彼方へ消えたあの羽根のかすれる音を忘れてしまえば僕はもうきっと
僕には羽があったって。
そんなことも忘れてしまったのは。
*
授業の予習を隅々までやる一方で、進路希望調査票は見なかったふりをしてゴミ箱に捨てた。
進む先に希望があるとはどうしても思えない――、なんて、そんなに絶望的な考えの下で行動しているわけではないけれど、未来に待ち受ける幸せも不幸せも、僕にはどうにもふわふわして思えて、希望という言葉ですら表すことができなかったから。
けれど無計画な先送りが許されるほど、ひとりきりで生きているわけでもなかった。
「戸倉。進路調査出してないのお前だけだぞ」
「はあ……」
放課後の英語科職員室。狭い部屋に呼び出されて担任と向かい合っていた。横には別の学年を担当する英語教員がこちらを横目で見ながら小テストの採点をしている。コーヒーの濃い香りが部屋中に満ちていた。
「用紙持ってるか?」
「いえ」
「んじゃこれに今書いちゃえよ」
と言われて手渡された進路希望調査票(二枚目)。少しよれたそれの、『第一希望』から『第三希望』までの空欄を見つめながら、僕は尋ねる。
「全部『未定』で埋めていいですか?」
担任はその言葉に少し驚いた顔をして。
「いや、どこの大学受けるとかくらい決まってるだろ? 何となくでいいんだよ」
「いえ、全然」
「もう三年の春だぞ?」
「でも願書の提出は冬ですよね」
「まあそりゃそうだけど……」
うーん、と担任は困ったように頭をかいた。困らせてしまって申し訳ない。が、実際のところ何も決めていないんだから書きようもない。
「なんだ、戸倉。進路の悩みとかあるのか?」
気遣うような口調に、素直に伝える。
「全然イメージつかなくて」
自分に未来があるってことが。
担任は困ったように眉間に皺を寄せながら、唸るようにして言う。
「まあー……、実際そうだよな。俺も学生の頃はそんなもんだったしなあ……」
担任は顎髭をぞりぞりと撫でつける。それから、ちょっと極端な感じにパッと顔色を明るくして。
「ま、そんな深く考えんなよ。大学入ってからでもどうとでもなるし、とにかくやってみりゃいいさ」
とにかくやる。何を、と。そう思ったけれど、これ以上深く尋ねて、突然人生相談を始めてしまっても申し訳ないので、ここで切り上げることにした。
「じゃあ、とりあえず学力順に上から三つでいいですか」
「おう。後はこっちの方で処理しとくから」
第一志望を書いて、第二希望にはそれと別の学部名だけ。第三希望にはさらに別の学部名。それだけ終えて、お願いします、と一言残して職員室を後にする。
がらり、と。
扉を開けた先で目の前に人が立っていたので驚いて、半歩下がった。相手も同じように目を見開いて下がる。ノートと教科書を抱えた生徒。わざわざこんな近くで待ってなくてもいいのに。
頭を軽く下げて横を抜けようとして。
「ねえ」
と止められた。
何かな、と思ってよくよく顔を見てみたら知ってる人だった。去年のクラスメイト。確か名前は……、国木さん。全然接点はなかったからうろ覚えだ。
「何してたの」
「え、あー、進路調査」
唐突な問いかけに戸惑いながら答えると、彼女は何となく不機嫌そうな顔で続けて問いを重ねる。
「どこ行くの」
率直な質問に対する率直な答えが僕の中にはなかったので、苦笑して誤魔化す。
「あんまり決めてないかな。行けるとこ行くって感じ」
「ふうん、そう」
どいて、と手の甲を振ってジェスチャーされたので大人しく脇へずれる。マイペースな人だな、と今更思った。
とりあえずこれで今日の用事は終了。あとはゆっくり――、とその場を後にしようとしたところで。
「あ」
「うわっ!」
いきなり背中から脇腹をつつかれて飛び跳ねた。咄嗟に後ろを見ると、さっきの彼女が指を二本立ててじっとこちらを見ている。
その指先には白いものが挟み込まれている。
羽根だ。
「ついてた」
「あ、ああ……。ありがとう」
ずい、と突きつけられたそれを、僕も指先で受け取る。しかし彼女はそれで引き下がらずに、じろじろと僕の顔を見つめてくる。
「何?」
「……馬鹿みたい」
ふい、と。それだけ言い残して、国木さんは踵を返して職員室へ去って行ってしまった。
