表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

太古の夢

遠い遠い昔、一億年以上も昔のことです。セラニカの大地と空、そして海を制していたのは、始竜種(プリメア)と呼ばれる種族でした。


彼らは強靭な脚で大地を駆け、大空を夢見て翼を手に入れ、海に憧れ四肢を変化させました。多種多様な種が生まれ、激化していく生存競争の中、彼らは森羅万象の理を操る(すべ)を手にします。ある者は炎を吐き、ある者は大気から水を生み出し、またある者は雷を纏いました。中には稀に、光や闇、生命を操る者まで生まれるようになりました。現在の魔法のルーツは、辿ればすべてがこの時代へと行き着きます。その絶大な力を用い行われる生命の闘争は、空を焦がし、地を割り、海を凍らせました。


そんな激動の時代に彼は生まれました。彼は強靭な四肢で地を駆け、頭の大きなフリルで防御を固め、鼻先と額にある自慢の三本の角で敵を打ち破る、強者の種族の生まれでした。同じ種族の中でも一際強い彼は、二つの力を有していました。頭のフリルを基点にして水を御することで守りに長け、角に纏う雷で立ち塞がる一切を突き崩しました。


ある時、彼の一族は水辺を訪れ、窮地に立たされます。元より水辺は多種族が集まる危険地帯、時には天敵に遭遇することも珍しくありません。彼も仲間達も油断はしていませんでした。ですがその日は最悪の天敵に出くわしました。


奴等は獲物を狩るための進化を果たした恐るべき種族でした。より速く走るため、前肢を退化させて限界まで自重を減らし、大きく筋肉質な後肢で迫ってきます。そして凶悪なまでの顎の力で噛みつき、肉を抉り取っていくのです。


一匹だけであれば彼の敵ではありませんが、その日出くわしたのは、五匹からなる群れでした。奴等は普段群れることはなく、多くても番になる二匹です。五匹のうち三匹は若干小さいことから、恐らく番と親離れ前の子供達だったのでしょう。


もし彼一匹での遭遇であれば、水辺が近いこともあり、守りに専念すれば逃げることもできたかもしれません。ですが、今は護るべき群れが、彼の後ろにいます。彼は選択を迫られました。小を犠牲にしてた大を生かすか、大人達で総力戦を挑むか。前者を選べば、今回はほぼ確実に群れは助かります。後者を選べば、犠牲を出すでしょうが、奴等を殲滅出来る可能性が高いと思われました。そうなれば天敵を排することで、暫くの間この一帯は自分達の安住の地となるでしょう。


保身と野心、どちらを手に取るか。永遠とも思える一瞬の逡巡を経て、彼は決断しました。小を犠牲にして群れを護ると。


直ぐ様、一匹を残して逃げるように指示を出します。群れは子供達を中心に匿い、囲まれる前に逃げ出します。残された一匹も、群れを追わせまいと、じりじりと後退しつつ威嚇します。やがて群れが遠ざかると、奴等は追撃を諦め、残された一匹を確実に仕留めるために包囲します。


残された一匹、それは彼自身でした。自分一匹なら逃げられる可能性が高い。問題は如何にして、その状況を作るか。幸い、早い段階で自分に狙いを定めてくれたので、後は守りながら逃げる隙を伺うだけです。


奴等は狩りの練習なのか、小手調べのつもりなのか、三匹の子供達だけが間合いを詰めてきました。自らの種族の天敵とはいえ、彼も一族の頂点に立つ存在です。若造如きに後れは取らないとばかりに、先行した一匹を角で突き刺し、振り払う勢いを利用して旋回しつつ、残る二匹を纏めて尻尾で凪ぎ払います。


後続の二匹は、怪我はなかったとはいえ完全に怯み、先行した一匹は明らかな致命傷を負いました。その有り様を目の当たりにして認識を改めたのか、父親らしき最も大きな体躯の一匹が前に出ます。その口の鋭い歯の間からは、紅蓮の燐光が漂い、一目でその身に炎の力を宿していることが解ります。


