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「侵入者だ!侵入者がきたぞ!」

「敵の人数は!敵の人数はどうなんだ!」

「どこのどいつなんだ!……まさかこの要塞の連中が戻ってきたんじゃないだろうな」

「畜生!すぐに上に行って、『アレ』を分けてもらって来い!大至急だ!」

突然の爆音に、人質たちが集められたホールは騒然としていた。どうやら侵入者が爆撃したらしく、要塞全体の監視を担っていた部隊が壊滅したという情報が流れたのだ。背中の後ろで手を縛られ、はいつくばるような姿勢で拘束されていた要塞の職員たちも、テロリストたちの困惑する様子に希望を感じずにはいられない。

「……おい、聞いたか。さっきの話、やっぱり本当みたいだ」

「そのようだな。やつらの慌て様を見てみろ。この分だと、すぐに解放されるかもしれんぞ」

 部屋全体にずらりと並べられた人質の列の中で、声を殺して笑う二人の職員たちがいる。つい十分ほど前であれば、すぐにテロリストが飛んできて半殺しにされる状態だったが、今では数人の人質が口を開いていたとしても構っていられないらしい。

 しかし彼らが笑っていたのもつかの間、テロリストのうちの一人が銃を手につかつかと彼らの元までやってきた。二人はにわかに冷や汗を流し、どうか自分たちのほうに来ませんようにと祈る。だがそれは手遅れだった。

「おい、貴様ら」テロリストの男が二人に銃を突きつける。「ずいぶん楽しそうに話し込んでいるじゃあないか。すばらしい度胸だ。もしもおれがお前の立場だったら、そんなことは出来やしない。どれ、一つおれにも聞かせてくれよ」

「い、いえ……その……たいしたことじゃあ」

「いいから言ってみろよ、このゴミクズ野郎!」

 テロリストの男は激昂して、二人を銃でしたたかに殴り始めた。二人はたまらず泣き叫び許しを請うが、男は聞く耳を持たずに殴り続ける。二人の悲鳴が場内に響き渡り、その場にいた全員がつばを飲んだ。しかし彼らに宿った感覚は立場によってまるで逆だった。テロリストたちがサディスティックな高揚感を覚える中、人質たちを支配しているのは絶望感だ。もう決して助からない、と人質たちは諦めと苦痛のために大粒の涙を流した。

 その時、上部の窓ガラスが唐突に崩壊し、二名の侵入者が飛び降りてきた。桜井リョウと久居リンコだ。スーツとサングラスを身につけ、さながらどこかのエージェントという風貌をしている。

 テロリストたちが一斉に銃を撃ち始める。動く対象がほとんどないこのホールにおいて、二人は足が付いただけの的だ。マシンガンの連射音が鳴り響き、人質たちは耳をふさぐ。そして彼らは絶望する。こんな重武装のテロリスト相手に、たかが二人来たところで太刀打ち出来るわけがない。もう殺されてしまった。希望はついえたのだ。

 人質たちの前に一つのサングラスが飛んできた。やはり駄目だったか、と彼らは顔を上げた。しかし二人は殺されてなどいなかった。一瞬のうちに形状を変化したリンコの機械虫は二人の体をぐるりと包み込み、弾丸の一斉放射を完璧に防御していた。

「き、機械虫!こいつら、やっぱり要塞の連中だ!帰ってきたんだ!」

「くそっ、まさかこんなに早いとは……この化け物め!」

「化け物はどっちよ」リンコは機械虫の隙間から片目だけをのぞかせて、テロリストたちをにらみつける。「無抵抗の人間相手に暴力を振るえるだなんて、あんたたちのほうがよっぽど人間離れしてるわ。何のためのテロだか知らないけど、この有様を見たらあんたたちに賛同してる連中だって離れていくわよ!どんどん人間離れが進むわね。鬼、悪魔、ケダモノ!」

「ふん、強がっていられるのも今のうちだ!」テロリストの一人が叫んだ。「こっちはとっくにお前らを包囲している。お前らを捕らえるにせよ、殺すにせよ、時間の問題だ。事態が上に知れれば『アレ』も用意される」

