バカで出来損ないの魔女
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十数年。
十数年、魔族の家に住み、魔族専門の学校に通い続けておきながら。
この女は、自分や周囲が何者か知らなかったというのだ。
真理は、その事実に強い頭痛を覚えた。
常識として親から聞いているだろうとか、成長の過程で気づいているだろうとか。
自分にしてみれば、あまりに常識的なことのため、いちいち確認を取ることなど考え付きもしなかった。
大体。
早紀という女は、とにかく影が薄い。
いるのかいないのか、すぐに分からなくなる。
何度、真理はその存在を忘れ続けたことか。
同じ車で、毎朝同じ学校に行っているにも関わらず、三ヶ月以上存在認識しなかったことさえある。
その、とんでもなく影の薄い女は、イケニエとしてこの家に連れてこられた。
将来、真理が受け継ぐ物のために、必要なイケニエだったのだ。
そのイケニエの条件は。
魔女、であること。
魔族の女を、総称してそう呼ぶ。
遠い遠い親戚の子──だが、真理とわずかでも血がつながっているのなら、早紀は間違いなく魔女だ。
なまじ、傍系の傍系な上、親もいないという事実は、誰も早紀の命には頓着しない、ということである。
こんな、うってつけの存在はなかった。
だが。
魔女の能力は、その「物」に影響を与える。
初めて、真理が早紀を見た時。
ぽかーんと口を開けながら、屋敷を見上げているバカっぽい顔を見た時。
真理は、このイケニエを全身で拒否したのだ。
幼少の頃から、自分が何者で、何をすべきかを知っていたからこそ、真理には誰よりも高いプライドがあった。
こんな、駄目魔女の力を借りなければならないくらいなら。
だから。
だから、真理は小さな早紀を追い出そうとしたのだ。
だが。
魔女とは名ばかりの小娘は、気づくと屋敷にい続けたのだ。
図太さと、影の薄さを併せ持ったまま。
そして、ついに──真理の17歳の誕生日が来てしまった。
※
誕生日の前日。
朝。
修平に廊下で声をかけられた時、本当に偶然に早紀を目にした。
珍しく、その存在が目に留まったのだ。
そして。
賭けに出た。
この女を、イケニエにしない最後の手段、だった。
正確に言うと、魔女なしで「あれ」を手に入れる方法も、真理は知っていたのだ。
ただし。
その場合、魔女の能力は付加されず、能力そのものが低下する可能性があった。
しかし、真理には自分の存在についてのプライドがある。
自分の血と能力で、それを制御できると思っていたのだ。
なのに。
バカで出来損ないの魔女は、屋敷にいた。
よりにもよって、修平に助けを求めていたのだ。
彼は、早紀の味方でもなんでもないというのに。
結局。
真理は、それを運命だと理解した。
この出来損ないの命を救うべく、彼にしては手を尽くした。
それを、無駄にしたのもまた、この出来損ないだったのだ。
せめて。
最後の情報として、生まれ変わる可能性だけを教えてやった。
彼の助言に従い、早紀が微かな望みをつなげることが出来れば──それもまた運命だと思ったのだ。
出来損ないだと思った女は、その微かな望みをつないで、生まれ変わった。
二度、死んだのだ。
肉体を真理に殺され、魂を「あれ」に殺された。
殺す側の二人に、早紀を受け入れる意思があった時だけに成立する契約。
それが。
いまの、早紀だ。
彼女は、魔族と「あれ」のハーフになった。
制御するのは、真理。
その証を、早紀の額に記した。
起きている間は真理の、寝ている間は「あれ」の──下僕になるという証。