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極東4th  作者: 霧島まるは


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特別な感情

---

「あー…」


 夢の中で、彼が唸っていた。


 実に、面白くなさそうに。


「なあ、嫌な予感が当たったろう?」


 そして、早紀の顔を見るなり、そう言い放つのだ。


 ああ。


 心当たりがありすぎて、早紀は笑うことも出来ずに目を遠くへと泳がせた。


 きっと彼は、イデルグの双子のことを言いたいのだろう。


 鎧という立場から、どこまで現実世界のことを知っているかは分からないが。


 だが。


「今日の当主のキレっぷりときたら、とんでもなかったぜ」


 最初に彼の口から出たのは、イデルグのことではなく真理のことだった。


 そうか。


 鎧は早紀とつながっているが、きっと真理とも別の形でつながっているのだ。


 だから、真理のことが分かるのだろう。


 キレてたんだ。


 早紀は、更にいやーな気分になる。


 おとといも、昨日も、そして今日もいろいろあった。


 真理にとっては、どれもこれも面白くないことの連続だったろう。


「おかげで、妙にお前さんに執着しはじめた」


 ふぅと、鎧が嫌そうな音で言う。


「うーん、でもそれは…単なる持ち物の所有権とか、そういうレベルだから」


 それくらい、早紀だってちゃんと理解している。


 なのに。


 兜が、早紀の方を向いて微かに傾いだ。


「じゃあなんで…」


 声が、不意にひそめられる。


 この空間には、二人きりしかいないというのに。


「じゃあなんで…お前は、あいつに好かれたがってるんだ?」


 ガツン!


 そんな音が聞こえた。


 自分の頭の後ろの方。


『私のこと…好きじゃないくせに』


 甦る、昼間の言葉。


 早紀は真理に、何を求めたのか。


「だから、嫌な予感がしたっつったんだ…」


 本当に不快そうに、もう一度鎧がそう言ったが──早紀は、自分の思考に取りつかれていて、耳には入らなかった。



 ※



 そして翌朝。


 またも、登校の後部座席は、不自然な沈黙に包まれることになる。


 早紀の沈黙は、昨日のものとは違う。


 簡単に言えば──落ち込んでいた。


 昨夜、夢の中で鎧に言われたことが、起きてからもずっと彼女を刺し貫いていたのだ。


 だから、真理が現在どれだけ不快な状況であるかとか、どれだけキレているかとか、あまり意識を向けていない。


 自分のことで、手いっぱいだった。


 そして。


 出がけに、入り口にあった花が全部氷漬けになって粉々に砕けていたことも、確認はしたが衝撃に思うことはなかった。


「……」


 中央のタミが、右と左に一度ずつ大きく目を動かしたが、今朝は口は動かさないでいてくれるようだ。


 何で。


 何で、真理の好意を自分は欲しがったのか。


 他の誰よりも、そんなものを望めないはずの相手なのに。


 それが、分からないのだ。


 タミに、そんなものを求めていない。


 修平にも、勿論、イデルグの双子にも。


 なのに──真理には、求めてしまった。


 ちらりと。


 真理を見た。


 むっつりと、不機嫌を残した──それでも、綺麗すぎる横顔。


 子供の頃、早紀が来た時に出ていけと言った時も、こんな顔だったのかもしれない。


 ああ、そうか。


 少しだけ、心当たりを見つける。


 その出会いが、キーワードだ。


 真理は、最初から彼女を煙たがっていた。


 他の人が、空気レベルには彼女をそこに置いておいてくれたのに、彼だけが早紀を拒絶していた。


 そう。


 空気ではなく、唯一拒絶してくれた人なのだ。


 逆に言えば。


 早紀の『存在』を、たった一人強く認識してくれていた相手だった。


『出ていけ』、『まだいたのか』と面と向かって言われる度に、彼女は何とか図太く切り抜けてきた。


 だが、あの瞬間だけ、早紀という魔女は生きていた。


 この世にあって、唯一誰かから特別な感情を抱かれていた。


 それが──真理だったのだ。



 ※



 学校につき、早紀は自分の席についてなお、心は自分の内側に囚われていた。


 そうだ、最初は真理だったのだ。


 次が、鎧の男。


 早紀は、彼に好意を覚えかけた。


 真理よりも、鎧の男のそばにいたいと考えた。


 だが、それを彼は、早紀に拒ませた。


 ここは、ロクなものじゃないと、居座る場所ではないと突きつけたのだ。


 そしてその次が──伊瀬。


 彼だけは、何故か早紀を見つけることが出来た。


 理由は分からないが、彼女はどうやら伊瀬(あるいは海族)の近くにいると、能力を発揮できないらしい。


 それは、零子が応接室の早紀を、容易に見つけることが出来た事件で証明されている。


 そんな環境のせいもあるかもしれないが、伊瀬は彼女を見つけた。


 魔女と知ってなお、追ってきた。


 そして。


 好意に近い感情を覚えた。


 好意に近い感情をもらった。


 なのに。


 その好意の感情は、成立しなかった。


 種族の違い、母親のせい、相手の立場のせい。


 いろんなものが立ちふさがって、あの部屋が砕けた時のように、ぱぁんと割れて失われたのだ。


 結局。


 早紀には、真理だけが残ったのである。


 なんだ。


 彼女は、自分を好きになってくれる人を、フラフラと探している自分に気づいた。


 なんだ、そうか。


 私は。


 ただ、誰かに好かれたかったのか。


 は、はは…。


 唇を軽く開けるだけで、音のない乾いた笑いを浮かべる。


 教室の誰も、そんな早紀には気づかない。


 自分という生き物を認めた誰かに、好きだという感情を持って欲しかっただけなのだ。


 その相手がいま。


 真理しかいない、というだけ。


 何と高級な──残り物。



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