 男の言った通り、人質を見張っていた『槍』のメンバーがずらりと集結してリョウたちを囲んでいた。これだけの人数が連射し続ければ、いずれは隔機械虫によるガードも崩れる。そうなったらリョウたちは袋のねずみだ。

 リンコが呆れてものも言えない、といった風にため息をつく。

「おめでたいわね。包囲されているのはあんたたちじゃなくて?」

 リンコの言葉に、男たちは辺りを見渡した。すると、先ほどまで床に並んでいたはずの人質たちの姿はなく、代わりに自分たちのかつての仲間である『復権の翼』が男たちを取り囲んでいた。数では圧倒的に、現在要塞を占拠している『槍』のほうが勝っていたが、立ち居地が悪かった。全員でリョウとリンコを囲んでしまったことがあだになったのだ。テロリストたちは白旗を揚げるしかなかった。

 リョウたちは作戦成功の掛け声を上げた。その中には、タック・ナタックの姿がある。テロリスト襲来の際、彼女しか知らない秘密の地下室に隠れていたために、捕縛されなかったのだ。しかしそこで、同じく潜入のために彼女の地下通路を利用しようと考えていたリョウと鉢合わせになった。ジャングルでの課外訓練を経て二人の仲は最悪だったが、「リンコがキスしてくれれば協力する」という彼女の提案を受け入れることによって一時停戦状態となった。そのためにリンコだけが不機嫌な顔をしている。女と呼ぶな、とうるさい奴だったが、まさか本当にレズだったとは、とリョウはあっけにとられた。

 タックの秘密通路の一つが、人質たちの捕らえられているホールの真下にも存在していた。そこから侵入したリョウたち以外のメンバーが、リョウたちが陽動している隙に人質を通路へと逃がしたのだ。今頃は安全なところまで到着しているだろう。

 加えて、地下室に隠れていたのはタックだけではなかった。要塞の管制室に勤務しているジョーイという男が彼女と一緒にいた。彼もまた、学園に独自の監視カメラ網を持っていた。この二人のおかげで、リョウたちは即興で作戦を立てることが出来たのだ。

「上司がスパイだったんだ」ジョーイは今でも上司への恐怖が忘れられないと言う。「おかしいところはいっぱいあった。でも考えすぎだとか、昇進に関わると言われて……ぼくは何も出来なかった。臆病者だ。結局戦うことも出来ず、逃げおおせて隠れていたんだ」

「それでいいのよ。あなたは戦闘役じゃないんだから。それはあたしたちに任せてくれれば。ね、リョウ?」

 リンコの言葉にリョウが力強く頷く。ジョーイの不安を打ち消すには、それだけで十分だった。やっぱりこの人は凄い、とジョーイはリョウを拝むようにしてうずくまった。

 リョウたちは改めて、今回捕縛したテロリストたちの人数を確認した。そして笑みをこぼした。敵はもう、首謀者グループのみだ。ジョーイの監視カメラで事前に状況を把握していたからそのことは既知であったものの、実際にその場に立ってみると達成感と興奮が桁違いだ。そして首謀者とともにサムもいると思うと、リョウは心がせいてたまらない。

 リョウたち一行はヘリポートへと急いだ。敵はそこで、全世界に向けてテレビ中継をするつもりなのだ。出来れば余計な発言をさせて世界が混乱する前に、連中を倒して事態を収めたい。急げ、急げ、とリョウは可能な限り速く走った。

 人質の集められていた多目的ホールとサムたちがいるはずのヘリポートはかなり離れたところにあった。しかも地形に高低差があり、ホールからはヘリポートを見上げることになる。リョウたちが侵入していることは先方に筒抜けだから、恐らくは敵も攻撃に備えて潜伏している。むやみに近づけば、上から狙い撃ちにされてしまう。こちらが圧倒的に不利だ。

 そこでリョウたちはやはり、タックの抜け道を通って敵の背後に周り込むことにした。ジョーイの監視カメラを確認するための小型デバイスも用意して、随時敵の動きを確認する。先ほどの人質解放と同じ要領だ。敵グループは爆撃とリョウたちの潜入によって大打撃を受けているから、そこへわき腹から攻撃を叩きこめば連中は確実に崩壊する。