あんな人だったんだ、とちょっと驚いた。
それから、渡された大きめの羽根をじっと見つめて考える。
どこでこんなのがついたんだろう。
*
誰もいない場所が好きだ。自分の部屋も好きだけれど、どちらかというと外の方が特に。そしてこの学校の中にも、誰も来ない部屋というものが存在している。
特別棟五階の天文部室。特別棟の五階というよりも屋上と言った方がいいような位置取りの小部屋。職員室で借りたキーを鍵穴に押し込んで回す。スライド戸を開ければ中は西日が射しこんで、部屋の埃がきらめいて露わになる。とりあえずは電気をつけて、それから窓を開けて換気だ。
天文部の部員は僕しかいない。まず入学した時点で部員がゼロ人。そこに僕が入ってひとり。それから一切新入部員の勧誘をしていないので追加がゼロ人。
もともと学校に自分だけの部屋が欲しくて入った部活だ。特にこの学校の文化部は活動内容に期待されているわけでもないし、たまに『どうだ?』と聞かれたときに『夜になると星が綺麗ですね』とか言っておけば問題ない。部屋の隅の埃をかぶった観測器具なんかを気が向いたときに掃除でもしておけばおつりがくる。
まあ今日はそんなことやる気がしないんだけれど。
パイプ椅子に座って外を見る。放課後の空はまだ日が暮れているわけでもないのに、どことなく一日の終わりを告げている。
特にやることがあるわけでもないし、明日の古文の予習でもするか、と足元に置いた鞄に手を伸ばしたところで。
こんこん、と部室の戸が叩かれた。
「はい、どうぞ」
珍しい来客に驚きながらも声をかけると、がらりと戸が開けられる。
国木さんだった。
「えーっと、何かな」
「ん」
この部屋に彼女が訪れる理由にまるで思い当たらず戸惑っていると、国木さんがプリントを渡してきた。中身を見てみると、夏期講習の案内だった。一部の特定大学志望者のために開かれる特別講座。
「先生が渡せって」
「ああ、うん。ありがとう」
頷いて鞄から取り出したクリアファイルに挟み込んでおく。
それで彼女の用件は終わりだと思って、どもども、という態度で見送ろうとしたのだけれど、彼女は僕の手元のクリアファイルを見つめたままじっと動かない。
「……えっと?」
「それ」
彼女はクリアファイルを、というよりもおそらく先ほど渡されたプリントを指さして。
「行くの?」
「たぶん行かないけど」
「なんで?」
「なんでって言われてもな」
行く気がしないから。言ってしまえばそれだけのことだけれど、そのまま言葉にしても素っ気ない態度に取られてしまいそうだ。少し遠回りに話を膨らませようとして、
「国木さんは夏期講習出るの?」
「今その話はしてない」
バッサリ。
確かにその通りだけど。
「なんで出ないの」
「んん」
答えに困る。口元を手で押さえながら、言葉を探して考える。
「……あんまり、やる気ないから」
「なんで?」
かなり情けない出力になったのに、国木さんの追及の手は休まらない。
「なんでやる気ないの?」
勘弁してくれよ。性格だよ。
そんな風に思ったけれど、なぜか怒った風の表情で(あまり怖くない顔なんだけれど、結構怒っているようにも見える)問い詰めてくる国木さん相手に、そんなや身も蓋もない返答をする気のもあまり良いこととは考えられない。
どうしたものかな、と困っていると、国木さんが部室をきょろきょろと見回しながら、別の言葉を口にした。
「ここ、なんなの」
「あ、天文部の部室です」
思わず敬語になりながら、けれど話題が変わったことに安心しつつ答える。
国木さんは「ふうん」と「ふん」の間みたいな音の相槌を打ちながら、部屋の片隅に置いてある天体望遠鏡をじっと見つめた。
「あれ、使うの?」
「使わないけど。使い方知らないし」
彼女は『何を言ってるんだかわからない』という感じの顔で僕を見た。そんな目で見られても、実際のところほとんど形だけの部みたいなものだし。
奇妙な形で見つめ合った。見つめる国木さんは何も言わず、見つめられる僕は何を求められているのかわからない。
先に沈黙を破ったのは国木さんの方で。
「私も」
「え?」
「今日だけ天文部に入る」
んんんんん?
