魔法を使ってみた(初めての魔道具編)
食事も済んで、アルルさんは使った食器類を洗っています。その足元では、プルトくんが歩く練習をしていました。歩く練習といっても、生まれていきなり仁王立ちを極めた彼は、既に二足歩行をマスターして早歩きを嗜むほどでした。そんな彼の歩き方は、何処と無く彼女の歩き方に似ています。
「プルトはすっごく上達が早いんだね~。将来が楽しみだよ。」
「わっふ!」
「片付けも終わったし、お風呂に入って寝よっか?」
「きゅ~ん?」
お風呂って何?といった感じで、首を傾げるプルトくん。
「お風呂ってのはね、お湯で体を洗って綺麗にするところだよ。水がいっぱいで驚くかもしれないけど、怖くないからね~。」
「わふ」
自分が生まれた場所みたいなところだろうと、何となく想像して納得したプルトくん。それなら大丈夫そうだと応えます。
「準備してくるから待っててね。」
アルルさんはそう言い、奥の部屋へと向かいます。手持ちぶさたになったプルトくんは、家の中を探検してみることにしました。キッチンを出てダイニングへと戻り、もと来た廊下を進みます。突き当たりに三つの扉がありました。
左の扉を開けると、そこは白を基調にした部屋でした。何となく地下室と似た臭いがして落ち着きます。
真ん中の扉はとても小さな部屋でした。目の前に大きな置物があり、脇には紙の束がありました。
右の扉は窓の無い真っ暗な部屋でした。壁際にはところ狭しと本棚が並び、様々な本や巻物が並んでいます。部屋の中央には机と椅子があり、読みかけの本が開かれたままになっていました。
「プルト見っけ~!」
後ろからアルルさんの声がしたと思ったら、抱き上げられました。
「もぉ、ちょっと目を離したら居なくなっちゃうんだもん、探したよ~。」
「くぅ~ん。」
プルトくんはごめんなさいの意味を込めて、アルルさんの肩に鼻先を擦り付けます。
「怒ってないけど心配するから、黙って居なくならないでね。」
「わふ。」
「さ、お風呂入るよ~。」
プルトくんを抱き上げたままダイニングに戻ると、テーブルの上にあった着替えを持って勝手口から出るアルルさん。そのまま庭先にある建物へと向かいます。母屋と比べると不釣り合いなくらいの、石造りの立派な建物でした。
「うちの自慢のお風呂にごあんな~い。」
中に入ると、広々とした脱衣所がありました。プルトくんを下ろすと、アルルさんは服を脱ぎ始めます。自前の毛皮しかない彼には、その光景が不思議でもあり、ちょっぴり羨ましくもありました。
「明日はプルトの服を買いに行こうね。」
「わふっ!くぅ~ん、くぅ~ん。」
自分の服を貰えると聞いて、テンションMAXのプルトくん。アルルさんの脚に抱きついて、おでこを擦り付けます。そのまま尻尾も千切れ飛ばんばかりに臨界稼働します。
「あははは、くすぐったいよ。そんなに嬉しいの?」
「わふっ!」
「じゃあプルトに似合う服を選んであげるね。さぁ入るよ、おいで。」
服を脱ぎ、眼鏡をはずしたアルルさん。嬉しさのメーターを振り切って、ぐりんぐりん悶えていたプルトくんを抱き上げると、そのまま浴室に入ります。
「我が家自慢のお風呂はお気に召したかな?」
立ち込めていた湯気が晴れると、最初に目に飛び込んで来たのは広々としたタイル張りの床でした。壁は外壁と同じ石造りでとても頑丈そうです。奥には湯気を揚げる大きな浴槽がありました。
「どう、広いでしょ?気に入った?」
「わふっ!」
「まずは体を洗うの、綺麗にしてからお風呂に浸かろうね。」
そう言われ、抱き抱えられたまま洗い場の片隅に連れていかれます。そこには小さな椅子があり、壁際にはプルトくんの背丈ほどの棚がありました。棚の上には箱に入った白い塊と掌に乗るくらいの青い石があります。アルルさんは椅子に座ると青い石を手に取り、プルトくんを膝に乗せました。
「これからお湯で洗うから驚かないでね。」
青い石が淡く輝くと、プルトくんの頭上に小さな魔方陣が現れ、そこから温めのお湯が霧雨のように降り注ぎました。ふかふかだった彼の毛並みが、水を吸ってどんどん縮んでいきます。
「これは魔力を使ってお湯を降らせる道具なの。魔力はキミにもあるはずだからやってみる?」
「わふ。ぐるるるるる・・・・」
アルルさんから石を受け取り両手で持つと、力んで唸り始めます。すると彼の目の前に指先くらいの魔方陣が現れました。
ザババババババ
おもいっきり全開にした水道みたいなことになりました。そのまま暫く流れ続け、込めた魔力が切れて止まりました。
「う~ん、多分イメージが甘かったのかな?もっと雨みたいに広くふわっと広がるイメージで、頭上から降らせるようにしてみようか?」
「わふ。ぐるるるるるる・・・・」
言われた通り広く頭上から降らせるイメージで、もう一度魔力を込めます。すると今度は、アルルさんの頭の上くらいの高さに魔方陣が現れました。ただし浴室いっぱいに。
ザアァァァァァ
「キャアァァ!」
「キャイン、キャイン!」
次の瞬間、局所的な集中豪雨が襲ってきました。広い範囲に降らせることばかりに集中して、ふわっとの部分が抜けていたようです。そのままプルトくんが力いっぱい魔力を込めたものだから、大惨事となりました。
「プルト、こっちにおいで!」
アルルさんは、大量の水に驚いて膝から転げ落ちたプルトくんを抱き上げ、椅子から立ち上がります。抱き上げられ、そのまま魔方陣の上に避難させられました。
「は~、びっくりした。落ちた時に怪我してない?」
「くぅ~ん」
落ちた時の痛みより、また失敗したことがプルトくんには悲しかったようです。
「気にしない、気にしない。最初は失敗するものだよ。また練習しようね。」
「わぅ・・・」
下半身のみの滝行が終わり、アルルさんは椅子に座り直します。頭から大量のお湯を被ったため、水を吸ったモップのようになったプルトくんを膝に置き、彼女は棚から白い塊を手に取ります。
「今から洗うから、ちょっと大人しくしててね。」
「わふ」
アルルさんが白い塊を擦ると、どんどん泡が出てきました。やがて手に乗り切らなくなってくると、プルトくんの体に乗せ始めます。頭の天辺や首筋、脇や背中にお腹と泡まみれになった彼の姿は、新種の羊みたいなことになりました。全身が包まれると、今度は泡を練りこむように優しく全身が揉み洗いされます。
「どう、気持ちいい?」
「ひゃん、ひゃん!」
くすぐったいのか、体を捩りながら高い声で答えます。尻尾が振られているので、不快ではないようです。一通り洗い終わると、青い石で降らせたお湯で泡が流されていきます。
「泡が目に入ると痛いから、しっかり閉じててね。」
「わふ!」
泡を流し終ると、アルルさんに抱えられて浴槽まで連れて行かれます。
「私も身体を洗って来るから、良い子にして待っててね。」
「わふっ!」
プルトくんは浴槽の縁に手を掛けて、プカプカ浮きながら待つのでした。
書き溜め分の投稿終了です。
次回は来週更新を目指します。