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合格発表は、授業棟にある狭い教室で行われた。狭いとはいえ、数名の担当教員と、呼び出された合格者が均一スペースをあけて並んでも十二分だ。受験者十六名中受かったのが十名だから、今年はかなり豊作だったらしい。一列に気をつけの姿勢をとって、順々に傭兵コース専用のワッペンを受け取る。通常は制服に縫い付けて、学内エリートの証として見せびらかすのだ。
リョウは三年目にして、ついに合格を手にしたことに感激してしばらくは震えが止まらなかった。ワッペンの他に、傭兵コース所属者の心得や選択必修科目などが渡されるが、あまりに震えて受け取り損ねたほどだ。
「おいおい、気をつけろ」監督が落ちた資料を拾い上げて言う。「合格おめでとう。受かったからといって、腑抜けてしまってはだめだぞ。来年からの科目についても今まで通りの成績を期待してるからな」
表情は柔らかだが、やはり体育会系の口調でリョウに資料を手渡す。いつもは化粧っけもなく戦闘服に身を包んだ監督が、今日はおしゃれなスーツを着て唇を今春の新色に染めている。それはこの合格発表の前に卒業式を行ったからに他ならないが、自分にとってもめでたいこの日に、美人教官が普段より着飾っているのはうれしい。
「はい!ありがとうございます。日ごろ監督が熱心に訓練してくださるおかげです。実は監視機が壊れた時は、もうこれで終わりかなあなんて、ひやひやしました」
「確かに監視機が破損してからのことは評価出来ないが、そこに至るまでの行動はすべて完璧だった。それに目標地点の殲滅は達成されていたし、ちゃんと時間通りに終了させていたしな」
監督が誇らしげに言った。リョウの胸に、ぎくっと罪悪感がよぎる。あの家にいた人間を殺したのはおれじゃない。さらに試験時間内に、あろうことか標的の一人の少女を逃がしているのだ。ばれたらコース強制退去どころか、不正で退学処分になるかもしれない。
リョウは適当に愛想笑いをして、来年もよろしくお願いします!と叫びながらその場を後にした。監督は怪訝な顔をして、その背中を見つめていた。
リョウは寮棟へと向かった。理由はいろいろある。緊張した心と体を自室のベッドで休めるため。傭兵コースに合格出来たことを、学内イントラネット・ポータルで確認して再度喜びに浸るため。そしてリンコに合格を伝えるため。リンコへは携帯でも連絡出来るが、こういうのはやはり口頭で伝えたほうが気持ちがいい。
「おうい!」背後から唐突に声が聞こえる。「ちょっと、ちょっと待ちなよ、チェリー」
振り返ると、そこにはいつか見た黒人の男がいた。リョウが言葉に詰まると、「サミュエルだ、サムでいい」と聞かれる前に言った。
「すまん、忘れてた。どうした、サム」
「いや、おれも受かったからさ、傭兵コース。お互い同期の桜として親睦を深めようと思ったわけだ。よろしく頼むぜ」
「おおっ!そうなんだ。おめでとう、サム。こちらこそよろしく。これから被る授業も多いだろうし、仲良くしてくれよな。そうだ、携帯番号交換するか?」
「テンポよくていいね。もちろん交換するさ。ところで、さっき部屋にいた連中で集まって合格祝いにパーティをするんだが、チェリーも来るだろ?」
パーティか。リョウは少し考えて「あー、行けたら行くよ。場所だけ教えてくれるか」と答えた。サムは嬉しそうに場所を答えると、足早に去っていった。他の人間にも知らせに行くそうだ。変なやつだ、と思いながら新しい仲間が出来たこと自体は素直に嬉しく思う。
でも、行けないだろうな。
リョウは自室に戻って、少しベッドに横になると、パソコンを開いてポータルを確認した。そして予定通り悦に浸って、すぐに閉じた。リンコの部屋は寮棟の女子サイドにあるから、私事で気軽にお出かけ出来る場所ではない。しかし報告場所については、お互いに了解しているのだ。リョウはワッペンを手早く縫いつけ、購買に行ってありったけのお菓子を買った。
「じゃーん。どうだ?凄いだろ」
「おおー!チェリー兄ちゃんすげえ!傭兵コースに入れたんだ」
子供たちが一斉に歓声を上げた。リョウの買ったお菓子にかぶりつきながら、目を輝かせて話を聞く。リョウも自身の苦労話を、子供向けにかみ砕いて面白おかしく語る。
ここは授業棟一階の一角にある孤児院だ。一角とはいえ結構な敷地で、隣接された庭にも一通りの遊具がそろっている。子供の人数だって五十人近い。リョウもリンコも、予定がない時は積極的に顔を出すようにしている。二人とも縁のある場所だ。リョウは今年で三年、リンコに至っては六年間も要塞孤児だった。始めて要塞学園に来たのは二人が十歳の時だ。
孤児院は学園の資金によって運営されているが、切り盛りをしているのは保育士長とアニーの夫婦。二人とも学園の卒業生で、士長は軍隊科、アニーは医学科出身だ。士長はこの間まで学園の戦士として従軍していたが、アニーの妊娠とともに辞めている。しかしガタイはかなりマッチョで、まだまだ現役には負けない、と豪語しているらしい。もっとも普段は無口なので、そんな話を直接聞くのも、皆に広めてしまうのもアニーだけだ。
「まあまあ。リョウ君もとうとう合格したのね。長い間頑張ったわ。ご褒美に、お姉さんがチューしてあげる!」