何を言ってるのかよくわからなかったけど、まさか『帰ってください』なんて冷たいことを言えるわけもない。国木さんは有無を言わさずに机の上に鞄を置いてしまう。さっきは鞄を持ってなかったから、一旦教室に戻ってからプリントを届けに来てくれたんだろうか、なんて関係ないことが頭に浮かぶ。
「それで、何するの」
「え、ああ。別に何かしてるってわけでもないんだけど。夜になってちょっと屋上に出たりもするかな」
「夜? それまでは?」
「それまでは……」
矢継ぎ早の質問に、考える前に答えを出してしまう。
いつも通りに、鞄の中からテキストを取り出して。
「とりあえず勉強する? 受験生だし」
国木さんが頷いたので、とりあえずそれでいいってことに。
しておいてくれるだろうか。
遠慮なくパイプ椅子に座った国木さんの表情からは何も読み取れず。
下の階からもう一脚椅子を持って来なくちゃいけないな、と思い立った。
*
落ち着かない。
別に人がいる環境で勉強するのが苦手だとかそういうことじゃない。教室にちゃんと通っている以上、どうしても人と勉強する時間は増えるわけだし。
確かにいつもひとりでいられるはずの空間に、それほど親しくない人がいるというのは、若干居心地の悪さを感じないでもないけれど。
それよりも。
「…………」
「……何?」
「……なんでも」
すごく見られている。
電子辞書や文法書を引こうと顔をあげるたびに対面の国木さんと目が合う。こちらをじっと見つめている。視線の温度は不明。
どことなく気まずさを感じつつ勉強していたら、首が痛くなってきた。いつも以上に顔を伏せ気味にしていたらしい。
少し首を持ち上げて、手で押さえながらぐいぐいと凝りをほぐして、ちら、と上目で向かいを窺うと、また国木さんと目が合った。
けれど今度は彼女は沈黙のままではなく。
「肩、凝るの?」
「え、ああ。たまに」
「そうだと思った」
そう言ってじっと見つめられる。『そうだと思った』ってどういうことなんだろう。自分で思ってるよりも普段の姿勢が悪かったりするのだろうか。
そんなことを考えながら肩を揉んでいると、彼女は続けて口を開いた。
「もうひとつ聞いていい?」
「どうぞ」
急に口数が多くなった国木さん。黙って見られているよりは全然気が楽だ、と先を促すと彼女は僕の背後を指さした。
「それ、気付いてないの?」
振り向いて見るけれど、何に使うんだかよくわからない古い器具と天体図が置いてあるだけで、どれのことを言ってるのかわからない。
「ごめん、何が?」
「触っていい?」
どうぞ、と促す。どうせちょっと触ったくらいで問題があるようなものはない。あるならこんな場所に放置したりしない。
国木さんはパイプ椅子を引いて立ち上がる。それから僕の後ろ側に回って行くのを、身体をひねりながら見届けていると――。
なぜか彼女は、背後の器具の前ではなく、僕の真後ろに立った。
「え、な――」
「これ」
と、淡々と告げる彼女の指先は、白い羽根に触れていて。
「本当に気付かないものなの?」
その羽は僕の背中から生えていた。
「……なにこれ」
「羽」
困惑する僕をよそに、国木さんは指先でさわさわとその羽に触れる。髪と背中を同時にくすぐられているようで、奇妙な気分になる。
「あっ、ちょっと待って。触るのはやめて」
「さっきはいいって言った」
「いやさっきのはそういう意味じゃなくて……」
僕の言葉も聞かずに彼女は黙々と僕の羽を撫で続ける。なんだろうこの状況は。というか、『僕の羽』?
