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がたり。無人のはずの管制室で音が響く。たぶん、上司が入ってきたのだ。
そろそろ交代の時間か、とジョーイは壁掛けの時計に目をやって軽く体を伸ばした。仕事は基地設備の保守と、部屋中に取り付けられたモニターの監視だ。基地にある大型機器はすべて本部と連動していて、この管制室で現在の稼働状況を確認することが出来る。画面上に現れる各設備の名前が緑色なら稼働中、赤色ならストップしている。
いくつかの項目をチェックしてジョーイが管理ソフトを閉じて、一つのウィンドウを気付かれぬよう急いで最小化したところに、ちょうど上司がジョーイの後ろに来た。上司の手にあるコーヒーの湯気が、モニターの光で不気味に浮き上がって見える。
「よう、お疲れ、ジョーイ。交代の時間だぞ。今日の報告を頼む」
「お疲れ様です」
ジョーイは挨拶をしながらにコーヒーを受け取る。こちらは寝る前だというのに、この上司は気にもかけず二人分のコーヒーを入れてくるな、と当初はいらだったものだが、常飲するに伴ってカフェインの覚醒効果が得られなくなってからは、就寝前にコーヒーを飲みながら報告がてら談笑をするのが楽しみとなっていた。
「相変わらず異常はなしですよ。機材の稼働率も良好。大浴場のドライヤーを持ち逃げした学生もいません」
「そうか」と上司は微笑んで「変化のないことは我々事務方としては最高の状態だ」
「ええ、おっしゃる通りです」
ジョーイはコーヒーをすすった。日本人の上司と一緒にいるに従って、飲食時に音を立てることもマナー違反だとは思わなくなっていた。
「変化と言えば、もう桜も散って久しいというのに、今年は中途で転入してくる人間が多いですね。それも従軍経験のある者ばかり。今更学園に入りなおしてどうするつもりなんだか」
「君、あんまり人を詮索するものじゃあないぞ。他人を疑う人間には誰も心を開かない。我々の仕事はこの基地のシステム保守に尽きる。余計な詮索は無用だぞ」
そういうと上司はコーヒーを一口すすって「その監視カメラもだ」と、縮めてあった監視ソフトを指差した。ジョーイはばつの悪そうな顔をして、隠していたアプリケーションを元のサイズに戻した。
「すいません、ボス」
「やはりな。入って来た時ちらっと見えた。あれほど注意していたのに、性懲りもなくまたやってしまったのか」
ジョーイが開いていたのはアーカイブに保存された先日分の監視カメラ映像だった。録画中の映像以外は、たとえ運営の人間でもそれを見ることは禁止されている。プライバシーの保護が一応の理由だが、荒くれ者の多いこの基地の中で頻繁に起こる暴力沙汰や薬物売買を「知らなかった」で済まそうというのが職員の暗黙のルールだった。
上司が動画を確認すると、いくつかは明らかに私的目的によって設置されたと思われる隠しカメラの映像だった。ロッカールームから始まって、トイレ、プール、女子浴場、挙句の果てには看護科の実技風景まで再生されていて、上司は顔をしかめる。その中で唯一、男子が映っている動画があった。スパーリングをする二人の学生の姿が一時停止状態にされている。
「ふうむ、君はバイセクシャルの気があるのかね」
上司は画面に映った学生のうち、上半身裸の巨漢を指して言った。汗ばんだ肌をむき出しにして相手を獣のようににらみつけている。
「違いますよ。……いいですか、良く見ていてください。」
ジョーイは動画の再生ボタンを押して、画面に映るもう一方の男を指差した。
東洋人の学生だった。体格は悪くないものの、筋力向上に余念のない本学においては、彼の体格は普通というよりむしろ細い部類だ。かなりのダメージを受けているらしく、足元がふらついている。明らかに劣勢だ。
「その学生がリンチされるのを見ろというのか?あまり良い趣味とは言えんな」
「もうちょっと。もうちょっと待ってくださいよ、ボス……あっ!ここだ!」
ジョーイは飛びつくようにしてモニターを上司のほうへ向けた。画面の中では東洋人が今まさに巨漢の一撃を喰らって、床へと倒れ込んだところだ。手足がまるで見当違いに広がっているところを見ると、倒れた学生は完全にノックアウトされている。音声は入っていないが、巨漢が高笑いしてリングを出ようとするのが見える。戦闘終了だ。
その時、倒されたはずの学生が立ちあがった。思いがけない復活に巨漢は怪訝な顔をしていたが、笑いながら彼を指差して何かを言うと、再び彼に勢いよく飛びかかる。万事休すだ。
ところが東洋人学生は、ダメージなどまるで感じさせない機敏な動きで攻撃を避けると、そのままカウンターで巨漢を昏倒させた。目にも止まらぬ早業だ。それっきり巨漢は立ちあがらず、東洋人学生の逆転勝利に終わった。
「どうです、ボス。この学生は凄いですよ!」
「どうもこうも、ただのまぐれ当たりじゃあないか」
興奮した声を上げるジョーイに、上司はため息交じりで答える。しかしジョーイはらんらんと目を輝かせたまま手早くマウスを動かして、さらにいくつかの動画をモニターに映した。すべて、先ほどと同じ東洋人学生を映したものだった。
「この学生は今までに十件近くの新入り狩りに遭っていますがそのすべてに勝利し、しかも少なくない回数で今回のような逆転劇を見せています。これは絶対何かありますよ!」
「君はやはりバイセクシャルの気があるな」ジョーイの上司はため息をつきながら、モニターにいくつも映しだされた東洋人学生を指差した。「しかもストーカー気質だ。よくない傾向だぞ、ジョーイ。この学生の戦闘法は特別でも何でもない。おおかた、少ない筋力をカバーするために、わざと途中でスタミナが切れたかのように見せかけているんだ。とんだ演技派だよ」
「しかし、ボス……」
「くどいぞ。ジョーイ、何度も言うように我々の仕事は基地の保守だ。余計な詮索をするんじゃあない。もしもこの盗撮がばれたらどうする?君だけじゃない、私の首も飛んでしまう。妻と子供がいるんだ。頼むから危ないことはしないでくれ」
首という言葉に、ジョーイは身をすくめた。先日も、ジョーイが自作の改造スパイグッズを未許可で販売していたことが、後一歩でばれるところだったのだ。何人かの学生が謹慎処分を受けただけでジョーイまで御咎めの手は伸びなかったが、雇われの身であるジョーイの場合、ばれれば一発で解雇だ。
「それにしても、今日のコーヒーはちょっと濃かったな。ミルクを用意してくる。君は?」
上司がカップを持ち上げて尋ねる。
「いえ、ボス。ぼくは結構です」
正直言って、ボスの作るコーヒーは以前から物凄く濃いです。ジョーイはそう思いながら、すっかりぬるくなったコーヒーを一気に飲み干して腰を上げた。明日も昼過ぎには出勤だから、そろそろ交代しておこう。
上司に一声かけて、ジョーイは同じ運営棟内にある仮眠室へ向かった。従業員用の住まいは別に設けられているが、帰れるのは丸一日休みの日だけだ。
ジョーイは寝ぼけ眼をこすりながら、次回の全棟点検までに、今日見せた分の隠しカメラを一端片づけておこう、と思った。




