序章
ネットの動画サイト、そこである一つの動画が注目されていた。
その動画は意味深な字幕を合わせた動画サイトでも有名なシリーズと言う事でつぶやきサイトでも話題となっているのだが――。
一部は権利者削除になるケースも少なくないだろうが、この動画は削除される事無く残っている為、その辺りはクリアしているのだろう。
その動画の出だしはある兵士の語りで始まる部分に衝撃的な字幕が挿入されている。
『アイドルは変わってしまった』
この字幕を見た視聴者は衝撃を受ける一方で、いつの時代の話と笑う者もいた。
超有名アイドル商法を巡る争いは日常茶飯事、それも炎上マーケティングが疑われる位の規模で発生しているのは周知の話。
その前提話を踏まえたとしても、衝撃を受ける視聴者は存在していたのだ。
笑う視聴者は一連の事件を知らないか、それこそ芸能事務所から報酬を受け取っている――炎上マーケティング担当のフラッシュモブである可能性も否定できない。
『戦争は変わってしまった』
これが実際の台詞であり、言語は日本語のようだ。英語の映画作品に別の字幕を淹れるケースも存在するが、それを踏まえると異質の存在だろう。
逆に、海外作品以外の作品で字幕を入れた事が評価されているとも言える。
アイドルは変わってしまった。
皆の憧れでもない、子供がなりたいと思う様な職業でもない。
金の力で手に入れた偽りの名声、そのアイドルをゴリ押ししようとするアイドル投資家によるリアル炎上合戦――。
気が付けばアイドルという単語だけが独り歩きしている状況になっていた。それは、株式投資とも言える状況である。
まるで、アイドルと言う単語で金もうけをしようとする者、タダ乗り宣伝をする者――様々いるのは間違いない。
アイドルは変わってしまった。
リアルで発生した通り魔事件、それによってリアルのアイドルは日本での芸能活動を大幅に制限された。
ARという拡張現実を使用したバーチャルアイドル、誰でもシステムを導入すればアイドルをプロデュースできる、アイドルプロデュースが上手くいけばリアルマネーを手にする事も出来る。
気が付けば、アイドルは一昔に流行したアイドル育成ゲームとなっていた。2次元のアイドルが、リアルのアイドルの役割を奪っていたのである。
しかし、こうしたシステムでのアイドルがアイドルと日本で本格的に認められた訳ではない。相変わらずの超有名アイドル無双は続く。
一部の芸能事務所のみが莫大な利益を得る――そのようなシステムが認められて良いはずがない。このシステムが海外の批判を受けるのは想像に難くない。
アイドルは変わってしまった。
気が付けば、人類は流血のシナリオを回避し、平和への道を模索している。戦争と言う物は歴史の教科書のお題目だけの物となった。
それらは一部のアイドル投資家による根回しとも言える状況――偽りの平和に過ぎないと周辺諸国は愚痴をこぼしている。
しかし、周辺諸国の領土問題や民族間紛争と言った案件も、日本ではさほど話題となる事はなかったと言う。
それだけ、一連の話題を沈めてしまった超有名アイドルの存在は――周辺諸国が恐れる程の物となっていたのである。
まるで――それは日本が本来持つべきではない兵器を手にしたと言わんとしているような状況。それを別の単語で例えようと言う事は、あえてしていない。
超有名アイドルが海外へ輸出され始め、やがて戦争と言えば超有名アイドル同士のステージバトルとまで言われるほどに意識は変化していった。
日本としてはコンテンツの海外進出という名目だが、周辺諸国ではそう認識はされていない。
この考え方は非常に危険であり、ある国は禁酒法の様な物を必要と感じ、別のある国はアイドル投資家に自国の株式等を購入出来ないようにする法案の整備を急いだという。
アイドルは変わってしまった。
日本の誇れるコンテンツなどと呼ばれていたのは過去の話となっている。
今のアイドルグループは、芸能事務所の税金対策と言わんばかりの――。
過去の時代からは嘘と思えるような退化をしていると言っても過言ではない。
複数の芸能事務所が切磋琢磨したような時代は終わりを告げ、特定の芸能事務所のみがアイドルと名乗る事を許される――そうした時代へと変わり果てていた。
自分には残された事があった。
アカシックレコードに書かれている超有名アイドルに関する記述、あれらの記述は決して予言者ではない。
それを完全否定する為にも――あのゲームをプレイしなくてはいけなかった。
アカシックレコードが予言書ではない事はネット上で少数派である。
アカシックレコードに依存するようなネット上の風を――変えなくてはいけない。
人の意見に流されるような風潮を変えなくてはいけないのだ。
動画は、ここで終了し、その時間は10分以上――ショートアニメと言われる部類よりも若干長い程度か。
シーンの中には武器を持って別の兵士と戦うシーンなども含まれていた。これらのシーンはAという作品とBと言う作品の合成ではない。
率直に言えば、編集なしの一本のPVに字幕を載せた物だったのだ。
ネット上で話題になった動画の一つに嘘字幕と言う物がある。動画で使用されていたメッセージは、その嘘字幕と呼ばれる手法で作られた。
これ自体は有名なテンプレを改造した物なのだが、あまりにも動画とシンクロしていた事もあり、これが本当の字幕と勘違いする視聴者もいた位である。
嘘字幕に関しては有名な作品もあるだろう。敢えて日本語のゲーム作品を題材にする必要性はあったのか?