「えっと、国木さん。なにこれ」
「だから、羽」
「いやそれはわかるけどさ、何で僕の背中から生えてるんだって話」
背後に立つ彼女を首を反らして見上げながら尋ねると、彼女も少し困惑した顔をしている。
「本人にわからないなら、私にわかるわけがない」
「そりゃそうかもしれないけどさ。じゃあなんで国木さんはこの羽が見えて……たんだよね? どうして?」
「うん。でもどうして見えるのか、なんて聞かれても困る」
彼女は突然僕の頭を両手で後ろから固定して、それから覗き込むように背中を丸めて、顔を近付けてきた。髪が僕の頬に触れるような距離まで近づいてきて、心臓が跳ね上がるような思いがした。
「私の顔、見える?」
「え、うん」
「なんで?」
つまり羽が見えるのも、顔が見えるのも同じようなものだと言いたいのだろうか。いや、そんなわけないだろうと。そんな風に思ったけれど、彼女は「そういうこと」とだけ言って僕の頭を解放した。僕も「そうか」とだけ言って納得したふりをしておいた。どうせ満足のいく説明はもらえそうにない。
「今度は私から聞いていい?」
「どうぞ」
「どうして飛ばないの」
質問の意図がよくわからなかった。言葉に詰まっていると、国木さんはまた僕の羽に触れながら続ける。
「せっかく羽があるのに、どうして飛ばないの」
「いや、知らなかったし……」
「嘘」
彼女は僕の言葉を遮るように言い切って。
「そんな理由じゃない。あなたが飛ばないのはそんな理由じゃ……」
彼女の言葉は途中で途切れた。不思議に思って振り向くと、彼女は横を向いている。その視線は窓に向いていて。
もう、夜が来ていた。
「……天体観測」
する?と彼女の唇が小さく動いて、僕たちふたりは外に出ることになった。
*
「……寒い」
「今日はちょっとね」
着る?と上着を差し出そうとしてやめた。羽と服の関係がどういうことになっているのか、自分の目では確認できずにちょっと怖かったからだ。
屋上へのスペアキーが部室には備え付けてある。部屋の隅の雑用箱の一番上に混じったそれを取って、ふたりで部室を出て、屋上に出た。
一般生徒は立ち入り禁止、というわけではないが、鍵がないから誰も立ち入らない。少し背の低い安全柵がぐるっと取り囲む屋上は、当然のことながらその床はただのコンクリートで、こんな風に少し温度の低い夜は、濡れるような冷たさを思わせる。
景色は良い。遮るものが学校周辺には何もないから。遠くに山の黒いシルエットが見えるくらいだ。暗闇の中にぽつぽつと明かりが見えるけれど、このあたりではそこまで人工灯も多くなく、空の煌めきを邪魔するほどではない。
「星」
国木さんが、首を竦めながら夜空にうっすら白い息を吐いた。
「どれ?」
を見ればいいのか、ということだろうか。そんなの僕が教えてほしい、と思いながら、とりあえず一番大きいのを指さした。
「あれが月」
「……馬鹿にしてる?」
「いや、馬鹿なのは僕だ……」
じとっとした横目を受けながら空を見つめる。適当に光点を見回しながら探す。
「春の星……? 北斗七星だっけ? あとスピカ……? 全然どれだかわかんないな……?」
名前だけ知っていても、夜空を見つめるだけでは目当ての星が探せるわけもない。部室に一度戻って天体図でも持ってこようか、なんて考えていると。
「ふふっ」
と、国木さんが笑う声がした。