 リョウが自分たちの勝利を確信したのとほぼ同時に、リョウたちは地下トンネルの出口を抜けた。ヘリポートまではあとわずかだ。次の丘さえ無事に抜ければいいのだ。

 その時だ。物陰に何かがちらついた、と思うと同時に銃声が響き渡った。リョウはすぐさま号令をかけて、仲間たち全員を物陰へと隠れさせる。そうして身をかがめたまま、リンコの眼でもって素早く敵の人数を確認する。そのあまりの多さに、リンコは愕然とした。侵入経路がバレていたのだろうか。いずれにせよ、奇襲は失敗である。

 敵の不意をつくことこそが奇襲の肝だ。それが失敗した以上、この段階で退却することが兵隊を生かすために必要なのだ。しかし現在、この島は敵集団の支配下にあり脱出もままならない。仕方なくリョウは作戦の変更を決断した。リョウとリンコが囮になり、その間に他の仲間を人質たちのところまで退却させる。そうすれば少なくとも玉砕を避けることが出来るし、人質を守りながら籠城していればいずれ警察なり軍隊なりがやってくる。時間がないのは敵方も一緒なのだ。

 リョウは仲間たちへ撤退の指示を出し、リンコに目くばせした。いよいよ銃口の前へと躍り出る時だ。リョウは二人分に広げられたリンコの機械虫の中に隠れる手はずである。リョウは他人に命を預ける身、逆にリンコは預かる身として、強力な緊張感が二人に連帯されている。

 いよいよだ。ここで仲間たちを逃がせるかどうかに、この作戦の命運がかかっている。失敗するわけにはいかない。たとえおれの命を捨ててでも、絶対に逃げ切れるだけの時間は稼いでやる。

 力こぶしを握るリョウの手の上に、リンコがそっと手を乗せる。そこでリョウは再び、自分がリンコと二人で戦っているのだと気付かされた。リョウは心の中で自分を叱りながら、二人ならやれると確信し、そうして勢いよく敵陣に躍り出た。アクロバティックな動きで敵を翻弄しながら、二人は陣営の真ん中へと駆ける。

 ここだ!ここが敵方の懐だ!

「リョウ、うまく隠れなさいよ!」

 リンコの眼窩から、超速で機械虫が展開される。いくつもの弾丸をはじき飛ばしながら、くるりとリンコを覆っていく。こうなれば銃を使おうと簡単には打ち抜けない、頑強なシールドだ。ひとまずの成功にリョウは胸をなで下ろし、いざ自分の順番だとリンコに駆け寄る。

 だが、リョウがシールドの中に入る一歩手前、コンマ一秒のところでリョウは、無数の銃弾がリンコの機械虫をズタズタに引き裂いていくのを見た。リンコが断末魔の悲鳴と血しぶきを上げ、ぼろきれのようにその場に倒れこむ。リョウだけでなく逃げ切る寸前だった仲間たちまで茫然として、ぴくりとも動かないリンコの姿を凝視している。

「リンコ!おい、大丈夫か。おい!」

 すぐさまリョウが駆け寄って、リンコの体を抱き寄せる。

 脈が感じられない。先ほどまで高速移動していた機械虫も、ただの鉄くず同然に散らばっている。つまり今、リンコの意識は完全に途絶えている。

 リンコが……死んだ。

 なぜだ?リンコの挙動は完璧だったはずだ。現に最初のうちは敵の弾をうまくはじき飛ばしていた。それがどうして、突然に能力を失ったのだ。

 いったい何が起こったのか、まるで理解が出来ないリョウは、なすすべもなくただ両膝を地面に落とす。実感のわかないリンコの死と、目の前に確固として存在しているリンコの死体がリョウの思考をストップさせた。そのうちにも、逃げそびれた挙句業を煮やして銃撃戦を開始した『翼』と、唯一の機械虫を打ち滅ぼして勝機を見た『槍』の攻防が繰り広げられていく。周囲は戦場だ。しかしすべてが後手に回ったことに加え、地理関係もこちらが圧倒的に不利である。それはもちろん、リンコとリョウの作戦が失敗したためだ。リョウの止まった思考の中に、作戦失敗の絶望と喪失感が流れ込んでいく。

