13
事件は唐突にやってきた。
リョウたち三人が流星群を見に行った日のまさに翌日のことだ。結局帰ってきたのが早朝だったために、三人は家に着くなり爆睡してしまった。だから、朝からテレビに釘付けになっていたリョウの祖父母たちと同様に画面とにらめっこを始めたころには、もう正午を回っていた。
その日の未明、リョウたちの所属する要塞学園がテロリストグループ『王国の槍』によって占拠されたのだ。犯行グループは南アジアを活動拠点とする有名な過激派集団らしい。夏休みで、警備が手薄になった隙を見計らって、学園に残っていた非戦闘員たちを武力で制圧した。もちろん学園側にも最低限の防御システムが用意されてはいた。しかし一点には多勢に無勢、もう一点には学園の内部組織にテロリストのメンバーがかなり潜入していたようで、オセロの駒を返すようにテロリスト側が圧倒した。そして要塞にいた人間を人質にとった『槍』は数日後に記者会見をする声明をあげたと言う。
さすがのリョウたちも顔を青ざめた。何かの間違いだと思いたかったが、どのチャンネルを回してもこの事件に関する特別番組が組まれている。日本どころか全世界が注目する、本日のトップニュースなのだ。要塞学園は世界でも有数の軍事教育施設であり、保有する軍隊の総戦力をテロリストの手に渡してしまえばどれだけの国や地域が危険にさらされるのか予測さえ出来ない。
「くそっ」リョウが壁を殴った。「今すぐ学園に戻らなきゃ」
「お馬鹿。民間の飛行機なんてとっくに航空禁止になってるわよ。もちろん船も駄目。超危険なテロリストが目と鼻の先にいるのよ。今日中に対策委員会が立てられてぐずぐず言い始めるだろうけど、解決するまでは動けないでしょうね」
「でも……じゃあ、どうする!?」
「どうも出来ないわ。あたしたちは、このままここで、大人しくしているしかない」
リンコの言葉に、リョウは改めて愕然とした。
学園が占拠されて、なす術はない。じゃあ、何か?おれはただ呆然と、馬鹿みたいに
ここで待ってろっていうのか?学園には孤児院の皆がいる。アニーがいる。保育士長がいる。子供たちがいる。学園に残った生徒たちも大勢いる。粗野で乱暴な悪漢たちが、今この瞬間にも皆を蹂躙しようとしているかもしれない。こんな時に、おれはここで、ぬくぬくと安全なこの家でテレビ中継越しに見守ることしか出来ないって言うのか?
リョウは歯噛みして、それから頭をフル回転させる。何か解決の糸口はないか、何とかして彼らを守る方法はないかと、ごちゃごちゃに混乱した脳内を必死に探していく。だが結局、リョウの考えられる範囲ではテロリスト退治はおろか要塞学園までたどり着くことすらかなわない。もう、どうしようもないのだ。
絶望してうなだれるリョウの腕をマオが引っ張る。どうやら何かを伝えたいらしく、しきりにテレビと自分とを指差している。その必死な様子を、リョウは半ば放心状態で見つめていたが、ようやくピンと来た。
「ネーレーか!」
リョウは勢いよく立ち上がって叫んだ。突然元気になったリョウを見て、同時に彼の祖母が悲鳴を上げる。祖父とリンコも、何を言い出したのだという風にリョウを見つめている。ただマオだけは、ようやく自分の意図が伝わって満足そうに頷いている。
「つまり、こいつらはネーレー出身のテロリストで、マオちゃんは知り合いだって言いたいんだろ?」リョウの問いかけに、マオが何度も頷く。「そうか!よし、ようやくなんとかなりそうになってきたぞ!」
「ちょっと、待ちなさい。何もなんとかなりそうになんて、なってないわよ!マオちゃんがネーレー出身で、テロリストも同郷で、それで知り合いだったとしても現状は何も変わらない。問題は移動手段がないことと、向こうがとっても危険だっていうことなんだから。マオちゃんが知り合いだからってそれが何の役に立つのよ」