「GARURURU・・・」


次の瞬間、奴が大きく顎を開くと、口腔の奥が一際強く輝き始めました。強力な一撃が来ると察知した彼は、焦ることなく水の力を使います。フリルの周りに魔方陣が現れ、傍の水辺より水が立ち上ぼると、彼の目の前に巨大な水の壁が出現しました。


「GUOOO」


更に彼が気合いの一声を揚げると、見る間に水の壁は固く堅牢な氷の壁へと変質していきます。そして変質が完了した瞬間、奴の(あぎと)から一条の熱線が放たれました。


最強の炎の矛と絶対なる氷の盾、二つの衝突は爆発的な水蒸気を撒き散らしました。そして高熱の靄が晴れると、そこには二頭の姿が現れました。どちらも未だ健在でしたが、元々熱を操る奴は耐性が有るため平然としているのに対し、彼の肌は赤く腫れ軽い火傷を負っています。

お互いの力は互角でも、熱に対しての耐性の無い彼では、その余波までは受け止め切れません。身体まで水で覆ってしまえば、無傷で済むかもしれませんが、その余剰分の力を余計に使ってしまいます。このままでは押しきられるか、背を向けた瞬間に狙い撃たれるかの道しかありません。最早、奴を倒す以外に道はありません。幸いにも、母親は残った二匹を護る姿勢のようで、参戦してくる気配はありません。勝負を掛けるなら、一対一の今だと判断した彼は前に出ます。


突撃を掛けながら、角に雷光を纏います。距離が縮まるにつれ、雷光は収束され、それ自体が彼の角であるかのように蒼白い刃を形成します。奴も口から紅い燐光を吹き出しながら、より強力な第二射を放つつもりです。彼が距離を詰めるのが先か、奴が射撃準を終えるのが先か、互いに次の一撃にすべてを賭けます。そして勝負を制したのは・・・・・・奴でした。


彼が奴を間合いに捉えるより早く、奴が全力の熱線を解放します。彼は、至近距離から奴の熱線を受けました。後ろに控えていた三匹が、勝鬨の雄叫びを揚げます。しかし、勝ったはずの父親は未だ熱線を放出し続けています。それどころか、その表情には焦燥感がありありと浮き出ていました。


正面に立つ奴にだけ、その光景は見えていました。彼の蒼白い刃が、自身の渾身の一撃を切り裂いている様が。熱線の圧力に、突進の速度こそ衰えていますが、着実に前進してきます。そして、とうとう熱線が途切れた瞬間、引き絞った弓が解き放たれるように、彼の身体が飛び出しました。奴の腹部に彼の角が深々と突き刺さった瞬間、奴の背中が爆ぜ、雷撃が四方八方に飛び散ります。


勝った!


彼は自らの勝利を確信しました。あとは残る奴等を追い払い、群れに合流するだけです。最大の脅威であった奴を屠ったことにより、他の三匹は既に戦意を無くしているようで、それも難しくは無さそうでした。突き刺さったままだった角を引き抜き、その場を去ろうと群れの去った方を向いたところで、彼はそれに気付きました。


遥か遠くの空、一面に広がる黒雲と止まない稲光。雲は左から右へと流れているのに、それが落とす影は凄まじい速度で彼に迫ってきます。彼の生存本能が最大級の警鐘を鳴らします。


アレは何か不吉なモノだ。アレの影に入ってはいけない。


しかし群れの長たる彼は、影の方へと向かった自身の群れが気掛かりでした。逃げるか追うか、逡巡している間にとうとう黒雲は彼の真上に到達しました。そして、彼が群れを追おうと決断した瞬間、黒雲はその端からベールのように自らを地面へと伸ばし始めます。黒雲のベールが地面に近づくにつれ、辺りの気温が急速に下がり、視界にはキラキラと輝く物が映り・・・・・・彼はその生涯を終えました。


大氷河時代。


その到来は、地上から多くの種を消し去りました。当時、圧倒的な列強種であった始竜種(プリメア)も、大多数が命を落とすこととなりました。そして彼らがセラニカの表舞台から消え、大氷河時代が去った後の地上を制したのは、毛むくじゃらの小さな小さな命達でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