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 四月。校庭の桜がようやく咲き始めるこの季節を、リョウは毎年自分の名字と重ね合わせて感慨に浸る。普段は訓練のために、要塞をぐるりと囲む人工のジャングルや、砂漠にしか目がいかないが今日だけは別だ。新天地や出会いのこの季節を彩るには、やはり桜でなくてはいけない。

 この絶海の孤島に設けられた私立要塞に桜があるのは「春には桜がなくちゃあ駄目だ」という学園長の意向のためだ。もちろんリョウは同じ日本人として大賛成である。しかし、訓練用のジャングルや砂漠と並んでピンク色の花をつけた木々があるのは、空から見ればかなり異様だろう。

 リョウは今、軍隊科傭兵コースセカンドグレード所属の一生徒として、その他大勢の生徒とともに並んでいる。今日は全学科・全グレードの生徒だけでなく、学園附属の軍隊も出席しているために、会場にいる人数は五千人を優に超える。学園壇上から見れば、これほどの人間が等間隔で起立している状態は圧巻だろう。それが将棋の駒に見えるのか、はたまたマスゲーム・アートに見えるのかは、見る者の立場次第だ。

「それでは、学園長。本年度開始の挨拶をお願いします」

 ZZZ。例年通り、学園長は集会中に熟睡している。挨拶を促すアナウンスも儀礼的なもので、実際に学園長が季節の言葉を交えた青春謳歌を推奨する発言をしてくれるなんて誰も思っていない。「ここが笑いどころだよ」と言わんばかりに開く「間」に、来賓を含めた会場の全員が社交辞令で笑って見せる。これも例年通りだが、よくも毎度飽きもせず同じことが出来るなあと、リョウは今年も苦笑いする。代わりに教頭の一人が挨拶をするが、いわゆる普通の挨拶を聞きたい者なんてどこにもいないもので、皆気を引き締めるでも抱負を持つでもなく、速やかな会の終了を願うのみだ。

「おい、見ろ!看護科のあの子、超々々可愛いぞ!セカンドグレードの、前から二番目に立ってる子!ちーがーうって!あの髪の毛縛ってる子!」

 リョウの目の前で、始終ひそひそとやかましいのはサムだ。セカンドグレードへの進級者の列の中で、偶然にも前後の立ち位置となった。クラス分けもなく、今日初めて会った人間も多いだろうに、よくもまあこんなに仲良くなれるものだと、リョウはうらやましさ半分・呆れるの半分といった具合だ。

 そんなサムがリョウの制服を軽く引っ張る。

「おっ、チェリー坊やもスカしてないで周りをごらんよ。どこぞの女子が傭兵コースニューカマーのおれたちに、熱―い視線を送ってるかもしれないぜ」

「何を言っているんだお前は。ニューカマーって言っても実際は進級しただけで、編入したわけでも交友範囲が広がったわけでもない。つまるところ何も変わってないだろ」

「ちぇ、つれないなあ。これだから彼女持ちは。お前の故郷・日本では春と言えば恋の季節なんだろ?せっかくおれもこの学園同様、日本の流儀に則ってるっていうのに」

 ちなみに学園が日本流の暦を用いているのは学園長が日本人だからだ。これだけグローバルな学校なのに当初の伝統にいこじになっていると、もっぱら欧米出身者からは非難轟々なのだ。確かに、太平洋を代表する私立学園もとい要塞の暦が、極東の某国に合わせられているというのはいささか柔軟性に欠ける気がする。

「どうでもいいだろ。おれはこの後の機兵化処理で緊張してんだ。サムだって傭兵コースなんだから、ちょっとは心の準備でもしたらどうだ?」

「はあー、機兵化ね。われらがチェリー坊やは模範生徒ですなあ。そんな放っといてもいずれ確実にやって来る未来なんて興味ないね。おれは今を精いっぱい楽しみたいんだ。やはり学園生活と言えばラブは必要不可欠。せっかくエリートの称号・傭兵コースに在籍してるんだ。これを使わなけりゃ人生損だぜ。……っと」

 サムはいつの間にか手にしていたシャーペン型カメラをリョウの目に押し付けた。「照準は合わせてあるから覗け!」と半ば無理やり使わせられる。こんなもの、どこで手に入れたんだ。諜報科のお下がりか?