「それは……。そうだ、マオちゃんを録画したビデオレターを作って、彼らに馬鹿な真似はやめるように伝えられれば……」
「それをどうやって送るのよ、馬鹿ね。それによしんばそれを送れたとしても、向こうがまともに取り合うはずないじゃない。妄想も大概にしなさい」
その通りだ。実際のところ、マオちゃんが連中と知り合いだろうと親戚だろうと、何かが変わるわけじゃないのだ。少なくとも移動手段を何とかしないことには、話はまったく進展しない……。
再びガックリと肩を落としたリョウの腕を、再びマオが引っ張った。なんだ、とリョウが顔を向けると、なんとマオはいきなり服の胸元を開け始めた。よく考えればリョウは以前マオと二人で風呂に入っているのだから別段気にすることはないはずなのだが、あまりに唐突だったこととリンコがリョウを「ロリコン!ロリコン!」と騒ぎ立ててゲンコツを乱れ打ったことで、彼もまたしどろもどろになってしまった。
マオの手には、彼女のネームプレートが握られていた。そして今度はリンコに向かってボディランゲージを始めた。プレートとリンコの右目を交互に指差す。この動作を何度も繰り返すうちに、リンコははっとして前髪を上げた。隠れていたのはもちろん、銀色に光る機械虫の右目だ。リンコはすぐさま、マオの背中をスキャンし始める。
「……これは……中に文字が刻まれてる……電話番号……?」
リョウが「は?」と声を上げて戸惑いを露にすると、リンコは「ちょっとごめんね」と断って、マオの持つプレートを引っかき始めた。何度か爪を上下させるうちに、薄いプレートが中心から二枚に割れた。手に取ってみると、中に書かれていたのは確かにに電話番号だった。
リョウはちらっとマオの顔をうかがって、それからすぐに電話をかける。もちろん、出る相手など知る由もない。しかし今は事態を変えうる可能性がコンマ一パーセントでもあるならば、行動しないわけにはいかないのだ。
……コールが長い。電話の近くに誰もいないのか、それとも居留守を使われているのか。誰なのか知らんが、とにかくこっちは他に何も当てがないんだ。頼むから出てくれ。
「誰だ」
ようやく電話から声が聞こえて、リョウは一瞬胸を撫で下ろした。しかし、緊張を解くことは出来ない。まだ誰が出ているのかさえわからないのだ。とりあえず相手は男性で、英語を使っているから、とりあえず言葉が通じる点だけは心配する必要はない。
何を話すにしても要領を得る自身がなかったリョウは、とりあえずマオのネームプレートにあった電話番号にかけたのだと伝えた。そして、自分は今テロに襲撃されている要塞学園の一員であり、事件解決の糸口を探していることを、順を追って語っていく。正直に言えば、リョウは自分が何を喋っているのか半分わからない状態になっていた。しかし、ここで話さないわけにはいかない。
しばらくの間、男はリョウの話を黙って聞いていた。意味のわからない要求の羅列に戸惑っていたのかもしれない。
「それで、お前は何のために電話をよこしたんだ」ようやく男が口を開いた。「お前の言いたいことはわかった。つまりお前らの学園にいるテロリストたちを何とかしたい。今第一に必要なのは、学園への移動手段ってわけだろ」
「そうだ」
「……おれがわからないのは、前半分だ。お前たちはあのテロリストをどうしたいんだ?話し合いたいのか?逮捕したいのか?殺したいのか?それともやつらに捕まってる連中を取り戻したいのか?何をしたいのかを教えてくれない限り、協力することは出来ない。この番号を知ってるってことは、うちの娘がそっちにいるんだろう。どうしてそうなったのかは知らんがね。まだ生きてるのか?」
「生きてる。元気いっぱいだ。ただ、いろいろあって口が利けなくなってるから、声を聞かせることは出来ないんだが……」
