30日間がはじまるきっかけ
恋愛することなんて全く想像できなくなっていた。。。
再会なんてしない方がきっと楽だった。。。
あんなに後悔をしてきたのに、なんで同じことを繰り返そうとするのだろう。。。
「私だけでもよければお付き合いしますよ。。。」
20代最後の失恋から3年、新垣航平は少しづつではあるが研究発表や論文を執筆し、研究者としても一人前になりつつあった。アフリカから帰国して以来、いろんなひととの出会いもあった。最近は研究以外に教育プログラムやいくつかのプロジェクトにも参加するようになり、充実した毎日、というよりも仕事以外のことをする暇がなくなりつつあった。
そんなとき、新垣はある教育プログラムの報告会に参加した。このプログラムは新垣が研究者になる前から関わってきたものであり、かれこれ10年くらいスタッフとして関わっている。この報告会には、参加者の家族やプログラムに興味がある者、過去の参加者などが集まる。特に過去の参加者にとっては、久しぶりに顔を合わせる仲間たちと近況を話し合ったり、自分たちが参加者だった時の思い出話をしたりと、同窓会のような場にもなっている。
そこで新垣は久しぶりに高浜ユイに再開した。ユイは、昨年の参加者で当時は大学生だった。現在は都内のベンチャー企業に就職し、毎日夜遅くまで働いているという。新垣とユイはあくまでスタッフと参加者という立場であり、プログラム以外のことで連絡を取り合うことも会うこともなかった。
1年ぶりに会ったユイはすっかりと学生から大人の顔へと変わり、女性ってたった1年でこんなにも変わるものなのかと驚いた。そして、報告会後の懇親会で久しぶりにユイと話した。
「ユイちゃん元気にしてた?1年見ないうちになんだか雰囲気変わったね」
「あっ、新垣さんお久しぶりデス♪ 相変わらずチャラいっすね(笑)」
ここ数年、なぜか参加者のあいだで新垣=チャラいというイメージを持たれてしまうことが多く、未だにその理由はわからなかった。ただ、すっかり大人になったユイの笑顔を見て、不覚にもドキッとしてしまった。
別にスタッフのルールで恋愛が禁止されているわけではない。実際にスタッフと参加者が付きあって結婚した例もある。しかし、大学で教鞭もとっている新垣にとって、参加者(教え子)をそういう目で見ることは何よりのタブーだと考えていた。まあ、歳の差もひと回りまではいかなくともそれなりにあったため、そもそもむこうが「そういう」対象として視ていなかったわけだが。
「だからチャラクくねーって(笑) そんなにチャラく見えんの???」
「イヤイヤイヤ(笑) そのしゃべり方とか存在が既にチャラいんですよね(笑)」
どうでもいい会話がしばらく続いた。
「新垣さん、あいかわらず彼女いないんですか?」
「いないし、きっかけもないかな~。」
「でも学校で教えているんだったら学生いっぱいるじゃないですか(笑)」
「イヤイヤ、そこはダメでしょうよ。」
お酒が進んでいくにつれて、会話の内容もプログラムや報告会に関することから、だんだんと恋愛に関することに変わっていった。そんな会話を新垣とユイ、他に2、3人のあいだで展開されていたとき、
「そういや私、付き合っていた彼氏と別れちゃったんで誰かいいヒトいたら紹介してくださいネ(笑)」
と突然ユイがカミングアウトした。去年のプログラムに参加した時、ユイに彼氏がいることや大学を卒業したら彼氏の実家に挨拶に行くことになっていることも聞いていた。
「え~っ、そうなんだ!てっきり結婚するんだと思ってたけど」
「そうなんですよね~、でも別れちゃいました(笑)へへへ♪」
特に落ち込んでいる様子もなかったが、どこまで聞いていいのかもわからず、新垣も他の参加者たちもそれ以上は何も聞かなかった。結局、そのあともどんどんお酒が進み、酔いもまわって、、、気が付いたら予約していたビジネスホテルのベッドでひとり着の身着のまま倒れていた。もちろん重度の二日酔いも患っており、少し歩いただけでも頭が割れそうだった。