「おい、チェリー。こんなところで何をぼさっとしてるんだ」

 リョウはハッとして声のほうへ顔を上げた。そこにはサムの極上の笑顔があった。リョウの属する、つまりはサムも属するはずの学園奪還軍が次々とやられている中で、彼の笑顔は異様に見える。

 久方ぶりの対峙とこの状況に、リョウはしばらく呆然と級友の顔を見つめていた。しかしすぐに我に帰って、再びリンコのほうを抱き寄せる。

「リンコ、リンコ!返事をしろ!」

「無駄だ。対機械虫用に貫通力を超強化してある。どんなに上手に機兵化していてもひとたまりもない。いくらゆすっても、声をかけても、もう二度と目覚めることはないさ」

 サムは冷たく言い放つと、手に持った拳銃をリョウのこめかみへと向けた。かちり、と安全装置の外れる音が静かに響く。今まで混乱していたリョウも、さすがに状況を理解した。

「……学園を裏切ったのか」

「そうだよ」サムは事も無げに言う。「おれは最初からそのつもりでスパイとしてここに忍び込んだ。いつか、開戦の狼煙をぶち上げるためにね。情報収集をするなら、内側にもぐりこむのが一番だ。おかげで門外不出の機械虫を徹底的に研究出来たし、こんな武器も作れたしな」

 サムは、リンコを撃ち抜いた銃をこれ見よがしに掲げた。機械虫は防御に用いられる時、表面を高速で動くことにより敵の攻撃力を奪う。それに対抗するために貫通力と速射性を高めたのだと言う。

「なんでこの学園だったんだ」

「この学園は世界にも数えるほどしかない技術がある。重要機密だが、滞空・対宇宙の迎撃技術だ。これを使えば例の監視衛星を破ることが出来るはずだ。革命のために、それが必要でね。もちろん他の場所にもいくつかあるが、生徒たちに門戸を開いているこの学園要塞が潜入するのに都合がよかったってだけだ」

 都合がよかっただけ、という言葉にリョウは激昂して、携帯していたナイフを振り上げる。だが、今や向けられた銃口はサムの物以外にも何十とある。怒りで呼吸を乱しながら、すんでのところでリョウはこらえた。

 ちらり、とサム側にいる『王国の槍』たちの顔を覗く。すると驚くべきことに、いくつかの男たちには見覚えがあった。あの日、リョウがアレックスと戦った日、アレックスに殺された神父と一緒にいた連中だ。リョウの様子から察したサムは「気がついたか?」とにやけた顔で言う。

「そうとも。あの課外訓練は最初っから、おれの脱出計画の一部だったのさ。アレックスのホモ野郎が邪魔したせいで、落ち合うはずだった仲間が減ったけどな。学園要塞も馬鹿じゃないってことがわかったぜ。まさか隠れていたおれたち一味に早々と気づいて刺客を差し向けるなんてな。だがアレックスがお前に夢中だったおかげで、まんまと逃げることが出来たぜ、チェリー坊や」

 衝撃の事実にリョウは愕然としてへたり込む。アレックスが民間人を虐殺していたと勘違いした挙句任務の邪魔をして、最悪なことにもスパイ集団を逃がしていただなんて。

 さらに、セカンドグレードへの選抜試験時に狙われていた集落はテロリスト一味のアジトであったこと、本年度の中途転入者が多かったのはサムたち一派が秘密裏に侵入していたから、などと次々にテロ計画の全貌が知らされた。リョウが怪しみさえしていなかった事柄でさえ、水面下では恐るべき陰謀が着々と進行していたのだ。リョウは気づけなかった自分自身が情けなく、失望した。

 なんて無様なんだ。

「さて、オフレコはこの辺にしとこうか」

 サムが号令をあげる。すると彼の左右にぞろぞろと、敵方のテロリストたちが姿を現した。想定していたよりもずっと多い。多勢に無勢もいいところである。さらに彼らの先には、味方軍のほぼ全員が捕虜として縄でつながれていた。

