかのような口ぶりで続ける。
「――――私はあなたに嫌われたくないから、そんなことはしないよ、絶対」
「・・・・俺がそういう行為を許したら?」
「する。あなたを閉じ込めて、縛って、抱きしめて、キスして、また抱きしめて。名実ともに私だけのものにする。それでも、私だけのものになってくれなかったら、あなたを刺して、私もその後を追う」
「愛が重いぞ・・・・」
「まあ、それだけあなたのことを好きで、愛してるってことだね。でも、そういう自分の欲求より、あなたの意見を第一に私は考えるよ。だから、考えても、絶対実行はしない。そこが今の私と俗にいうヤンデレとの差だよ」
まるで自分の趣味を語るように、なんでもないようにいう。
そんな彼女を特段異常だと感じない俺も、だいぶ狂っているのだろうか。
「大丈夫、あなたは狂ってない。狂ってるのは私だけ、あなたはそんな私を好きなだけ」
「お前はエスパーか。あと、お前は自分がどこか狂ってるって自覚はあるんだな」
「?当たり前だよ、こんなに人を好きになる何ておかしいもの」
「おい」
「ああ、ちがうよ?あなたを好きなのがおかしいって意味じゃない。人を殺したり、拘束したりしたくなるほど好きになるなんておかしいって意味だよ」
「まあ、おかしいわな。で、お前はいつまでそんな状態で耐えられる?そんな、自分の本当の欲求を隠した状態で」
「あなたと一緒にいられるなら、生涯ずっとでも。あなたと別れたとしても、多分私はあなたに危害は加えられない。たとえあなたにすでに嫌われていたとしても、それ以上嫌われたくないから」
「やっぱ重いわ。でもまあ、確かに、お前はヤンデレじゃないな。・・・・普通の、女の子だ」
だって、そうだろう。
女の子なら、彼氏を自分だけのものにしたいと思うのは当たり前のことなのではないだろうか。
それに、例えそうする方法を考えたとしても、実行はしない。
ならばほら。彼女は普通の女の子に十分あてはまるだろう。
「普通?何言ってるの?私は、あなたを殺したいって、思ってるんだよ?」
「まあ、そうらしいな。でもさ、それを実行に移したりしないんだろ?なら大丈夫。お前は十分普通だよ。それに、俺はお前が好きだし、例え俺はお前に殺されても、それがちゃんと理由のあることなら、俺はお前を恨んだりはしない。・・・・まあ、死にたくはないけどね?」
「ふふふっ。前言撤回。あなたも十分狂ってる。でも、『普通』だね」
「だろ?まあ、俺たちは互いに『普通』なんだから、お似合いの恋人同士だってことだよ」
「そっか、うん。そうだね」
「行くか」
「うん」
そうして二人は手をつないで歩き出した。
その姿はどこか歪で、でもどこにでもいる普通の恋人たちだった。