「いいさ。生きてるだけで十二分。こっちはとっくに死んだものと思ってたんだ。……娘が説明出来ないってんなら、おれが言おう。この番号はお前らがなんとかしたいと言っている例のテロリスト〝王国の槍〟の電話番号だ。おっと、勘違いするなよ。今問題になってる連中とはとっくに仲違いして、今は〝復権の翼〟と名乗っている。おれたちが犯人ってわけじゃあない。……だが、お前が欲しいものならなんであれくれてやることは出来るぜ。なんせ、今まで娘の面倒を見てくれてた恩があるし、おれたちも〝槍〟のやり方には反対だからな。飛行機なり武器なり、用意してやる」
男の言葉にリョウは仰天して、テレビに映る犯行グループとマオの顔を見比べる。まさか電話をしている相手がマオの父親で、しかもテロリストと関係していたなんて、誰が予想出来ただろう。さらに混乱し始めたリョウは、もう祖父母やリンコに説明出来る気がしない。
「だがな、さっきも言った通り、何がしたいのかもわからないやつに付き合う気はない。その話に関わっちまえば、おれたちだって命を張ることになるんだ。ガキのおねだりに付き合って死ぬのなんて、まっぴらゴメンだ」
リョウはぐうの音も出なかった。実際のところ、リョウは何をしたいのか明確に決められていない。ただ、テロリストが何か悪いことをしているから、それを平穏無事だった状態に戻したい、捕まった仲間たちを助けたい、という思いだけが先行していて、実体を伴っていないのだ。
何と答えているか決めかねているリョウに、リンコが声をかけてテレビを見るように促した。リョウは戦慄して、思わず受話器を落としそうになる。
テレビには上空からの要塞の中継映像が流れていた。レポーターが必死の形相で、現場の状況を伝えている。そしてヘリコプターの上からズームしているカメラの先には、訓練の日から行方知れずになっていたサムの姿があった。しかも、捕まっているという風ではなく、テロリスト側の人間のように振舞っている。しばらくして、テロリストの攻撃によるヘリコプターの墜落とともに、映像は中断された。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。また後で連絡する」
「……だったら、きっかり三十分後だ。それ以外は出ない。いいな」
「わかった。じゃあ三十分後に」
リョウは電話を切って、全員に会話の内容を説明した。マオ以外の三人とも、驚きを隠せない。今までマオを可愛がっていたリョウの祖母など、呆けたような顔になってマオを見つめている。一方、マオは自分の手柄と言わんばかりに得意げな表情だ。
それからリョウは、自分の考えを話した。リョウとしては、要塞にいる仲間を助けたいと思う気持ちが何よりも強い。そしてそこに行方をくらましていたサムが関わっているとなれば、外野としてただ見物していることなど出来やしない。都合よく、マオの父親は手伝ってもいいと言っている。そこにある問題は、リョウたちの目的が何なのかをはっきり伝えることだけだ。
「おれは」リョウは一つ深呼吸をして言う。「おれは、おれの大好きな皆を助けたい。孤児院の皆、学園の皆、そしてサム。全員を助けたい。テロリストを倒したいとか、連中に恨みがあるとか、そういうわけじゃない」
「じゃあどうするの?」
「要塞に乗り込んで、捕まっている人たちを解放する。それが第一目標だ。奪還完了後に要塞から逃げてもらう。それから先は、おれ一人でいい。おれ一人で、サムの所へ行く」
そう言ってのけたリョウに、ため息をついたのはマオとリンコだ。決意を明かしたつもりだったリョウは、不可解な二人の反応に戸惑った。
「あんたねえ、昨日のこと何も覚えてないんじゃないの。一人で背負い込むなって言ったでしょ。あたしたちが力を貸すって言ったじゃない」
「でも、付き合うことはない。物凄く危険だ」
