持ってみた
使い魔くんを抱えたアルルさん、そのまま地下室を出て階段を上り始めました。
「お腹減ったなぁ。お風呂にもしばらく入って無いし、患者さんが来ないようなら、今日はのんびりしようかな?」
こんなことを言ってますが、表には『休診』の札が掛かっているので、余程の急患でもなければ来るわけがありません。それどころか一週間もそんな状態なので、村人はアルルさんが村の中に居るとすら思っていませんでした。そして彼女の診療所が開いていると、診療という名の人体実験が行われるので、『休診』の札が掛かっていた一週間は村人にとっては久々の平穏な日々だったのでした。
「きゅ~」
「起きた?キミもお腹が減ってるでしょ?何か食べよ。」
「わふっ!」
村人の心など露知らず、一人と一匹は明るい地上への階段を上がっていきます。そして地上の扉を開けると、キッチンへと向かい、冷蔵庫を開けて愕然としました。
「これはまた見事に腐ってるね。ほとんど全滅といった感じだよ。」
「きゅ~ん・・・」
そこに広がるは腐○の森、野菜は軟化し、肉は変色して黒ずんでいました。この世界の冷蔵庫は魔力で動いているのですが、アルルさんが篭っている間魔力を補充されず、何時の間にか止まっていたようです。
「仕方がない、非常食で我慢するよ。幸いにも麦はあるし、麦粥に決定!」
そう言うとアルルさんは大鍋に水を入れ、釜戸に置くと魔力を通しました。竈に火が入り鍋を温め出します。湯を沸かす間にも、棚から干し肉や麦を出して用意していき、順次鍋へと投入していきます。
「後は待つだけだから、キミの名前を決めちゃおっか?」
「わふっ!」
「じゃあ、候補を挙げていくよ。」
ダイニングの椅子に腰掛けると、白衣のポケットからメモ帳と鉛筆を取り出すアルルさん。準備が整うと、書き留めながら候補を挙げていきます。
「ゲロル、ゲロゲロ、ゲロリン、ゲロリオ、ゲロタン、ゲロプス、ゲロガー・・・」
「わ・・・わふぅ・・」
次々と並ぶ『ゲロ』を冠した文字列。いったい何が、アルルさんをそこまで駆り立てるのでしょう。使い魔くんもこれにはドン引きです。なにより、このままでは愛称は確実に『ゲロ』一択です。乗り越えるには圧倒的に高すぎるハードルを前に、生後一日目にして絶望という概念を理解した使い魔くん。そこに一筋の光明が差し込みます。
「・・・プルト・・」
「わふっっ!」
初めて巡ってきた『ゲロ』から始まらない単語に、思わず飛びつきました。
「あ!気に入った名前があったかな?」
「わふ!」
「そぉかそぉか、当たると良いねぇ。」
「きゅ~ん?」
アルルさんの発言の意味が解らず、使い魔くんは首を傾げました。そんな彼を尻目に、アルルさんはメモ帳に更に何かを書き込んでいきます。一頻り書き終わると、屈んで彼にもメモ帳を見せてくれました。
左のページには縦に箇条書きにされた名前候補、そこから左のページに向かって各項から伸びる横線。横線の間には不規則に何本も縦線が走っています。そして名前候補の部分だけページを折って隠すと、アルルさんは言いました。
「さぁ、右端の出発点を選んで。道は必ず右から左へ、曲がり角が在ったら必ず曲がるのがルールだよ。」
「わふ・・・」
ようやくアルルさんの説明を理解出来た使い魔くん、『ゲロ』シリーズ回避のために真剣に選びます。そして重大な事実に気づきます。隠れているのは各項目だけ、道順はすべて見えているのです。
「わふん!」
そうと解れば、あとは簡単です。お目当ての項目から道を逆に辿っていき、肉球つきの小さな手(前足)で一つの出発点を指しました。
「よし、ちゃんとお目当ての名前を選んだね。理解力も応用力も、生まれたばかりにしてはすごく高いみたいだね。」
「わふ!?」
「むふふ、テストだよ知能テスト!嫌がりそうな名前を並べて、最後に本命を紛れ込ませたってわけ。流石に変人と呼ばれる私でも、相方が『ゲロ』的な名前ってのは簡便してほしいもん。どう気に入った?キミが生まれるまで、ずっと考えてた名前なんだけど。」
「わふ!!」
アルルさんが自分のために考えてくれた名前を貰えて、プルトくんは嬉しかったようです。何よりアルルさんの期待に応えられて余程嬉しかったのか、尻尾が臨界稼働状態です。
「さて、、名前も決まったことだし、食事にしよっか?プルトは座って待ってて。」
アルルさんはキッチンへと向かい、深目の木皿に麦粥を注いでいきます。そして二つの皿を手に戻ると、そこに広がる光景にまたもや驚かされました。なんとプルトくんはちゃんと座って待っていたのです、椅子の上で。しかも所謂『おすわり』の姿勢ではなく、足(後ろ足)を前に投げ出し肘掛けに手(前足)を置いていました。何より驚いたのは、食卓との高低差を考えてか、わざわざ何処からか木箱を持ってきて、椅子の上に乗せていました。
「キミはすごく人間っぽい子だね。それにしても・・・どうやって乗せたの?」
アルルさんは彼の目の前に木皿を置き、試しに木製のスプーンを渡してみました。プルトくんは右手で中程を掴むと、不思議そうに首を傾げました。
「やっぱり!体毛で判別し難いけど、物を持てるぐらい明確な指があったんだ。」
「きゅ~ん・・・」
アルルさんが真剣な顔で自分の手を見るので、不安になるプルトくん。彼女はそれに気づくと、彼の頭を撫でながら優しく言いました。
「別に責めてるわけじゃないから、安心して。少しびっくりはしたけど、寧ろ褒めてあげたいぐらいだから。ほら、冷めないうちに食べよ。スプーンの使い方は分かる?」
「きゅぅん?」
「実際に見せた方が早いかな。」
キッチンに再度戻って、もう一本スプーンを取ってくると、プルトくんの正面に座るアルルさん。持ち方や使い方をよく見せつつ、実演して見せます。
「持ち方はこう、できるかな?ちょっとスプーンが大きいね・・・今度、キミの手に合うのを作ろうね。使い方はこんな感じで掬って・・・よしよし、それを口に入れてみて。どう、できそう?」
「わふ!」
ぎこちないながらも、美味しそうに食べるプルトくん。そんな様子を楽しみながら、アルルさんも久しぶりの一人じゃない食事を味わうのでした。