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二、三日が過ぎると、新入り狩りはぴたっと治まった。廊下を歩いていれば、つい先日までは先輩たちのハイエナのような視線をあちこちで感じたが、今日は鳥のさえずりが聞こえてくるほどに静かだ。進級生たちの機兵化が完了したのだ。
とは言え、スパーリング自体が無くなったわけではない。そもそも学園として公式に制度化されたものであるから、嫌いだからと言って避けて通れるものではない。さらに、機械虫は一朝一夕で使いこなせるものではなく、未だ進級生が狙われやすい状態には変わりなかった。
リョウはうつろな目で教壇を見つめた。顔や手足のあちこちにアザが出来ている。すべて上級生とのスパークリングで負ったものだ。新入生狩りの期間が過ぎてからも、単位稼ぎのカモとしてしょっちゅう戦闘をさせられているのだ。しかも負け続けで、ここのところはRPGの主人公よろしく、目が覚めると保健室だったなんてことばかりだ。
実は、リョウは手術から数日たった今日も未だ機兵化出来ていない。そしてそれこそが連敗の理由であるはずなのだ。だからこそ、今日は傭兵コース進級者向けの機械虫取扱講座に出席しているのだ。
講座を担当している教師はこの学園の卒業生で、リョウと同じ傭兵コースの出身だ。機兵化は学園として門外不出の技術であるために、講師も限られてくる。機械虫を宿した右手を指差しながら説明しているが右手以外にはあちこちに生傷があり、傭兵コースの厳しさを改めて認識させられる。
「お前らはもう機兵化手術済みと聞いている。しかしほとんどの生徒がどうやって機械虫を扱うのか、実際のところはわかっていないだろう。中にはまだ機兵化が完了していないやつもいるかもしれない」
リョウはぎくり、とした。
「今説明したとおり機兵化は部位も個人によって異なるが、完了時間や発現のきっかけも人によってまちまちだ。ある者は術後二日で、ある者は一週間以上かかる場合もある。また、ある者は無意識のうちに、ある者は熱湯をかぶったのがきっかけで、またある者は突然の騒音に驚いて発現することもあるのだ。たいていは術後二、三日のうちに、無意識下で発現するがな。発現の遅い者にとって大切なのは刺激を与えることだ」
大切なのは刺激……、と。
リョウは必死にメモを取る。これこそが今知りたい情報だ。聞き逃しのないようにしなければ。
「先生!」
教室の最前列、真ん中の席で手が挙がった。サムだ。相変わらずゴーグルを着用しフードを目深にかぶっているため、ほとんど顔がわからない。銀行へは入るのはストップが入りそうな格好だ。
「それよりも、実際にこの目で機兵化がどんなもんなのか見たいんですが!説明だったら、機兵化手術の時のプリントで散々確認させられましたんで」
失礼なことを言う、とリョウは顔をしかめた。教師もリョウと似たようなリアクションをとったが、戦闘第一のこの学園においてはサムのような自己中心的な人間も珍しくないのか、さして気にした風でもなく話を続ける。
「じゃあちょうど質問もあったこどだし、実演を交えて説明しよう」
そう言うと、教師は右腕を高く掲げた。一瞬、筋肉がぷるぷると震えるような動きを見せる。
しばらくもしないうちに、教室のどこからかあっと叫ぶ声が聞こえた。他の生徒も驚きのまなざしで教師を見つめている。もちろんリョウもだ。
今まで褐色だった教師の腕が銀色に変化しているのだ。最初は青く浮き出た血管が広がっているように見えただけだったが、すぐに質感まで金属そのものになった。今となっては、教師のひじから先だけが鉄製のようだ。
教師は金属状態にしたまま何度か掌を開閉して見せる。
「これで一応機兵化している状態だ。硬度も重量も通常の比じゃあないから、単純に殴るだけでも本物以上の働きをすることが可能だ。しかし……」
今度は教室全体が声を上げた。なんと教師の手が溶けて、楕円形の金属塊になってしまったのだ。しかし教師は特に気にするという風でなく、玉になった自分の腕を見つめると、腕は素早く形を変えてナイフのような形状になった。
「基本的な例では刃物に変化させることが出来る」
いつの間にか用意されていた巨大なステーキ肉をいくつにも枝わかれした腕のナイフが器用に切り分け、さらにフォークのような形状となって、一口サイズになった肉が教師の口元へ運ばれる。はたから見れば、ぐにゃぐにゃした銀色の塊が自動的に動いているように見える。教師はステーキを頬張りながら、至れり尽くせりの様子で説明しているのだ。
「重要なのは、構築したい事物の構造を理解し、それを順序立てて瞬時に再現する想像力を持つことだ。それさえ出来れば例えばマシンガンのような重火器の類も作ることが出来る。つまり、これからお前らが機兵化によって『インスタントの一騎当千』の名に恥じぬ成果を収めるためには、まず様々な機器を分解して中身を理解する作業が必要だ」
話しながら教師の腕が巻き尺のように縮んで、腕の形へと戻って行った。そして今度は腕を銃やチェーンソウに変えてみせる。自由自在だ。
講義を受けながら、リョウはタックの虫型に変形した機械虫を思い出していた。初見だと面食らうが、なるほど理屈さえ知ればなんということはない。今の説明と同じように、ロボットの構造を再現していたのだ。
教師は続けて機兵化の理論について説明を始めたが、多くの生徒は話を聞いていない。自分の機械虫をどのように変化させられるのかと、思い切り手を握りしめてみたり足をつねってみたり、すっかり集中力を失っている。教師も例年通りと諦めているらしい。
もちろん、リョウも機兵化を目の当たりにして興奮していた。講座が終了すると同時に自室へと駆けこみ、ドアがロックされたことを確認すると、すぐさま全裸になって体中のあちこちで試してみる。
これが勝利への近道なんだ!