彼女の笑うところを初めてみたかもしれない、とその顔をじっと見つめていると、彼女も僕を見た。
「天文部なのに星のこと全然知らないなんて、馬鹿みたい」
「ごめん、わざわざ残ってくれたのに」
一旦部室に戻ろうと、踵を返そうとしたところで隣の国木さんに手をつかまれて止められる。
「いい。私が勝手に居座ってただけだから」
彼女はその手を離さないままに、ひとつ小さく息を吐いて。
「何でも知ってると思ってた」
大きな月を見つめながら言った。
「どうして飛ばないの」
もう一度かけられたその問いに、また戸惑う。だから、問い返した。
「じゃあ、国木さんは羽があったら飛ぶの」
「うん」
「どこへ?」
「どこへ?」
彼女はその質問に意外そうに僕の顔を見た。
「どこにだって飛べるわ。行きたいところはないの?」
「ないよ。わからないんだ」
「どこにだって行けるのに?」
「遠くに飛べるからって、遠くに幸せがあるとは限らない」
「……そう」
ぎゅっ、と彼女のつかむ手が握られた。
「私はあなたが羨ましい」
僕にだけ届く声で、そう呟いた。
「私と違ってどこにだって行ける人。でも、そうじゃないのね」
彼女はその手をするりと離して、一歩一歩、静かに屋上の縁に向かって歩いていく。僕はそれを見ている。
「飛べるあなたは、飛べない私と違って、遠くに夢を見られない。どこにでも行けるのに、どこにも行けないまま毎日迷って迷って、迷って……」
彼女はそこまで言うと振り向いて、腰のあたりを屋上の柵に預けた。
それから真っ白な、大きく輝く満月を背中に、僕を見ながら、驚くほど儚く微笑んで。
「助けてね」
と。
それだけ言って。
宙に身体を投げ出した。
「ばっ――!」
か、と声にはならずに駆けだした。ハードルを跳ぶように柵を越えて、空から落ちていく羽のない彼女の手をつかんで、身体を抱き寄せて。
そして、気付いたら。
僕は飛んでいた。
背中の羽で、夜の空を。月の輝く、星の空を。
何を考えてるんだ、と怒ろうとして。
けれどその前に、腕の中に確かにある、彼女の体温になぜか涙が湧き上がってきて。
「月まで」
だから、彼女の方が口を開くのは早かった。
「月まで、飛んで。星の遠くに連れてって」
近すぎて顔が見えなくて、少し離せば体温が薄れて、それでも僕らは宙で見つめ合った。彼女の瞳は潤んでいて、その水分は星の煌めきを映し取っていた。
「どうして」
「行きたいの」
「月なんてそんなにいい場所じゃないかもしれない。星の遠くに求めるものなんて何もないかもしれない」
「それでも行きたいの」
「きっと空は氷の世界だ。いつか僕の羽も凍りついて堕ちてしまうかもしれない」
「怖いの?」
「怖いよ」
風が吹いた。けれど地上の風では僕の羽は少しも崩れることはなくて。ほとんど凪いでいるようにも感じる空間で、僕はその不安定をきっと。
涙が溢れた。
「たすけて」
僕はどうすればいいんだろう。彼女は僕にしがみつく腕の力を強くして、きっと僕は今抱きしめられていて。
もう一度風が吹いた。僕は動かず、代わりにたった一枚の羽根が、その風に煽られて空に舞い上がった。月の光に紛れてすぐに消えてしまったそれは、けれどそのときの一瞬の音だけを静寂に残し続けていて。
どこに消えてしまったんだろう。僕はどこへ行くのだろう。
ねえ。
「助けてよ」
その声はきっと僕の声で、彼女の声で。けれど空気に溶けてしまって。
月と星の輝く遥かな夜空に、浮かぶ僕らはただ。