 ずらり、と捕虜たちが一列に並べられた。リョウたちが解放したはずの人質たちも逃げ切れなかったのか、一緒くたに集められている。そうして最後に、テロリストの一人が巨大な機材を運んできた。武器か、とリョウは一瞬身構えたが、円盤型のアンテナがついているところを見ると情報機器、どうやらカメラらしい。

「ようし、今から会見を始める。カメラを回せ」

 テロリストたちがマイクやら照明やらをキビキビと動かしていく。画面の中心にはサムが映し出され、端のほうにリョウも小さく入っている。すぐに場内は静まり返り、全員がカメラと向かい合ったサムの発言を待った。

「よく聞け、世界の肥えた豚共。われわれは今、太平洋に浮かぶ学園要塞を占拠している。われわれにはミサイル監視衛星を破壊し、その後迅速に各国の主要都市に壊滅的な打撃を与えるだけの準備がある。それを頭に入れた上で、速やかに返答されたし!」

 そしてサムは一拍置くとともに、息を大きく吸い込んだ。

『われわれはここに、ネーレー親米共和国の完全な独立を宣言する!』

 言うが早いが、テロリストたちからわっと歓声が沸いた。中には感極まって涙を流している者もいる。彼らの様子をリョウはあっけとして見つめた。テロリストの活動といえば、政治的・宗教的なものと相場が決まっているが、しかしネーレーは元々現地人によって成立した国であるから独立という言葉はおかしい。加えてなぜサムが肩入れしているのか、とリョウは尋ねた。

 するとサムは、リョウと会話するのでなくカメラに向かって返答する。

「米国にとってアジアの生命線として機能しなくなった日本に代わって、われわれネーレー国は自治を在ネーレー米軍に奪われている。元は気高き王の治める平和な国であったところが、今は低俗な米国軍人による不埒な事件に目をつむらなければならない。このままではわれらは飼い殺しの属国として、尊厳を売りながらただ惰生を送るのみだ。今こそ、この号令のもとにネーレー王国の復活を成し遂げ、国民のよりよい生活を奪還するのだ!」

 サムはひときわ大きい声を上げた。それを追うようにテロリストたちが再び歓声を上げる。その中に「王子万歳!」という声が混ざっていたことにリョウは気がつき、リョウはようやくすべてを理解した。サムこそが、旧王族派テロ組織があがめるところの、王子なのだ。

 にぎやかに沸いたヘリポートで、男たちが次々とサムに続いて宣言をし始める。右翼的な大儀を述べる者もあれば、家族への感謝を涙ながらに叫ぶ者もいる。そこへたたずむリョウの元へ、サムが近づいてくる。

「どうだい、なかなか立派なもんだろう、おれの演説姿は」

 馴れ馴れしく声をかけてくるサムに対し、リョウは口を開かなかった。しかしサムは構わず話を続ける。そのうちに重大な発言をした。今回のテロは始まりに過ぎない。いずれ祖国を列強の道へと導くために、まだまだ活動する必要があると言うのだ。

「そこで提案だ、チェリー。おれと一緒に来てくれないか。お前が来てくれれば百人力だし、仲違いしていた穏健派連中もお前が架け橋になることでまた元に戻れる。大団円だ」

「ふざけるな!」リョウは声を荒げた。「リンコを返せ!平和だった学園を返せ!お前たちが傷つけ、奪い、壊してきたもの全部を返せ!何が独立だ、お前たちのやったことはくだらない鬱憤のはけ口にしかなっていない」

 リョウが言い終わると同時に、サムの機械虫が跳ね上がりリョウの顔面を撃ちぬいた。たまらずリョウが倒れこんだところに、何発も攻撃を食らわせる。ようやく撃ち止んだころにはリョウは血を吐いていた。その様子をテロリストたちは面白おかしく観賞しながら、全世界生中継のカメラをリョウに向けている。

 リョウの顔を、サムがぐいと覗き込む。サムの表情は怒っているというよりも、馬鹿な生徒を憐れんでいるように見える。

「リョウ。いつかおれとお前と、二人でボロ小屋に泊まった時に話しただろう。察しの通り、おれの故郷ネーレー国は貧国もいいところ。列強の餌食になった後は残飯として、弱小国にさえ糞同然の扱いをされてきたんだ。いったい誰がこの国を救う?神か。いや、違う。神は飢えた国民に米粒ひとつよこさなかった。この国を救うには、もっと絶対的な正義が必要なんだ」

