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リョウ。リョウ!

「ちょっと、リョウ、聞いてるの?」

「あ、ああ。悪い悪い」

 リョウは謝ると、目の前でにらんでいるリンコの顔を見た。前髪がかなり極端なアシメトリーで、右目は完璧に隠れている。すでにサンドイッチを食べ終えて、紅茶入りのマグカップを両手で可愛らしく持っていた。リョウのほうは、すっかり冷えたコーヒーを片手に、頬杖をついていた。

「もう!ボケっとして。もうすぐ表彰式なのよ。そんな調子で全校生徒の前に出るなんて許されるわけないでしょっ」

 ぷりぷりと苛立つリンコの顔を、苦笑しながらリョウは眺めた。自分も表彰台に上がるくせにリョウの様子ばかり気にしている彼女を見ると、気配りの出来る良い子だと思うと同時にゆくゆくはカカア天下の家庭になるのが容易に想像出来る。

 二人は式典用の小洒落たスーツで、式の時間が来るのを今か今かと待っている。ラウンジにいる他の生徒と比べると少々派手だ。

「リンコ、今日ちょっと化粧濃いな」

「その件について今後一切触れるな」

 リンコが怒って言う。もともと顔立ちのはっきりしているリンコは、ちょっと気合をいれてメイクをすると舞台女優のようになってしまう。だがそれは、つまるところリンコはそもそも化粧をするまでもなく可愛いということだ。

 彼女の顔を見ながら、あの日に銃弾でずたずたになった姿を思い出す。確実に死んだと思われたリンコがこうして生きていられるのは、機械虫のおかげだ。瀕死のリンコの体内へリョウの機械虫が入り込み、体を修復したのちにリンコの機械虫と同化し、生命を維持させたのだ。今までにない現象であり、リョウたちに説明したアニーですら驚愕していた。

 結局何から何まで、機械虫に頼っちまったな。

 リョウが体のコントロールを取り戻した時には、すでに戦闘後一晩が経過していた。サムたちが警察に捕らえられ、リンコが病院に運ばれ、自治を回復した学園の生徒たちが歓喜するのをリョウは機械虫の目を通して見た。

 それは結局、自分に力がなかったからだとリョウは思う。それどころかサムへの返答も用意することが出来ず、力任せのジョーカーを使って勝利したのだ。実力と意志の面で、リョウは決定的にサムに劣っていたのだ。

 だが、とリョウは改めて考える。

 そこへ至るまでの理由が十分でなかったとしても、やらなければならないことは確実にわかっていた。なら、尻込みをして敗北するよりも機械虫を使って戦ったほうが、結果的に正しいのではないか。たとえ使ったジョーカーが、卑怯なほど強力だったとしても。

「リョウ!そろそろ時間よ」

 呼びに来たアニーと、その後ろで嬉しそうな顔を浮かべるマオの顔を見て、自然とリョウの頬も緩む。何も変わらない、今までのままの、大切なもの。

 そうだ、これでよかったんだ。

 これを守り抜くために、おれは戦ってきたんだ。学園についても機械虫についても、サムと話したことについても、まだまだ問題は山積みだ。でも、例え今は目の前の問題を解決することしか出来なくても、それが俺の本心から来たのであれば、結局それが正解なのだろう。

 早く早くと急かすリンコに背中を押されながら、リョウは慌ただしく立ち上がる。前方ではマオもリョウの手を引っ張っている。会場ではすでに事のあらましを伝え終えて、今回の英雄が出てくるのを心待ちにしていると言う。学園長は相変わらず居眠りをしているらしい。彼にとって今回の騒動は大した問題ではなかったのかと思うと、改めて自分の置かれている環境のすさまじさを感じる。

 環境と言えば、例の事件を経て脳みそに機械虫が住み着いている事実は公となり、休み明けにはリョウの処遇が正式に通達される。悪いようにはならない、と監督とアニーは笑顔で伝えた。信頼する二人のその様子により、リョウはついに秘密が露呈することへの恐怖さえ克服出来た。今は何が待ち受けようが、切り抜けて見せるとさえ考えている。

 マオの出身についても明らかになった。今回の事件のほとぼりが冷めれば、帰国することになるという。故郷が待ち遠しくてたまらない、といった様子のマオを見ると、リョウたちの頬も緩む。試験中にマオを助けたリョウの判断についても、一応のところお咎めなしだ。

 さあ、とリョウは顔を上げた。いずれにしても今日の主役は自分たちだ。夜には非公式のダンスパーティもある。せいぜい楽しもう。そしてこれからも自分の大事なものを守り抜けるよう精進しよう。

 リョウは傍らの二人をギュッと抱きしめて微笑んだ。リンコの胸がぽよん、と当たる。そうして次の瞬間、驚きに目を見開くマオと、かつてなく強力な一撃のために振りかぶるリンコがリョウの視界に映っていた。

 ああ、長い式典だったわ。もう足が棒の様。

 そうね。でも見た?さっきのタック・ナタックの顔。ククク!

 もちろんよ、ククク!傑作だったわね。

 殺人童貞に久居をとられて、嫉妬心むき出しで!やっぱりレズだったんだわ。

 そう言えば、アレックスのやつが殺人童貞を探してたわ。今日中に殺すんだって言って。

 あら嫌だ。久居とタックとアレックスなんて、まるでお化け屋敷じゃない。

 ククク!あなたそれ、前にも言ったわ。……そろそろアレックスと会うころかしら。

 だったら、見に行きましょうよ。どっちがやられてもあたしたちは楽しめるわ。

 あたしは殺人童貞がアレックスに殺された挙句死体をレイプされるに一票。

 あたしはアレックスが返り討ちにあうに一票。例の殺人童貞を見たら……ククク!

 そうよね。あたしたちが空から助けに行った時のあいつったら、まるで怪獣映画。

 惜しかったわよね。もう少し早く到着すれば参戦出来たのに。

 でもあたしはよかったわ。アレックスの悔しがる顔が見れて。ククク!

 クク!アレックスったら長いことスパイ追跡の任務に就いてたもんね。

 そうそう!おいしいところだけ殺人童貞にとられちゃって。

 しかも結局誰一人殺さず、童貞は守り切ったのよね。アレックスが怒るのも無理ないわ。

 アレックスは表彰もされなかったしね、クク!あら、なんだか向こうが騒がしいわね。

 ……あらまあ、ついに始まったわね。アレックスと殺人童貞の痴話喧嘩が。

 ここにいたら巻き込まれるかも。でもどうする?また、例のアレを見れるかもよ。

 例のアレ?……ああ、アレね……クク!あなたも好きね。

 もちろんよ、ククク!一目見てゾクゾクきちゃったもの。さあ、行きましょう。

 そうね、行きましょう。アレを見に。

 「機械仕掛けの……」


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