しかし、どうやってここまでたどり着いたのか全く覚えていない。わずかに残る昨晩の記憶を必死にたどっていくと、他の参加者(女の子)の顔をぐい~って横に向けたり、最近失恋したという参加者(こちらも女の子)を無理やり他の参加者(こっちは男の子)とくっつけようとしている自分の姿がよみがえってきた。
(いやいや、何かの間違いだよね。。。)
そう自分に言い聞かせながら、新垣は他のスタッフにメールを送り真相を確かめた。すると、
『えっ、何も覚えていないんですか!?昨日の新垣さん結構やばかったですよ(笑)
ちなみに帰りは僕がタクシーで送ったんで今度タクシー代返してくださいね』
という返信。。。他の参加者にメールをしても
『セクハラをしたかどうかと聞かれると、私はセクハラだったと思います(笑)
ほかのみんなも新垣さんの変容っぷりに驚いていましたよ(笑)』
まさかの失態。。。しかもセクハラとかありえない。。。二日酔いと一緒に残っていた酔いも一気に冷めてしまった。しかし、今更どうすることもできず、返信してくれた参加者には
『昨日のことはどうか忘れてください、お願いします。そしてごめんなさい。』
とだけ送ってホテルを出た。まさかこの歳になって大学生に「ごめんなさい」って言うことになるとは思ってもみなかった。その日は特に仕事の予定もなく、本当は美術館巡りをして帰るつもりでいたのだが、身体的にも精神的にもそんなことができる状態ではなかったため、そのまま新幹線に乗り込んだ。
新垣は新幹線の中で、何気なくスマートフォンの写真データを確認した。長く使っているせいか最近は本体のデータ容量がいっぱいになりつつあり、時々暇を見つけては不要な写真を消しているのだ。いつものように写真の一覧を表示すると、身に覚えのない写真が20枚ほど出てきた。日付は昨日の夜。おそらく記憶がなくなっていた時に自分で撮影したのだろう。誰の顔かもわからないくらいズームで撮られた写真や明らかに苦笑いをしている女の子の写真(あまり考えたくはないがおそらくセクハラの被害者のひとりであろう)、もはや何が写っているかもわからないようなブレまくった写真などがほとんどだった。そんな中にユイが笑っている写真(といっても顔半分しか映っていないくらいのまともな写真ではないが。。。)が2、3枚出てきた。
(せっかくだし、昨日の謝罪ついでに送ってあげよう。)
そう思って、昨年、プログラムの準備連絡に使っていたメールアドレスを受信データから探し出し、
『昨日は久しぶりに会えて楽しかった!まったく記憶にないんだけど
ユイちゃんが写っている写真があったので送ります(笑)
ついでに大丈夫だと思うけど、一部の参加者からセクハラ
疑惑をかけられているのでもし被害にあっていたならごめんなさい。』
というメッセージと一緒に写真データを添付して送信ボタンを押した。ところが、その1分後くらいに送信エラーが返ってきた。よく見ると、当時使っていたメールアドレスが大学のもので、今は使われていないらしい。
(そりゃそうか。大学はもう卒業してるんだし。)
ユイに連絡することなんか今後ないだろうと思っていたので、携帯のメールアドレスはもちろん、電話番号すら聞いていなかった。ユイと一緒にプログラムに参加した同期の男の子のアドレスは知っていたので、その子経由で送ってもらってもよかったのだが、それはなんとなく悔しい気がした。
(そいうや最近始めたFBで友達申請してみようか。)
新垣はSNSというものに全く興味がなかった。学生の頃に流行ったMix〇は一時ハマったこともあったのだが、こういうSNSの類はその日どんなことがあったとか、こんなすごいことを経験したとか、自分はこんなことを考えているとか、なんだか自己主張をバシッと書くヒトがかっこいい、というような印象があった。自分自身の気持ちを素直に表現できない新垣にとってSNSはどうしてもやる気になれなかった。
