怖いより
---
「お前は…俺が嫌いか?」
いたって、真面目な質問だった。
真理は、自分に対するいい感情を、早紀から引き出さなければならないと悟ったからだ。
嫌いの反対は、好意的な感情だ。
その中には、単純な好きから、憧れや尊敬というものも含まれる。
もし、早紀がそのような感情を自分に持っていると自覚すれば、おのずと行動も変わってくる。
その感情が、他より強ければ、真理を裏切ることもなくなる。
母とやらも、海族とやらも、ほかの魔族の邪魔者も、入ることが出来なくなるのだ。
これまで、早紀が自分に対してどう思っていようが、どうでもよかった。
憑き魔女としての仕事さえきっちり果たせば、あとは本当に何でもよかったのだ。
だから。
そのように扱ってきた。
しかし、彼女はただの『物』ではなかった。
まったく思い通りにはならない。
そして、このまま思い通りにならなければ、真理にとって残念な事態になる可能性があるのだ。
それを阻むためには。
真理を好きにさせるのが、一番早いことに思えたのだ。
早紀は。
長いこと硬直していた。
真理の質問は、思いのほか彼女に衝撃を与えたようだ。
「え…っと…あ…」
その顔のまま、意味不明な声をこぼす。
「あっと…えと…」
驚きの目は、真理を見たまま。
「好きとか…嫌いか…とかじゃなくて…」
ようやくその唇が、意味のある言葉を紡ぎ始める。
「ええと……怖い」
そして──魔族としては、喜ばしいホメ言葉をもらう羽目となったのだ。
いま、真理が望む言葉の中では、真反対に近いものだったが。
※
畏怖があるのは、想定していなかったわけではない。
真理は、憮然としつつもその事実を受け入れた。
しかし、当主としてカシュメルの血族の者に、尊敬されて然るべきだと、心のどこかで思っていたのだ。
だが。
相手は、あの早紀だったのだ。
憑き魔女になるまで、彼女は自分が魔女である事実を知らなかった。
だから、カシュメル家のことなど、これっぽっちも理解していなかったのだろう。
畏敬にせよ尊敬にせよ、生まれるはずがないのである。
そんな、鈍い娘に。
当主自ら魔力を分け、タミの手配をし、育ての母の人間のことを調べ、近くまで連れて行き、海族に拉致されているところを助けに行ったのだ。
しかし、そのいずれも(魔力を分けたことはともかく)、早紀をありがたがらせることなどなかった。
この女は。
真理は、彼を『怖い』と一言で片づけた女を見た。
重苦しい髪をタミに切られたらしく、昨日のような化粧がなくとも、随分様変わりした気がする。
目もとは、まだおぼつかないが、それでも真理の反応を伺っていた。
怖い、ということに対して、彼がどう出るのか。
「怖いより…」
釈然としない結果を、真理は塗り替える必要を感じた。
感情は、変わる。
人によっては、それこそめまぐるしく。
「怖いより…好きになれ」
早紀が、魔女である自分を受け入れ始めたように、いま彼女の持つ『怖い』を変えることは出来るのだ。
それが、彼女を取り巻く不穏な環境から、彼女自身を守る力になる。
そんな真理の言葉に。
早紀は、一瞬固まって。
しかし。
直後。
深く沈んだ表情になった。
理解できない、感情の動きだ。
何故、そこで沈むのか。
唇が。
早紀の唇が、小さく動く。
「私のこと…好きじゃないくせに」
ぼそり。




