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30日間がはじまるまで

いままで、特に自分がかっこいいなんて思ったことなんてなかった。。。


それでも恋人ができたときには絶対に幸せにしてあげたいと全力で頑張った。。。


恋人と別れたときは恋なんて二度とゴメンだと本当に悔やんだ。。。


唯一の救いは仕事の忙しさに気持ちを紛らわせることができた。。。




「1ヶ月間だけ改めて僕と向き合ってほしい!」



そんな彼は今、30日間だけ仕事も手につかないくらいの恋をしている。。。



新垣航平はどこにでもいる普通の人間である。学生時代は美術系の大学に進学したものの、学業や制作活動そっちのけでサークルやバイト、スノーボードに明けくれた。


それでも大学時代に信頼できる指導教員と出会い、大学院に進学し研究者の道を進むようになった。研究者といっても何かを発明したり、実験を繰り返すような研究ではなく、外国の異文化、特に少数民族のものつくりを研究するというもので、いわゆる民俗学や文化人類学と呼ばれる領域でもある。


こういった学問の領域では、ものつくりの様子をじーっと観察するだけでなく、つくり手の話を聞くことがもっとも大切なのである。新垣自身もいままで様々な地域、国、民族の人びとと話をしてきた。


偉大な先人たちのように研究にあけくれたなんて格好のいいものではないが、研究者というからには、いわゆる学会で自身の研究成果を発表したり論文を書いたりした。長いときには半年以上、海外で調査に出かけたりもした。そして、気がついたら30歳を過ぎ、今ではいくつかの大学の非常勤講師や研究員を掛け持ちながらなんとか日々の生活を食いつないでいる。


新垣はお世辞にもルックスがいいとは言えない。ファッションがダサいわけではないが、身長も低いし、目鼻立ちも整っているわけではない。客観的に見てもせいぜい中の下が中の中くらいだろう。ましてや、30も過ぎて研究みたいなことをやっていると、体型もどんどん変わってくる。危機感は持ちながらも特にジムに通うこともなければ、トレーニングをするわけでもなかった。


そんなだから、ここ数年は浮いた話もなかった。最近は親まで心配しだすようになったものの、当の本人は気にも留めていなかった。


普段の新垣はとにかく人柄がよく、いつもニコニコしている。職場の同僚や友達からはよく、「お前は本当に悩みなんてなさそうでいいな。」なんて言われるくらいである。また、年齢性別関係なく、相談やお願いをされたら、どんなに自分が忙しくても、貴重な睡眠時間を削ってでも相手と向き合いながら一緒に悩んだり解決の方法を見つけようとするのだ。これは、今までの彼の研究方法が「話を聞く」ことだったこともあるのかはわからないが、とにかく人望はあるのだ。ただし、人望があるからといって仕事ができるわけではない。(仕事の様子をここで説明すると、このものがたりの趣旨がどんどん逸れてしまいそうなので、ここでは敢えて割愛する。)


こんなだから、最近はなぜか後輩や教え子からの恋愛相談も受けるようになった。新垣も相談事に対する意見や感想はビシバシ言っている。一方で自身の事になると素直な感情を言葉として表すことがいつの間にか出来なくなっていた。


そんな新垣でもこれまでに女性と付き合った経験は少なからずある。今となってはどれも淡い思い出でしかないのだが、今まで付き合った女性全員(といっても片手で数えられる程の人数ではあるが、、、)が同じ理由で新垣のもとを去っていった。


「あなたが私のことをどう想ってくれているのかわからない。。。」


元々、自分の気持ちを上手く伝えることができない一方で、いつもニコニコしている新垣の様子を見て「元」恋人たちは彼が自分のことをどう想ってくれているのかわからなくなり、結果、新垣のもとを去っていったのである。


特に3年前に別れた「元」恋人とは結婚を考えていた。考えていたと言っても、文字通り、単に新垣自身がそう考えていただけで、そのことを新垣の口から言葉として出ることはなかった。


新垣自身、相手もそう思ってくれているだろうと信じていた。信じていた一方で、自分の将来が見えないことや収入が安定しないことなど、どうしても結婚に踏み切れないでいた。


