半袖
気がつけば周りには半袖の人が増えた。
ただそれだけで、僕は今年も夏が来ることを知った。
もう二十数回、夏を迎え、そして過ごしてきたけれど、これほどまでに夏の到来をはっと気付かされた六月ははじめてだった。
僕はクローゼットから半袖の束を引っ張り出した。
その中の一枚、首の後ろに小さなロゴの入ったブルーのTシャツ。友人と街へ出たとき衝動買いしたもので、去年の夏はこればかり着ていた。半年強の沈黙から解かれたそれは少しだけよれていたが、肌になじむこの手触りはやっぱりお気に入りの品のものだ。
これに関する一番の思い出が、僕は青が似合うと君が褒めてくれたことなんだから、馬鹿みたいだ。そんな些細なことで一生これを着てやろうかとちょっとでも思った僕と、僕が喜ぶと知っていてそんなことを笑顔で言う君が去年の夏は、ここにいた。ブルーのカーテン、ブルーのソファカバー、二人で行った海の写真と、土産に買った波の模様のコースター。青に囲まれても、ちっとも夏の暑さは涼まないね、なんて笑ってた僕の部屋は、ふたりだとちょっと狭かった。
もしもあの夏の終わりに、君の少し焼けた肌によく似合っていた白い半袖のワンピースを褒めちぎっていたら、今頃、それを手にとって僕を思い出してくれるだろうか。
吹く風よりも先に冷たくなった君の手のひらと、下向きの睫毛。そこから一直線に落ちた涙の粒が弾けた時、一瞬にして僕の部屋は光の届かない深海になった。
僕のことを思い出して、ほんの少しでも後悔してくれたらいい。僕が君を愛してたことを伝えきれなかった、そんなむなしい後悔なんかには及ばなくったっていいから。
今年の夏、青い半袖のシャツは着れない、と思った。僕の目に映る青はもう、この空だけで事足りているのだから。