「それが行使すべき正義ってやつか」

 リョウは嫌味のつもりで、以前サムから聞いた言葉をそのまま返した。しかし意外にもサムは満足そうに頷いた。

「そうとも。そしておれが正義の代行者だ。学園の設備を最大限利用してこの世界を理想郷にしてみせる。そのための第一歩は今、成し遂げた」

「馬鹿な!お前のこの茶番のために、いったい何人が犠牲になってるんだ。誰かを生贄にしてまで成し遂げることがあるなんて、おれには到底理解出来ない」

「誰かの犠牲、ね」サムが不敵に笑った。「犠牲なんてものは今までもずっと存在してたんだよ。お前が犠牲者側にいなかったってだけ。おれはそれを間近で見続けてきた。仕切られた裕福な国の中でのほほんと育ったお前にはわからないかもしれないがな。考えてみろ、リョウ。世界は少数の金持ちと多数の貧民で構成されてる。犠牲になるのは少数派であったほうがいいに決まってる。つまり今現在の状況こそ、むしろ道理から外れてるんだよ」

 憤るリョウに対し、サムはたしなめるような口調で言い放った。リョウがどんなことを言おうとも、サムの信念は崩れそうにない。それどころか、サムの言葉によって逆にリョウの考えが揺らぎかけていた。

 視界の端に、血まみれのリンコが映る。戦火の中で彼女が片目を失った、強力に衝撃的な記憶がフラッシュバックする。思えばリョウはあの時から、誰かを守るために戦うことを決意したのだ。しかしそれはサムも同じである。いや、むしろサムのほうこそがまさに今その状況に直面していると言えるのではないか。

 ならば、おれはどうすればいい?

 リョウは頭を巡らせた。すぐに冷や汗がしたたり、思考がストップした。もはや自分の脳みそでは結論を導き出せない。

サムはあの日、ジャングルの中で何を語った?

 アレックスはおれとの戦いの中で何と言い放った?

 手助けしてくれた『復権の翼』たちは何のために戦っていた?

 スパイダーは何のためにおれを執拗に追いかけてきた?

 おばあちゃんは何と言っておれを送り出してくれた?

 マオは空港で家に帰せないことを謝ったおれをどうしてにらみつけた?

 リンコは、リンコはどうしておれと一緒に戦っていた?

 全員の問いがリョウの中で錯綜し、ついに結論を見いだせなかった。

 今からサムが行おうとしていることが間違いであることだけはわかる。しかし、自分を納得させられるだけの理由がない。リョウの思考回路ではもう答えを導き出せないのだ。

 手詰まりだ。リョウは諦めと同時に脱力し、サムの銃口の前に頭を垂れた。このまま自分は弾丸の餌食となる。生命を失い、物言わぬ肉塊としてただその場にあるのみだ。同じ非生命体であれば『機械仕掛けのシリアルキラー』のほうが、戦える分まだマシだろう、とリョウは皮肉にもサムの言葉を思い出していた。

 そこでリョウはハッとして再び銃口を見据え、その先のサムの顔を覗いた。突然に活力を取り戻したリョウにサムはいぶかしんで、しかし全く油断した様子は見せない。

「遺言がある。おれの頭をぶち抜いたら、そのまま死体を蜂の巣にしてほしい。そしてカメラに向かって宣言してほしい。お前らテロリストは世界の敵であり、立ちふさがるやつは誰であろうと打ち滅ぼす……戦う理由はあるのだ、と」

 リョウの言葉に、サムは一瞬きょとんとしてそれから笑い始めた。

「そりゃあいいな!だが世界の敵ってのは間違い。おれたちは正義の代行者で、お前がおれたちの敵ってだけだ。さあ、準備はいいか?もう撃つぜ。……おっと、その前に最後の慈悲だ。カメラの向こうの誰に伝えればいいかだけ聞いておこう」