 どれどれ。覗いてみると、望遠になっているらしく遠くまで細やかに確認出来る。赤い矢印がピコピコ点滅して、もっと右に行けと支持してくれる。わりと便利だ。しかし現在の主流はボタンやタイピン型で、顔や物体の自動認識が出来るやつだと聞いているから、これは多分売れてないだろう。

 げっ。

 リョウは思わず息をのんで、カメラを素早くサムに返した。

 表彰台。立ち並ぶ優等生の中、一人の生徒がリョウに熱ーい視線を送っている。

 アレックスだ。百九十センチを超える巨体。オイルを塗りこまれたスキンヘッド。傭兵ワッペン付きのタイトなポロシャツの下には、盛り上がった筋肉が見えて、上半身はほぼ裸と言っていい状態だ。一応はセレモニーであり、しかも自身が表彰されるわけだからTPOを外れているのは言うまでもない。指摘する人間がいないのは、彼がセカンドグレード中最強の実力者であると同時に危険人物でもあり、なおかつ実家が本学園のパトロンでもあるという悪魔の三拍子のためだ。

「おーいチェリー、あいつめっちゃ見てるぞ。どうする、手でも振ってやるか?」

「よせ!下手にやつを刺激するな!後で痛い目を見るのはおれなんだぞ!」

「そうは言ってもねー。うっわ、あいつ舌舐めずりしてやがる。それになんか嬉しそうだ」

「だからよせって!本当にもう人ごとだと思って……」

「げっ、あいつ勃ッ……」

「よせっ!!!」

 リョウは力ずくでカメラを取り上げ、今年も続くであろう悪夢を想像してため息をついた。

 アレックスが性的に倒錯しているのは有名な話だ。彼の生活をくまなくリサーチしたわけではないから噂の域を出ないが、数々の逸話をまとめると簡潔に言えば戦闘狂。しかも戦闘による興奮が、脳内で性的刺激に変換されるという最悪のバイアスを持った男なのだ。働かなくても子子孫孫末代まで安泰な資産家の長男でありながら、この学園に通う理由がそれだった。つまりリョウは、恐らくは学園史上最悪の男に因縁をつけられていた。

集会が終わるとリョウは一目散に逃げ出した。向かう先はこの時期のみ保健室のわきに特設される身体測定室だ。新入生全般と、新規に傭兵コースへ入った者だけが受けるものだから、アレックスはまず来ない。

さっさと室内に隠れたいリョウは整列している連中や教員を抜かして、どんどん前へと割りこんでいく。

「ここか!」

 勢い良く扉を開けると、そこには大勢の女子が検査表を片手に下着姿でひしめいていた。自分の順番を淡々と待っている者もいれば、友人とふざけてさらにきわどい位置まで露出している者もいる。しかし、和気あいあいとしていたのは扉を開いてからのほんの数秒で、リョウの存在に気づくと途端に黄色い悲鳴が巻き起こった。

「こ、これは仕方なく……決して悪気があったわけじゃなくて」

「ちょっと、リョウどういうこと?」声をかけたのは検査表で体を大雑把に隠したリンコだ。「あんた前にあたしと約束したでしょ?結婚するまではそーゆーことはしないままでいようって」

「いや、だからそれは我慢のゲンカイ……じゃなくてゴカイなんだ!アレックスから逃げて来たら、たまたま開けた部屋が女子専用のほうだっただけで」

「ふうん。まあいいけど、とっとと出てってくんない?あんたがお馬鹿で破廉恥な男だって知れ渡ったら、あたしの立場もないでしょ」

 リンコの背後から来る視線を見るに、どうやらすでに知れ渡っているようだ。今年一年はまず誤解をとくあたりから始めないといけないな。

「わかった。気をつける」と言いながら、リョウの視線はどうしてもリンコの下着界隈を泳いでしまう。リンコの胸はA4サイズの検査表ごときで隠し通せる代物ではないのだ。

 あれ?