今回の嘘字幕動画の元となったのは、あるFPSゲームだった。
その内容としては戦争物と言える物だが、解釈的には架空戦記とも言えるかもしれない。それ程に、フィクションとノンフィクションを織り交ぜた作品だからだ。
実際、今回の嘘字幕は主人公と思わしき人物の語りとも言える部分であり、世界情勢を語っている部分でもある。
そして、主人公である彼は変わってしまった時代の波に逆らうのか――それは、今回の嘘字幕には関係がないのだろう。
『戦争は変わってしまった』
これがアイドルに差し替わるだけで、意味合いは大きく変わっていく。まるで、アイドルファンが暴徒と化したかのように武器を持ち、他の勢力を武力で――。
さすがに、そこまでの思想は考えすぎかもしれないが、超有名アイドルが残した傷痕はニュースで報道されているような物よりも悪化しており、海外で報道されないのが嘘な位の惨状だった。
この動画を作成した投稿者の名前は天龍と書かれていた。ただし、ハンドルネームであって本名ではない可能性が高い。
それに、この名前は戦艦に使用されていた天龍が由来とは限らないが――動画の紹介文には、それを思わせる文章も添えられている。
【このメッセージを、日本が超有名アイドルに支配されたディストピアであると思いこんでいる人たちへ捧ぐ】
紹介文は天龍の名前の由来以外には、元の動画となったPVのアドレス等もあったが、特に詳しい内容は触れられていない。
最後に書かれていた一文も、一般視聴者にとっては意味不明と言われてもおかしくはなかった。
西暦2018年3月、シティフィールドと呼ばれるARパルクールがロケテストを行っている頃、ネット上では一つの案件が議論されていた。
その案件とは、超有名アイドル税とも言えるような物である。分かりやすく言えば、超有名アイドルファンは税金を全て免除される物だ。
最初は一種のネタや炎上を面白がるユーザーによる事件と思われていたが、そう思わせるには内容が具体的過ぎる事、仕込みと言うには手抜き箇所が見当たらない等の部分が見受けられる。
「シティフィールドの一件とは違いますが、ある政治家が我々の懸念する案件を起こそうと――」
ある会議室では、複数のタブレット端末が電機店のように陳列され、それが会議室の配置されたテーブルに――というシュールな光景があった。
端末の画面は会議室の中心にあるサーバーに向けられており、まるでSFアニメであったような光景を思わせる。
「その案件は放置できないが、我々が手を下すまでもない」
タブレットの画面は全て『SOUNDONLY』であり、人物の顔は表示されていなかった。プライベート保護の為でなく、これが一種の秘密会議である事を意味する。
「最低でも、我々が本格的に動くのはARガジェットが軍事転用され、それによって日本に人的被害が出ると断定された時だ」
「今まで軍事転用されようとした案件は、ざっとしらべただけでも100件以上だが――実行された試しはない」
「しかし、絶対に起きないとは限らない。だからこそ、我々がいるのでは?」
音声の方は全員がボイスチェンジャーで声を変えており、性別も判別不能である。これが秘密会議の由来だろうか。
「それでも、我々がARゲームに手を下せば――経済的にも大打撃を与え、それこそ超有名アイドルが無尽蔵の利益を得るようなシステムが再び確立される」
「ヘイムダルはリアルチートの集まりではないだろう?」
「所持しているARガジェットも市販品のカスタマイズ、ロケテスト版や最新盤と比べると能力は安定しているが、スペックノートは――」
会議はエキサイトしていき、収拾がつかない状況になっていく。その状況に両手を叩いて静粛を求めたのは、野戦服に軍帽という外見の女性だった。
彼女の身長は170近くだが、彼女の外見を会議参加者が目撃する事は出来ない。会議のセッティングをしたのは彼女の為、議長の意見に従うのは絶対であり――。
『今回の案件、我々ヘイムダルとしては様子を見る事にします。既に別の勢力が反応し、手を下すような姿勢も見せているようですので』
彼女の声もボイスチェンジャーで音声が変化しているが、会議参加者のボイスチェンジャーは彼女以上に変化しているのが分かる証拠でもあった。
「しかし、大和――」
「我々はARゲームの安定を願う、それこそが真の目的。政治家や投資家の私利私欲でARゲームが悪用されるのを黙って――」
周囲の声もヒートアップしていき、収拾がつかない状況になりつつあった。そして、大和と呼ばれた女性の取った行動、それは一部のタブレット端末を強制遮断する。
『我々は今回の案件に関して様子見をする。それ以上の事を決める必要性はないでしょう。反論がある場合は個別で回線遮断を行いますが、どうしますか?』
大和の方は本気だった。こうした強行手段は取りたくないのだが、従わないのであればやむを得ない。それがヘイムダルの掟でもある。
『今は動かないだけです。彼らが対処できなければ、潜入部隊の派遣も行う方向で調整しますので――今回は、これで閉会とします』
再び大和は両手を叩き、その後にタブレット端末の回線を切る。機密漏えいを防ぐ為、会話内容は大和が独自で細んしているが、会議参加者にはログが残らない。
会議は1時間以上にのぼり、気が付けば午後1時に近い時間になっていた。大和の方もお昼がまだだったが、コンビニやファストフード店に行く余裕があるかと言われると――それも微妙だ。
「アキバガーディアン、彼らでも超有名アイドルが賢者の石を思わせる投資術を扱える理由は――」
大和は個人でインターネットに接続しているタブレット端末を見て、ふとつぶやく。
タブレット画面にはアキバガーディアンがARゲームの流通に関して提案を出した事を伝えるニュース記事が表示されていた。