 あいつをなんて呼べばいい。

 尋ねられたリョウは瞬時に考えを巡らせた。結論を導き出せなかった先ほどまでとはまるで桁違いに脳が活性化し、リョウは記憶をどんどん遡っていく。そうして五秒も過ぎぬ間に、リョウは答えを探し当てた。ジャングルでの野外訓練で聞いた、あのセリフだ。

『殺人童貞のチェリー……二つ名……、なるほど』

「チェリーに」リョウは言葉に力を込めた。「機械仕掛けのチェリーに伝えてくれ」

 サムは一瞬困ったような顔をしてから「わかったよ」とつぶやき、そのままトリガーを引いた。銃声が鳴り響くと同時に、リョウの頭が果物のように吹き飛ぶ。その様子は、今まで多くの人間を欺き裏切ってきたサムにとっても、どうしようもなく耐えがたいものだった。

 何かを守るために戦ってるってことにおいて、おれもお前も一緒だった。お前となら、仲良くやっていけると本気で思ってた。でも結局お前はよくわからない男だったな、リョウ。

「そいつを片付けておけ」と仲間に指示し、サム自身は律儀にリョウの遺言を実行する。リョウにとって最後の手向けだ。ゆがんだ正義の代行者として世界中の目の下にさらされた今であっても、友情に報いるだけの心がサムにも残っている。

 だが、その場を離れようとした瞬間、仲間の小さな悲鳴が聞こえた。そうしてサムが振り返るまでのほんの数秒の間に、サム自身も何かまずいことが起きようとしていることを察知していた。

 サムの目の前に、リョウの死体を片付けていたはずの男が倒れていた。その横には、死体となっていたはずの男がゆらり、と佇んでいる。

 サムは混乱して、顔面が蒼白になった。自分は確かに、リョウの脳を撃ったはずだ。それがどうして、どういう理屈で動いている?

 何かを言おうとしたリョウの死体に、サムはありったけの銃弾を叩き込む。半ばパニックとなったこの状態でさらに死体が口をきき始めたら、それこそ頭がどうにかなってしまう。サムは悲鳴を上げながら、血しぶきを上げて崩れ去るリョウを刮目する。

 連射に次ぐ連射でもってリョウの体はもはや原型をとどめず、無数に穴が空いた何かになった。それらの穴から今にも虫が顔を出しそうな、独特の不気味な雰囲気がある。

 一筋の風が吹きぬけ、リョウの死体が動いたように見えた。しかしすぐにそれが誤りだと気付く。地面にじわり、と広がっていくリョウの血の色が赤から銀へと変化した時、サムはようやくその正体が機械虫であると知った。

「馬鹿な!リョウが機械虫を使えるわけが……」

 焦ったサムは現状を把握出来ぬまま、手に持った対機械虫用の強化銃を連射した。仲間たちにも指示し、リョウ目がけて雨のように銃弾を撃ち続ける。しかし全身機械虫状態であるリョウには、貫通力を上げただけの銃など意味をなさない。ついには集中砲火を浴びながら歩き出したリョウを見て、恐怖と絶望のために何人かのテロリストたちは一目散に逃げ出した。

だが機械虫のコントロール下にあるリョウにとって、常人が走って逃げた程度では動いているうちに入らない。まるでアレックスのように全身を伸縮させては敵を打倒し、遠距離を相手にはスパイダーのように重火器を精製して撃破していく。ほんの数十秒前に食らった銃弾がリョウから全方位に射出される。さらにはあちこちから兵器や鉄くずやガソリンを吸収し、最終的にいびつな銀色の巨人の姿に変貌した。その頃にはサム以外の敵方は当然のごとく全滅していた。

「お前はいったい、何者なんだ」

 もはや戦意を完全に喪失したサムが、中空に向けて呟くように尋ねる。たった一人となったサムと巨大化したリョウの構図は、カエルとヘビよりもさらに実力差と絶望感がある。そんなサムの心境を知ってか知らずか巨人化したリョウはサムの顔近くに、自分の顔面を出現させて笑った。

「名前は今までなかった」機械虫はリョウの顔と声でうれしそうに言う。「だがどうやらあいつは私を、機械仕掛けのチェリーと呼ばせたいらしい」

 サムはさらに脱力して、やっぱりコイツのことは全然わからなかったな、と自嘲っぽく思った。


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