「なあ、ちょっとそれ見せてくれないか」

「はあ?だからそれは結婚するまで……」

「いや、そっちじゃなくて、検査表をさ」

 するとリンコは血相を変えて「だめ!絶対だめ!」と言うが早いが、リョウの眉間をグーで思い切りなぐった。女子とはいえ傭兵コースにいる身であり、なおかつ不意打ちだったその一撃で、リョウは見事にブラックアウトした。

 目が覚めると、リョウは保健室のベッドに横たわっていた。時計を見ると、とっくに授業時間は過ぎていて、もちろん部屋には人っ子一人いやしない。真っ白な部屋に消毒用アルコールの独特な臭いが充満して、いやに緊張させる雰囲気を作っていた。

 ガラガラと戸を開けて、入ってきたのは白衣に身を包んだアニーだ。アニーはたまに保健室の手伝いにやってくるのだ。

「まあまあ、起きたのね。こっぴどくやられたみたいだけど、具合はどう?」

「大丈夫のつもりです」

 起き上がって眉間をさすると、巨大な絆創膏が張ってある。

「出血したんですか?」

「ええ、ちょっとだけね。検査に支障が出るほどの大出血じゃあなかったから安心してね。あ、ついでに言っとくと大体の検査は寝てるうちに済ませちゃったから」

「はあ。お手数おかけしました。身長や体重はどうやって?」

「リンコちゃんが積極的に手伝ってくれたのよ。リョウ君が倒れてからもずいぶん心配してたし、きっと責任感じちゃったのね。体重は、あなたを持ち上げてパッ!と離して計ったわ。身長も似たようなやり方で」

 適当だ。リョウは頭を抱えた。まあ、医学科を卒業しているアニー先生がそう判断したんだったら間違いはないんだろうが、それにしても別な方法があったのではないか。

 一通りの話を聞いてリョウが現状を了解したところで、アニーは冷蔵庫から大きめの注射器を取り出した。

「これだけが残ってるよ」

 ニコニコと微笑むアニーの手の中で、注射器の中身が鈍く光る。銀色で、水よりも少し粘り気があり、決して空気が入らないように注射器自体もごてごてとラバーで補強されている。

「機械虫、ですね」

「そう。とりあえず、あなたの同意がいるからこれ読んでよければサインして」

 アニーは数枚の紙とボールペンを手渡した。

 傭兵コース在籍者へ機兵化メタライズに関する注意事項と同意書。

さっと目を通すだけで大体のことはわかる。つまり、傭兵コースに入るには機兵化が必須だが、機兵化によって自身の体に起こったいかなる弊害についても学園側は責任を取りませんよ、という宣言だ。

 二枚目以降は、主に機械虫についての説明だ。先日の史学で習った通り、ようは人間の体に人工知能つきの機械兵器を共生させて高機能に働いてもらい、戦闘精度を上げようという話である。白兵戦に対する需要の増大に伴って、この要塞で作られた門外不出の新鋭技術なのだ。

 注意すべきなのは、機械虫に乗っ取られる箇所は各人によってことなるということだ。機械虫は寄生先の人体の中で最も弱い部分を食べて、さらに元の形を模写してそのまますげ変わってしまう。だから自分の機械虫がどこにいるのか、発現後にしっかりと把握しておく必要があるのだ。

 プリントにはいくつもの美しい星座で彩られた宇宙空間や、馬鹿でかい注射器を持った二頭身の看護婦が「ちっとも痛くないよ!」と言いながらウインクをしている絵が載っている。同意書を読んだ後だと詐欺のように見えるが、だからと言ってここで辞退するわけにはいかない。

「サインしました。先生」

「よし、じゃあ早速やっちゃおうか!」とアニーは笑って言う。「そっちのベッドに乗ってちょうだい」

 アニーが指差したベッドにはいくつも固定用のベルトがつけられて、SMプレイに使うような見てくれだが、これがないと生徒が暴れるのだという。 リョウが寝転ぶとアニーは上から順にすべてのベルトを装着していく。

「先に麻酔打っちゃうから。起きた時には全部終わってるよ」

 アニーがリョウのまぶたをそっと下ろす。

「おれの体、どこが機械に食われちゃうんですか?」

「んー、データを見ると何とも言えないなあ。でもリョウ君はアレックスと同じで全身弱点無しの万能タイプだから、皮膚が入れ替わる可能性が高いね」

「えっ」リョウは思わず声を上げた。「禿げちゃうんですか?」

「何言ってるの。アレックスのは、剃ってるのよ」

 アニーはクスクスと笑いながら、リョウの袖をまくり上げた。

 禿げないことがわかると、リョウは安堵して脱力する。

ああ、ついに機兵化される。傭兵コースへの第一歩だ。

 リョウが溜息をつくと同時に、一本目の注射針がリョウの腕に侵入した。


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