「アニー先生はもうお姉さんじゃないよー!」
子供たちがはやし立てる。「なんだとー!」と、アニーも本気になって、逃げる子供を追いかける。アニー先生は今年ついに三十一歳を迎えた。リョウたちが初めて会った六年前は確かに二十五歳のお姉さんだったが、最近は年齢に伴ってあちこちの老化が気になるらしい。リョウの目から見れば今だって十分若いし美人で、走り回る様子はかなり元気だ。現在妊娠中の身だからお姉さんよりもお母さんのほうが正しいと思うが、そこだけは譲れないらしい。
リョウとリンコはこの団欒が何より好きだ。
「合格おめでとう、リョウ。これで来年度からは同じ授業が受けられるね」
「ああ。ところどころ、どうなることかとも思ったけどな」
実際にはかなりやばかったけど。当日の光景がまざまざと脳裏に浮かび上がる。崩れてくる家屋、ゴミ箱の死体、ライフルを持った少女を抱えて国境まで往復したあの五分間。今思い出しても、よく合格したもんだ。
そういえばあの子はどうなっただろう。無事に亡命出来ただろうか。あのあたりの国は運河や山や砂漠なんかを国境にしていたが、人の出入りに関してはかなりあいまいだったはずだ。もちろんゲリラがいるような地域だから、他よりはそういう意識が高いとは思うが。
「どうしたの、ボーっとして。あんたちょっと変よ」
「い、いや、おれも無事に合格したんだなあと喜びを噛みしめているところでした」
「……あたしとも一緒だし?」
「そうそう!リンコとも一緒の授業に出られるし!」
「ふうん」リンコが疑いのまなざしを送る。「ま、そういうことなら嬉しいんだけど、リョウは絡まれやすい体質だからねー。……女子にも男子にも」
まったくもってその通りであり、まさにぐうの音も出ない。女子にも、と言われれば少女の顔が浮かぶが、男子にもとなると溜息しか出ない。超出会いたくない人物が脳裏に浮かび上がる。
「……そういえば、アレックスもセカンドグレードにいるんだっけ。実力はサードグレード並なんだから、とっとと進級しちゃえばいいのに」
「あんたのことを待ってるのよ。さっき会った時も言ってた。ニヤニヤしながら」
『あいつに言っとけ。
今度こそ、絶対セカンドグレードに来い。
こっちはもう何年も、お前を殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてウズウズしてんだ。いつまでもビビって逃げてんじゃねえ。よだれ垂らして待ってるから、早くおれのところまで来やがれ。今年こそお前のケツから手ぇ突っ込んで、口からピースしてやるよ』
「って。あいつゲイなんじゃないかしら。思い出すだけで鳥肌が立ってくるわ」
「おれも思い浮かべるだけで憂鬱だよ……あいつの声で再生されたし。今年は大変になりそうだ」
もちろん、あいつと会う気などさらさらない。今年も逃げおおせて見せる。
「文句言わないの。あたしと一緒ってだけでバラ色だと思いなさい!必認のペアも組んであげるから!」
必認。セカンドグレードから導入される「必修学外戦闘訓練単位認定制」の略。つまるところ学園の外で戦闘経験を積むことが義務化されるのだ。きちんと所定の手順を踏んで報告し、単位として卒業に必要な分を獲得しなければならない。
ああ、憂鬱。避けて通れないことはもちろん知っていたが、セカンドグレードからは実技訓練の量が格段に上がる。それでなくても、リョウは三年間ファーストグレードに留まっていたために、進級とともに受講可能になる実技選択科目を受けられていない。サードグレード修了までにじっくり時間をかけて受ければいい史学や兵法論などの「座り授業」ばかり習得して、実技科目に手が出せないでいたのだ。もちろん進級すれば「座り授業」の選択科目も追加されるが、確実に実技が授業のほとんどを占めるだろう。だとしても、実戦的な殺人講座ばかりの毎日はリョウにとって憂鬱そのもので、いくら「ペアも組んであげるから!」と顔を赤くして可愛く言ってもらっても、いやなものはいやなのだ。
その様子を見て、アニーが笑いながら言う。
「リョウ君は昔から優しい子だったもんねー。戦闘訓練ばっかりじゃあ、ストレスで禿げちゃうかも。でも、傭兵になるのを諦めてもこの孤児院で雇ってあげるから、安心してね」
アニーがウインクした。リョウはアニーと二人、子供たちに囲まれたほのぼのとした生活を想像する。愛しいアニーと子供たち。キャフフ、なんて。思わずよだれが垂れる。
「はっ!」背後から殺気を感じる。一つは保育士長、もう一つはリンコだ。「いや!アニー先生、そういう発言はお互いのパートナーにとって非常によくないものだと思います!自重してください!」
時すでに遅し。リョウの必死の訂正も虚しく、リンコはリョウの腕をがっちり掴んで「ちょっと、こっちに来て」と殺意をチラつかせて言う。アニーは「あら、まあ」なんて言っているが確信犯なのではないかと思うぐらい清々しい笑みを浮かべている。子供たちは、もはやお馴染みになっているこの痴話喧嘩を指差して笑う。悲鳴を上げるのはリョウだけだ。
でも、おれはこれが好きなんだ。これを守りたいから、おれは傭兵になるんだ。
リョウは周囲を見渡しながら心からそう思う。
何はともあれ、リョウは来年に向けて決意を新たに、とりあえず今は怒られることに専念しようと思うのだった。