「だ・か・ら、一緒に行くんでしょ。機兵化も出来ないあんたが行ったところで、何をどうすることも出来やしないわ。あたしがついてくのが一番いいの。むしろあんたが帰ったほうがいいわ」
「そんなこと、出来るわけないだろ!」
「じゃあ一緒に行って、一緒に帰ってきましょう」
見事に言いくるめられてしまって、リョウは否定する言葉も見つけられない。リンコの言う通り、二人で行ったほうが絶対にいいに決まっている。可能な作戦やアクションの幅が広がるために、危険も生還率も段違いなのだ。
それならば仕方がない、三十分後にそのように話そうとリョウが決めかけたところで、否定の意見が上がった。意見の主はリョウの祖母だ。
「待ちなさい。そんな勝手なこと、許しませんよ」リョウの祖母は立ち上がると、リョウたち三人をにらみつける。普段は絶対に見ることの出来ない顔だ。「あなたたちは自分の命を何だと思っているの。そんな危険なことをさせられるわけがないでしょう。事件のほとぼりが冷めるまで、ずっとこの家にいてもらいます。出なければ警察を呼びますよ。マオちゃんのペンダントの秘密を教えれば、すぐにでも飛んでくるでしょう」
予想外だった。まさか、おばあちゃんが大反対だなんて。
リョウは何度も頭を下げたが、祖母はリョウの言うことなどまるで聞く気がない。考えてみれば、こんな計画は普通の家庭であれば許されるはずがない。ほとんどの日々を要塞学園で過ごしてきたリョウとリンコは、一般人と感覚がずれていたのだ。そのことを今、リョウは痛感していた。
「やめなさい!」
いきなり大声を出した祖父に、室内の全員に加えリョウタまでが飛び上がった。そして祖父はリョウタの首根っこをつかむと、祖母の懐めがけて放った。
すると驚くべきことに、それまでヒステリーのようだった祖母がリョウタを渡された途端、言いたいことがあるのに言えない、というような動作をして結局押し黙ってしまった。祖父の迫力に圧倒されたのかとリョウは一瞬考えたが、祖母の様子を見るにどうも違うらしい。つまるところ、何が起こったのかリョウたちにはわからなかったのだが、おかげでネーレー行きが決定した。
マオの父親に連絡して、本日中に中国を経由してネーレーまで行くことになった。今回は旅行のつもりだったからリョウたちは何も荷物を持っておらず、必要なのはパスカードとこれからの活動に向けた意気込みぐらいのものだ。すぐに用意を終えて、最寄の空港から中国行きの便が出るまでのしばらくの間は家で待機することにした。
その間に必要だったのは、自分も行くと宣言するマオをリョウの実家で待つようになだめすかすことだった。マオの父親が提示した唯一の条件が「娘を危険に巻き込まない」というものだ。考えてみれば当然で、十歳にも満たないだろうマオを戦地へと連れて行くことなど到底出来ない。リョウもリンコも甚だ同意することだ。結局、空港までは一緒についてくるということで妥協させた。
「時間だ。そろそろ行こうか」
リョウの祖父が、時計代わりにつけていたテレビを消しながら言う。テレビ好きの祖母は少し不満そうな顔をしたが、口には出さなかった。画面には件のテロリスト関連の報道を神妙な顔で伝える美人アナウンサーが映っていたが、続報がないらしく同じ映像ばかり何度も流していて、正直リョウも辟易していた。
早くこの目で見て、真実を確かめたい。学園の皆は無事なのか。サム、お前がなんでそこにいるのか。あの訓練の日、いったいどこへ消えたのか。そのテロリストたちは何を目的にそんなことをしているのか。全部知りたい。
リョウは強い決意を胸に、靴紐をきつく縛る。隣にいるリンコの顔にも、気合が入っているように見える。当然、自分の顔もそうでなければ困る、とリョウは顔に力を入れた。
そうしてリョウたちがいざ出発しようというところで、リョウの祖母が口を開いた。