そんなある時、新垣は「元」恋人に対して初めて自分の気持ちを伝えたことがあった。特に思いつめていたわけでもなく、考えこんでいたわけでもないのだが、何故かふとそれが「言葉」として口から出てしまった。


「この先、僕はいつ安定した仕事に就けるかわからないし、他に気になる人が現れたら自分が幸せになることを第一に考えて欲しい。」


自分でもどうしてこんなことを言ったのかはわからない。もちろん、別れるなんて考えたこともなかったし、困らせたいなんて訳でもなかった。今考えると何があっても「元」恋人が自分の元から離れることはない、と安心しきってていたのかもしれない。


新垣の言葉を聞いた「元」恋人は黙って大粒の涙を流した。それも満員電車の中で。


それから3ヶ月が経ったクリスマスイプの日、新垣はその「元」恋人から電話で別れを告げられた。あまりにも突然のことに新垣はすぐに電話した。別れの理由は、あの言葉を聞かされてから新垣の気持ちがわからなくなったこと、新垣以外に「気になるひと」ができてしまったということ。


新垣は「元」恋人にどうにか考えなおして欲しいと必死に懇願したが、彼女の答えが変わることはなかった。それでも諦められなかった新垣は「元」恋人の家に向かっていた。ようやく家に着いた新垣は窓から明かりが点いていることを確認して電話をかけた。


「元」恋人の家は比較的新しいワンルームマンションで、玄関はオートロック式であった。「元」恋人がまだ恋人だった頃は、新垣のマンションで過ごすことが多かった。もちろん、新垣も彼女の家に遊びに行ったことはあったものの、いつも玄関前で電話をかけて、扉をあけてもらっていた。


「いつものように」新垣が電話をかけると、すぐに「元」恋人が出た。


「今、マンションの下にいる!5分だけでもいいから会って話がしたいっ!!」


電話越しに新垣は必死に「元」恋人にお願いした。そのとき、初めて結婚するつもりでいたことも「言葉」で伝えた。

しかし、彼女からの返答はNoだった。


「実は今、その気になっているひとと一緒にいるの。だからいくらお願いされても、私はあなたと会えないしやり直すこともないから今日は帰ってください。」


あまりにも衝撃を受けた新垣は何がどうなったのか全く理解できないでいた。今まで、本当に昨日までそんな素振りは全くなかった。3ヶ月前のあの日も、電車を降りたあとは何もなかったかのように笑っていたし、メールや電話も昨日まで「当たり前」にしていた。それなのに、突然別れを告げられただけでなく、既に新しい恋人が彼女の部屋にいる。文字通り頭の中が真っ白になった。

そして、「元」恋人は震える声を我慢して


「次に大切なひとができたら、ちゃんとコウくんの気持ちを伝えてあげてね。これは私の最後のワガママ(笑)。」


とだけ言って電話を切った。今にも泣きそうな自分を必死に堪えながら、最後は笑っていた。


いったいどのくらいその場に立ち尽くしていたのだろうか。それまで「元」恋人と一緒に過ごした日々や、自分が「元」恋人にやってきたことを一つひとつ思い出しては後悔した。


「どうして自分はあの時あんなことを言ってしまったんだろう。」


ただただ後戻り出来ないことへの悔しさと自分自身への憤りだけが新垣を包み込んだ。


結局、「元」恋人は少ししてから東京への転勤が決まり、1年後に退社、結婚したことを今年になって知り合いから聞いた。


あのクリスマスイブの夜、オートロックがかかったマンションの前に男が一人で立っている状況を今思い返すと、よく近所のひとに通報されなかったものだ。


それから、新垣はというとクリスマスイブの後すぐに、保留していた半年間のアフリカでの調査依頼を引き受け、アフリカに飛んだ。まだ心の傷が癒えてなかった彼は、少しでもあの日の夜の出来事や自分自身への感情を忘れるために、必死に働いた。


こうして、新垣にとって20代最後の恋愛が終わった。



ぼくと彼女(仮)の30日間 「30日間がはじまるきっかけ」 に続く。

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