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 寝苦しい。

 体中が痛い。全身の皮膚がひび割れて、そのままクズ紙のように裂けていく夢を三度見た。三度ともおれは死んだ。

 そしてついに、おれはおれが寝ていることに気がついた。と同時に、真っ暗だった世界が突然明るくなっていく。

 そこは崩壊した街だった。ビルというビルが半身を失って、鉄筋が丸出しになっている。丸出しといえば道路も負けてはおらず、不細工に隆起したコンクリートの下からはパイプやケーブルが内臓のように飛び出している。いや、実際内臓なのだ。この都市を機能させる人工の臓物。それがはみ出しているということは、つまりこの街は死んだのだ。

 そんな都市の死体の上に、リョウはリンコを抱えて座っている。倒れた立体交差の影に隠れて、すでに逃げる人間もいない中で二人は生きている。二人の両親は、隣に横たわる百貨店のビルの下。辛うじてリンコを突き飛ばした母親の腕が、地面とビルの隙間から血だらけの姿を覗かせている。

 ビルの倒壊時に瓦礫の一部が当たって、リンコは顔面を負傷している。

「ねえ、あたし、目が……痛い……」

「うん。……ごめん。ごめん、ごめんよ」

「なんで謝るの?あんたは何も悪いことしてないのに」

 右目から血の涙を流しながら、リンコは笑ってみせる。

「おれが一緒だったのに、きみを守ってやれなかったから……」

 リョウの目からも大粒の涙が溢れ出て来る。鼻水もぐじゅぐじゅと音を立てて、体中を泥と擦り傷にまみれて、空から浮いて眺めている現在のリョウからはドブねずみのように見える。

 六年前の東京。ここでおれは家族を失い、リンコはさらに片方の光を失った。

「許して」リョウは泣きながら言う。「おれが強くなったら、きみを死ぬまで守るから」

 もう何年も見ていなかった夢だ。

 知らぬ間に目が覚めた。時計を見るとまさに丑三つ時。幽霊が出るにはぴったりだが、あいにくここには幽霊より怖い連中がゴマンといる。アレックスはその筆頭だ。

 起き上がろうとすると、全身に鈍い痛みがじわっと染み出てリョウをベッドへ引き戻す。頭を起点に痛みが波紋している。リョウは諦めてこのまま寝ることにした。

 守ってやれなかったから、か。

 考えてみるとおかしな話だ。偶然その場に居合わせて、これまた偶然家族を失った二人の子供が永遠の約束をしちゃったんだから。

 だが、誰かを守るというおれの原動力が生まれたのは、確かにこの日だ。そして結果、おれは傭兵になるという目標を持った。

 リョウは軽くカーテンをめくった。

 静かな夜だった。この要塞は夜間警戒用のライトがぐるぐると動き回っているため、普段は星なんてろくに見えやしない。それでも今夜は、雲一つない絶好の天体観測日和だった。別の位置からなら絶景だろうに、リョウの部屋からは申し訳程度にいくつか瞬くのみだが、それで十分だった。

 リョウはじっと空を見つめて、星の一つ一つを確認していく。

 この星の中に戦略兵器管理衛星があって、今現在も地球全体を監視している。かつてロシアから、今で言う無国籍人たちによって打ち上げられた平和の象徴だ。三次大戦の孤児であるリョウにとって、戦争を終結させたこの衛星は心のよりどころのような存在でもある。

「今に見てろ。もっと強くなって、もっと多くの人を守れるようになってやる」

 リョウは窓に手をかざした。ライトにも負けない月の強い光が、リョウの腕を青白く照らし上げる。

「ん?」

 どこからともなく、リョウの手に小さな手が重ねられ、ぎゅっと握りしめられる。持ち主を目で追うと、隣にいたのはリンコだった。月明かりの中でうっすらと涙を浮かべたリンコが、震えながらベッドの横に腰かけていた。どうやらずっと隣にいたようで、リョウの声で目を覚ましたらしい。

「リンコか。おどかすなよ」

「それはこっちのセリフよ!」リンコは怒鳴ると、腕で涙をぬぐった。「ちょっと殴ったぐらいで気絶するなんて!本当に心配したんだから!」

 殴ったのは誰だと思いながらも、しおらしい様子のリンコを見るとにわかに可愛らしく思えてくる。リンコは日ごろはサバサバとして情の欠片もないような顔をしているが、本心は優しくて繊細なのだ。

「ごめんごめん。あんまり唐突だったから、つい良い角度でもらっちゃったよ」

 リョウが優しくリンコの涙をぬぐう。しばらくは嗚咽を響かせていたリンコもようやく落ち着いてきたようで、じっとリョウをにらむ。

「それにしても、今日のリョウにはちょっと幻滅だな!女子の身体測定を覗きに来るなんて」

「いや、あれは本当に手違いで……。そ、そうだ!リンコ、目が見えるようになったんだな。測定結果の視力の欄、さっきちらっと見えたけど」

 なんとなく悪くなってきた旗色を察して、リョウは話を変えた。

リンコの片目は戦時中に失明していた。普段は長い前髪で、見えない方だけ隠していたのだ。目の話をされてリンコは一瞬きょとんとすると、諦めたようにため息をついて隠していた前髪を上げた。かつてはある種コンプレックスとしてひた隠しにしていた眼窩には、綺麗な銀色の瞳があった。

