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1-59夢想

 部屋を去っていくカルアとマシロの姿を確認し、ブブリはマロンを抱きしめながら話し始める。


「あの短剣はカルアに渡してある。そこの箱にはヨーグが残していった道具が入っている。マロンが旅立つ時に渡してほしいと言っていたよ。あいつが想定していたタイミングかどうかはわからないが、渡す時は今なんだと思う」

「お父さん、今までありがとう」

「今生の別れでもあるまいし。どこに行ってもお前は俺の娘だ」


 ブブリはしばらく抱きしめたままマロンの頭を子どもをあやす様に撫でるが、意を決して肩を掴みながら目を見つめる。


「もし俺に何かが起こっても、決して戻ってきてはいけない。シュテルンハームで幸せに暮らすんだぞ。今までつらい思いをしていた分、お前には幸せになる権利が――」


 マロンは背伸びをしてブブリに口づけをする。

 ブブリは何が起こったか分からない様子でマロンを見る。


「お父さん、私はもう大丈夫。強くなるから。もう誰も失いたくない。絶対に守るから」


 走り去っていくマロンを呆然と見送り、そしてブブリは窓からのぞく太陽を見上げる。


「ヨーグ、じゃじゃ馬を見守っていてくれ。頼む」


 太陽の光はその呟きを受け止め返事をしたのか、箱の中にあるヨーグ愛用の腕輪を光らせた。




 木漏れ日を反射させながら小さい金狼は森を走り続ける。

 事の次第を彼の主へ伝えるために。

 草木が生い茂るようになると、狼の姿は次第に変化し、かなり大きい蝶のような姿に変わった。

 緑色の長い髪を翼のようにはためかせて器用に樹木を避けて飛んでいく。

 家屋が崩れ、人気のない朽ち果てた空き地へとたどり着く。

 その中心にそびえ立つ不自然なほど目立つ大樹に手を当て魔力を込める。

 一瞬だけ視界が白くなり、エイシェントエルフが隠れ住む場所へと転移する。


「ご主人サマ~ただいま帰りましたッス。姫様は無事にお目覚めになったッスよ。時期にこちらへ来ると思うッス」

「アルビンご苦労様。して騎士殿の様子はいかがかな?」

「そちらも無事に適応したみたいッス。開花するには時間がかかりそうッスけど」


 木妖精のアルビンは契約主であるアデレートから好物の魚を受け取り頬張り始める。

 アデレートは端正な顔立ちを更に輝かせる笑みを浮かべながらその様子を眺める。

 しかし思考は来るべき未来を見据えている。


「ふむふむ。出だしは好調のようだね。後はバカ兄貴の依代とほっつき歩いている根性無しか。アルビン、バカ兄貴に伝言を頼んでいいかな?いい加減に腹くくれって」

「了解ッス」


 アルビンは半分ほど残った魚を宙に投げ一気に飲み込むと再び飛び去って行く。

 アデレートは風になびく緑色の髪をかき上げながら空を見上げつぶやく。


「俺もお前も覚悟を決めなきゃなんねーぞ?何やってんだよヘタレ騎士」


 アデレートの視線の先には過ぎ去った日常が映っていた。




 シュテルンハーム勢と共に村の復旧に尽力していたライオノットは、頃合いを見てベルドのもとへと赴く。

 軍は警戒を怠らず隊列を組み、あちこちに斥候を放っている。

 無駄な労力は避けるべきと森への斥候中止を進言する。


「妖狼族は血の気を抑えるため狩りに出ました。危害を加えるつもりはないようですし放っておきましょう」

「面妖なことを。なぜ言い切れる?」


 ライオノットは視線をそらし適当な言葉が見当たらず困ったように頬をかく。

 ベルドは察して深く追及はしない。


「まぁよい。私は魔術に疎い。貴殿がそう申すのならそうしよう」


 近くにいた兵士に伝令を指示しライオノットと共に村を出る。

 向かう先は平原にあるシュテルンハームの幕舎だ。


「オーランド様は何故参られたのでしょうか?」

「表向きは亡命者の誘導とカルア殿の身柄確保。裏は友人の救出と戦争への口実を無くすためだ」

「軍勢がここまで入り込んだ時点で侵攻と見なされてもおかしくないのでは?」

「ヘルスゴニアを含め近隣諸国にはヘルスゴニア民の救助活動と触れを出している。何とかなろう」


 話の合間にも立て続けに報告があがる。

 ベルドは滞りなく指示を出す。

 ライオノットはその行動に奇妙な違和感を覚えつつも態度には出さない。


「ベルド様はこの後いかがなさるおつもりで?早々にカルアを連れてカエイオスへ戻りられますか?」

「ここまで大事になってしまった以上放っておくわけにはいくまい。オーランド様をお待ちする間に出来ることは山ほどあるぞ」

「そのような状況にも関わらず誠に申し訳ございませんがご相談したいことがございまして――」


 心苦しく思っていたライオノットの気持ちを気にも留めず、ベルドはヘルスゴニア国防軍の対応を承諾した。

 ベルドは既に対応は考えていたらしく、都合よい筋書きの証拠固めを行っている。


 ――


 ヘルスゴニア国内で起こった暴動によりシュテルンハームへ難民が流れ着く。

 難民による情報とシュテルンハーム兵による調査により一部の国防軍(強硬派)がクーデターを起こしたことが判明。

 シュテルンハーム兵の難民救出拠点とするべくカエイオスに到着した時には、レキ、ケケ、ゴウジ、ジオタールの四人を主犯とした暴動が既に行われていた。

 ベルドらシュテルンハーム兵はこの暴動を抑えようとしていたカルア達を救うべく止む無く交戦に入り暴動を鎮圧。

 レキが強硬派の一人であることが判明し、武装解除をしたうえで国防軍をヘルスゴニア王宮へと連行する。

 オーランドら主力部隊はスニークの救出と王宮内に残っている強硬派を一掃すべく突入。

 スニークを矢面に立たせクーデターを鎮圧し、これを契機に両国の国交を正常化させる。


「――全てはスニーク殿を無事に救い出さなければ始まらない。そしてスニーク殿が無事であればヘルスゴニア王も無事のはず。王が無事であれば強硬派を犠牲にして民衆の支持を高めることも可能であろう」

「あまりやりすぎると内政干渉と騒がれそうですね」

「だからこそのスニーク殿だ。王の側近である近衛長の友人が助力を申し出ているに過ぎない。既に襲われた当事者でもあるし言い逃れは何とでもなろう」


 話の間にオーランドからの伝令が届きベルドは駆け出す。

 ライオノットは合流したい気持ちを押しのけカエイオスへと戻っていった。

 すっきりしない感情のまま、その胸に一抹の不安を抱えながら。

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