脳筋
---
早紀は、帰りの車中、非常に気まずい気分を味わわされた。
昼休みに、あんなやりとりを真理としてしまったのだ。
噛み合うはずのない、『好意』という感情。
要求され、つっぱねた。
真理は黙ったままだが、早紀を無視したいつものだんまりとはワケが違う。
そして、この空間には。
「……」
タミもいた。
同居がはじまってから、彼女も一緒に通学するようになっていたのだ。
彼女は、ちょうど中央の席。
両側の微妙な異変に、無言で視線だけを投げてよこすのである。
制服姿だが、手袋はいつも通りだ。
その手袋の手が、軽く早紀の腕に触れている。
彼女の存在を、忘れないようにするための、タミなりの方法らしい。
特に拒む理由もないので、戸惑いながらもそれを受け入れていた。
「そういえば…」
その彼女が、微妙な空気を軽くつつくように声を発する。
どちらに向けて言おうとしているのか、分からないが、早紀は自分にではないだろうと思っていた。
「イデルグ卿の子息に、いろいろ聞かれましたわ…」
瞬間。
車内の空気が、冷凍された。
真理の、視線によって。
なんで、タミがイデルグの話を。
そう思いかけて、すぐに分かった。
タミは、1年なのだ。
そして──ハイクラス。
あの双子と、クラスメートなのである。
彼女が、カシュメル家にいるという情報を、どこからか仕入れたに違いない。
タミの視線が、早紀の方に向く。
真理ではなく。
「あなたの好きなものを、調べて欲しいと頼まれたのだけど…」
冷えゆく空気の中、彼女は淡々と早紀に向けて言葉を続ける。
いや、あの。
タミの向こう側のブリザードに気圧されて、早紀の唇は、あわあわと空回る。
「そんな義理はないから、『脳筋に付き合う暇はなくてよ』、と答えておいたわ」
よかったかしら?
早紀は、斜め上方を見ながら、タミの言葉に軽く汗をかいた。
ああ──どっちか分かった。
※
帰りついたら。
「ああ…」
タミが、軽く理解した声を出した。
真理は、一瞬だけ足を止めた後、全てを無視してさっさと屋敷に入ってしまった。
早紀は。
あ、あは、あは。
途方に暮れる笑いを心の中で浮かべながら、『それ』を見ていた。
屋敷の入り口にあったのは──大量の花、花、花。
むせかえるほどの香りが、たちのぼっている。
よほど、香りの強い花のようだ。
赤と黒が混じった薔薇のような花を、タミが一本抜き取る。
「あなたを、匂いで見つけるつもりかしら、あの脳筋は…」
タミは、この犯人を甲斐と睨んだようだ。
抜き取られた花が差し出され、早紀は反射的に受け取ってしまった。
うーん。
居心地が悪い。
真理は、全力で無視したようだが、これまでの様子からすると、非常に不機嫌になっているのは分かる。
更に、早紀としては非常に虚しい。
突然、周囲に好意を要求する男が増えてきたが、皆、別に彼女を好きなわけではないのだ。
それを勘違いして、舞いあがれるほど、お気楽な性格はしていなかった。
この花は、とても暗い華やかさがある。
彼女に似合うと思って送られたとは、到底思えなかった。
自分を産んだ母親ならば、間違いなく似合うのだろうが。
ため息をひとつついて、早紀は花をよけて屋敷へと入る。
二階へと上がり、自室に戻ろうとした時。
真理がまだ制服のまま、奥の部屋から出てきた。
つい、そっちを見てしまう。
真理も、遠いながらに早紀を見た。
随分、距離があるのに。
自分の手が──ひやりとした。
その手に握っているのは、タミにもらった1本の花。
あっと、慌てて花を身体の陰に隠す。
真理は、黙ったままこっちを見ている。
いたたまれなくなった早紀は。
逃げるように、自室に飛びこんだのだった。