リョウは唸るような声を上げて、全身に力を込めた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
……まるで反応がない。これでは刺激として不足なのだろうか?それでもめげている場合ではない。もっと色々やりようがあるはずだ。機兵化手術自体は成功してるはずなんだから!
しばらくして部屋にリンコがやって来た。
「きゃああああああああああああああああ」
リンコはリョウを指差して絶叫した。精神を集中させていたリョウは、リンコが声を上げるまで部屋に入って来たことに気付かなかった。
「なんだ、リンコじゃないか。どうしたんだ、大声あげて」
「りょ、リョウなの?」リンコは震える声で確認する。「なんなの、その格好は?」
リョウはその時全裸で、さらに全身に洗濯バサミを付けて大仏のようなポーズで瞑想していた。顔には呪術めいた化粧をしている。ラジカセからはブードゥーの音楽がかかり、部屋は薄暗く、いくつかのろうそくの灯りだけが小さく輝いていた。その様子はかなり不気味である。
リンコの嫌悪が込められた視線に気づき、リョウは慌てて身を隠した。
「今まで知らなかったわ」リンコは少し躊躇して、それからはっきりと言った。「リョウ、悪いけど結婚生活を考えると、その趣味はやめてもらう他ないわ。子供にも悪影響だし、ご近所付き合いにも支障が出ると思うの」
「いや、違うから!全然そう言うんじゃないから!」
「いいのよ、隠さなくても。そんなことであたしたちの愛はなくなりはしないわ。……今日の今日まで気がつかなかった自分をふがいなくは思うけど」
だから違うっつーの!
リョウが必死に説明して、どうにか誤解を解くことが出来た。最初は疑いのまなざしを向けていたリンコも話を聞くうちに一応は納得する様子を見せた。リョウは胸をなでおろすと同時に、現在のトップシークレットのうちの一つが早くも露呈してしまったことにがっくりと肩を落とした。
「ふうん。でもまだ手術からちょっとしか経ってないじゃない。遅い人は一週間ぐらいかかることもあるって聞くわ。それまでの辛抱じゃない。何もオカルトの力を借りなくても」
リョウはかぶりをふった。
「ただ機兵化出来てないってことが心配なわけじゃないんだ。……実は未だに新入り狩りに合うことがよくあってさ。どうやらおれがまだ機兵化出来ていないって噂になってて、目をつけられてるらしい」
「なるほど……。それで焦ってるってわけね」リンコはそれっぽく腕を組んで何度か頷いた。「まあ発現には個人差も歩けど、そんなに悩んでるって言うのなら力になれないこともないわ。ようは程よく刺激を与えてあげればいいんだから」
「……と、言うと?」
リョウが尋ねると、リンコはにっこりと笑って言った。
「実はね、今度の週末に校外演習プログラムがあるの。どこかの演習場でグループを組んで任務をこなすってのが内容で、普通は参加者からランダムに選択されたグループで活動させられるんだけど、あらかじめ友達同士でグループになるように登録することも出来るんだって。しかもこれ、申請すれば必認の単位としても換算してくれるみたい。そこに一緒に行きましょうよ。実際の戦闘訓練なら、リョウの機械虫への刺激もかなり期待出来るはずよ」
「実地訓練ってことか。確かに戦闘中のほうが機械虫には良影響のような気がする。……でも、いいのか?大事な週末をおれのために使っちゃって。確か友達と買い物に行くんだって言ってた気がするけど」
「ううん。気にしなくていいのよ。あたしたち夫婦の明るい未来のためだもの。ショッピングぐらい、いくらでも我慢するわ。それに暴漢に襲われてリョウの顔に傷がつくようだと、あたしショックだもの」
リンコはリョウとの将来を話す時になると、目を爛々と輝かせて熱弁する。その様子を見る度に、リョウはリンコのことをとても可愛らしく思うのだ。普段はキツい物言いをするから、その分ギャップがたまらない。
それはさておき、実地訓練か。リンコの言うように必認の単位として数えられるなら傭兵コースの選択科目というわけで、つまり参加者は傭兵コース在籍生だ。ということは、参加者はほとんど機兵化してるってことになるんじゃないか!
リョウは途端に青くなった。リョウ一人が生身の体では、勝機は限りなく薄い。
「なあ、リンコ。やっぱりいきなり実地訓練っていうのは危険じゃ……」
声をかけようとしたリンコはすでに部屋を後にしていた。将来の話をしている時のリンコはとても可愛いが、自分の世界に入り込んでしまうために周囲の事を全く考えずに行動することがままあるのだ。
リョウは途方に暮れて、目の前に散らかったオカルト用品に目をやった。実地訓練行きを言い渡されてただでさえ憂鬱なところへ、部屋の片付けをしなければならないのか、とリョウはため息をつく。本当は、オカルトグッズ収集はリョウの数少ない趣味の一つだったが、今後も黙って過ごすことを決意した。
「実地訓練か……無事に終わればいいけど」
そうはいかないだろうな、という嫌な予感をリョウは頭から払って掃除に没頭した。