「こんなことを言うのは、ひょっとしてリョウちゃんのやる気を削いでしまうかも知れないけど」祖母は前置きして、腕の中のリョウタを軽く持ち上げた。「このリョウタの名前はリョウちゃん、あなたから取った名前なの。あなたが昔、要塞の寮に入ると決めた時、あたしたちはもうリョウはいないんだ、リョウは死んだ、帰ってこないんだって思うことにしたの。それで代わりに、このリョウタを飼い始めたのよ。……だから、リョウタを先月拾ったなんていうのは嘘」
祖母は泣きそうな顔をしている。初めて聞いた祖母の本心に、リョウはショックを受けた。両親を亡くしてから少なからず祖父母を敬ってきたつもりが、実は自分の知らないところで悲しませていたなどと、微塵も考えたことがなかった。
「違うのよ。決して、哀れんで欲しいとか、おばあちゃんたちを気にして欲しいと言ってるわけじゃないの。ただ、うちにはリョウタがいる。リョウちゃんを飼い猫みたいに、いつまでも家の中に閉じ込めておかないように、リョウタが代わりにあたしたちの相手をしてくれる。だから、リョウちゃんは思う存分、自分のやりたいように生きてちょうだい。お父さんとお母さんの分も。後悔のないようにね」
祖母はそう言うと、リョウの返事を待たずに家の中へと引っ込んでしまった。追いかけようとするリョウの袖をリンコがつかみ、無言で首を振る。そしてリョウは思い直して、そのまま家を後にした。
空港へ向かう車内は誰も口を開かず、ただラジオだけがテロ事件の緊急特番を淡々と流していた。祖父をはじめ、誰もが息を殺したように車外の風景を見ている。一月前に通った時と何も変わっていないはずが、リョウの目には違って見える。きっと、リンコとマオも同じはずだ、とリョウは勝手に思う。そして空港に着くまでの時間は、リョウが思ったよりずっとずっと短かった。
空港に着くと、リョウとリンコだけが下車した。マオはリョウの祖父と一緒に、ここで帰ることになる。何を喋るでもなかった往路で果たしてマオが納得出来たのか、リョウにはまるで見当がつかない。本心では彼女も郷里へ行きたくて堪らないはずなのだ。
リョウは恐る恐る、マオの顔を覗いた。心配そうな顔と言ってしまえばそれまでだが、悔しさと恐怖と諦めが詰まって、結果として一つの表情に収まっているかのようだ。リョウ自身、彼女の実家に行くというのに本人を置いて行くことには、若干の申し訳なさを感じていた。
「ごめんな、マオちゃん。……またいつか、確実に安全な時に、マオちゃんが帰れるようにするから。そうだ、アニー先生に頼んで、今度はマオちゃんの実家のほうへ旅行出来るように頼んでみるよ」
リョウの言葉に、マオは恨めしさを露にしてリョウをにらみつける。それにひるんだリョウのわき腹を、リンコがひじで突いた。リンコも明らかに、怒っている顔である。
違う、そうじゃない。マオちゃんが喋れなくても、彼女が今言いたいことぐらいわかる。わかるさ。マオちゃんは、自分が家に帰りたいわけでもないし、父親や知人のテロリスト集団を気にかけているわけじゃない。ただ、おれのことを心配しているんだ。
「……適当なこと言ってごめん」リョウは謝ると、マオの頭をくしゃくしゃとなでる。「大丈夫、こう見えておれも傭兵コースじゃあ結構やるほうだし、リンコはさらに上だ。向こうに行けばマオちゃんのお父さんたちもいるし、死にやしないよ。……だから、うちで待っててくれ。絶対、無事に帰ってくるから」
それでもなお悲しそうにうつむくマオを、リョウはぎゅっと抱きしめて、高い高いをする。暗い顔をしていたマオが一瞬、驚きの表情になり、それから笑顔になって頷いた。目には涙を浮かべているが、なんとか納得してもらえたらしく、リョウは安堵した。そしてすぐに祖父とマオは車に乗って、祖母の待つ家へと帰っていった。
中国行きの便が来るまで、後十五分ほどだ。