しかし、つい最近就いた研究員の仕事は、連絡のやり取りやデータ共有などを全てFBでやらなければならず、渋々アカウントをつくった、というよりもつくらされたと書く方が正しいだろう。新垣自身、はじめは仕事用として使うつもりでいたのだが、そこは元芸大生。今まで撮り貯めた調査写真の中から一番のお気に入りをカバー写真に、そして数少ない自分自身の顔が遠くから写っている写真をプロフィール写真に設定した。友達も少しづつ増やし、なんだかんだ言って暇があれば友達の近況に「イイネ」をポチるくらいハマっていった。
もちろんユイもFBを使っていることは知っていたし、ここのところ常に友達候補の上位に挙がっていた。早速、ユイに友達の申請をしたところ、わずか5分ほどで承認された。そして、さっき送れなかったメッセージをコピペして写真データと一緒に送信した。返信があったのはその日の夜遅くだった。
『私も久々に会えてうれしかったです!去年とだいぶ印象が変わりましたけどね!こんなに関西弁しゃべってたっけ、とか。あと、次いつ東京に来るんですか(笑)』
言い忘れていたが、新垣はもともと神戸生まれの神戸育ちで普段は関西弁を話す。しかし、大学の授業やこういったプログラムの時はなぜか標準語になってしまうため、周りのひと、特に関東に住んでいる人たちは新垣は関西弁が話せないと思っていたらしい。しかし、昨日はお酒の勢いもあって、どうやら完全に関西人の「素」が出てしまっていたようだ。ちなみにユイは生まれも育ちもさいたまで、もちろん標準語を話す。
新垣が東京に行くことは、年に数回しかないのだが、たまたま運営委員に任命された新しいプロジェクトのミーティングが東京で2週間後に控えていたこともあり、
『次は2週間後の月曜日に東京に行くよ。
誰か時間がある人がいたら集めておいてね。』
と送ったものの、それに対する返信はまったくなかった。新垣自身も社交辞令程度にしかとらえていなかったため、特別気にすることもなかった。
それからあっという間に日が経ち、新垣は新しい仕事を覚えたり、授業の準備をしたり、イベントのとりまとめをしたりと、寝る時間もとれない状態だった。そんな時、いつものように職場の同僚にその日の報告をしようとFBを開いたとき、たまたまユイがあるウェブサイトに「イイネ」を押しているタイムラインが目に入った。東京出張を前日に控えた日曜日の事である。(この日は以前から企画していたイベントの開催日でもあり、新垣はそのイベントの様子を同僚に報告するところだった)
(そういやあれから連絡ないけど、一応メッセージ送ったほうがいいかな。)
東京でのミーティングは毎回、終了後に懇親会がある。といっても新垣以外の運営委員は全員がどこかの大学の教授だったり、有名な組織の代表理事といった知識人ばかりであるため、誰かさんのようにばか騒ぎをする人間なんていないし、誰かさん自身もさすがにこういった場では感情をセーブする。また、週初めということもありそんなに遅くまで話すこともないのだが、万が一、ユイが仲間を集めてくれてたら、待ち合わせ時間や場所を聞いておかないといけないと思い、2週間ぶりにメッセージを送った。
『明日東京行くけど、どうしよっか?』
すると、しばらくしてユイから
『スイマセン、返事するのすっかり忘れてました(笑)
一応、めぼしいところは誘ったのですがみんな都合が合わなかったんです。』
予想通りの返事だった。
『それじゃあ、明日はナシってことでいいかな?』
そう送ったものの再び返事はなかった。そして月曜日、新垣はお偉い先生方に囲まれながらミーティングに参加していた。ミーティングが始まって2時間くらいが経った頃、ユイからメッセージが届いた。
『すいません、また返事遅れました(笑)私だけでもよかったら
仕事抜け出して、お付き合いしますよ(笑)』
ぼくと彼女(仮)の30日間 「30日間のはじまり」 に続く。