「隠すつもりはなかったんだけどね。あんたがセカンドグレードに入れるまでは黙ってるつもりだったの。機械虫が入ってるから、もしもリョウが傭兵コースに入れなかったら変に不安がると思って」

「やっぱりそこが機兵化されたのか……」

 リョウはしげしげとリンコの両目を交互に見比べる。一方は生来の黒、そしてもう一方は銀色。今も機兵化状態なのだ。

「こっちのほうが便利だから普段から機兵化してるの。夜目も効くし、サーモグラフィみたいなことも出来るから」

「そうなんだ」リョウは目が治って嬉しく思う反面、すこし寂しい。「おれが治してあげるつもりだったんだけどな」

「馬鹿ね。あんた医者になるわけじゃないでしょ。そんなこと気にしなくていいの」

「でも、治って良かったよ。なんとなく責任感じてたんだ。おれがそばに居ながらリンコに大けが負わせちゃったこと」

「そばに居ながらって、あたしもリョウも子供だったでしょ」リンコは呆れた顔をしつつ、嬉しそうな顔をして言う。「それに責任なら、将来的にたっぷりとってもらうんだから。なんてったってあんたとあたしは結婚するのよ。責任重大よ」

 そうだね、とリョウは笑って、リンコとの結婚生活について思いを巡らせる。考えてみれば、傭兵コースを卒業するまで最短で後二年。リョウもリンコも単位は順調に取得しているから、トラブルが無ければまさにその最短コースをいくことになる。あっと言う間だ。

「おれたち、どんな夫婦になるんだろう。やっぱり学園卒業生夫婦だと考えると、アニー先生と士長さんみたいな感じが理想なのかな」

「ううん、そうね。アニー先生みたいなのは悪くないわ。……でも、あんなに子供がいると困りものね。せっかくの新婚生活だもの、二人っきりがいいわ。そうそう、こないだまた子供が増えたのよ」

と言って、リンコが不安気にリョウを見つめた。

「どうした?」

「うん。……実はその新しく来た子、どうも喋れないみたいで、子供たちの中で浮いちゃってるの。東南アジアのなんとかって国で保護されたんだけど、テロだか内乱だかに巻き込まれたみたい。そのショックで口がきけなくなったらしいって。ねえ、あたしたちで何とかしてあげられないかな?……ほっとけないのよ」

「そうなんだ。いいとも、大賛成だよ。皆仲良いほうが良いに決まってる。すぐに様子を見に行かなきゃ!」リョウは起き上がろうとして、盛大にベッドから転げ落ちた。「痛たた……」

「ちょっと、何やってるのよ。リョウ、あんたも機兵化完了までは安静にしてなくちゃ駄目なの!体の組織がすごく変化してる途中なんだから、無理に動いたら失敗しちゃうかもしれないでしょ。じっとしてなきゃ!」

 リンコはリョウを布団へと押し戻して、叱りつけるように言った。

 以前からわかっていたけど、これは将来尻に敷かれるな、とリョウは苦笑いを浮かべて布団にもぐる。とは言え、もう十年近くこの関係を続けているから、リンコの押しが強く面倒見の良い性格には深い愛情を抱いている。彼女に叱られると安心さえ覚えるのだ。

「じゃあ、お大事に。あんたとはあんまり授業被ってないけど、実習で会いましょ。あと、近いうちに孤児院にも」

「ああ、またな。今日は来てくれてありがとう」

 リンコは笑って頷くと、ドアを開きかけて「そうよ」と言った。

「あんたも気をつけることね。ここ二、三日の間は本当に無防備なんだから。誰かに襲われても自分の身すら守れないかもしれないわ」

「え?なんだよそれ、どういう意味……」

「要はアレックスあたりが舌舐めずりして来るかもよってこと」リンコは冗談っぽくウインクをした。「おやすみ」

 ガラガラと音を立てて扉が閉まった。

 アレックスとは穏やかじゃない。あの変態には死んでも会いたくはないのだ。

 身ぶるいをして布団にもぐり込むと、リョウは再び一人きりになった。しんとした部屋で意識を集中すると、ベッドから転げた時に打ったのか肩が少し痛む。そう言えば、さっきリンコは体の組織が変化していると言っていた。

 おれのどこが機械虫に食われるんだろう?右手?右足?それとも筋肉?肉体の弱点と言われてもまるで見当がつかない。アニー先生の診断でも、バランスが良いからどこが弱点とは言えないと聞いた。とすると、やっぱりアレックスのように皮膚が……。

 だめだ。さっぱりわからない。今日はもう、寝るしかない。

 都合のいいことに、ぴったりのタイミングで睡魔が襲ってきた。きっとリンコが「おやすみ」を言ってくれたおかげだ。これならすぐにでも眠れる。

 リョウはしっかりと目をつむり、体が温まるのを感じながら再び深い眠りの中に入っていく。今度は朝まで起きないだろう。

 願わくは、次の夢が素敵なものであらんことを。


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