ありえない出来事
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「あぁ…」
非常に不愉快な声を、美濃が吐いた。
話の途中、いきなりの出来事だったため、早紀は身を硬くしたのだ。
何か、自分に対してひどいことを言われそうな気がしたのである。
しかし。
美濃の視線が、目の前の早紀から教室の入り口に向けられた時、その理由がはっきりした。
真理が──こっちを見ていたのだ。
どこに目がついているのか。
以前の、トゥーイ訪問の時も、同じようなことがあった。
いつの間にか、彼がそれを見ているのだ。
こ、これは。
早紀は、うっすらと汗をかきながら、言い訳したい気分にかられる。
確かに、彼女は美濃がいることを許容した。
相手が下手に出ていたから、断りにくかったということもあるのだが。
それでも、イデルグの息子と話をしていた事実は、真理には面白くないのだろう。
彼が、戦いで順位を争う家系なのだから。
「大したつながりだな…よく気づくものだ」
ふぅと、大きく息を吐いて、美濃は席を立ち上がる。
真理の視線が、彼を追い出そうとしているのだ。
「もし、俺を頼ることがあれば、一年のハイクラスに来い…いつでも話を聞こう」
最後に一言。
早紀には、やわらかい言葉を残して、美濃は真理のいる出口の方へと向かった。
え?
自分が美濃に頼るケースは想像つかなかったが、もう一つ引っかかる言葉があったのだ。
え? え?
つい、その大きな背中を見送る。
真理の近くに立つと、体格差がなおさら明らかだ。
い…一年って。
なのに、彼はああ見えて年下だったのである。
「話をしていただけですよ…勿論、彼女の同意の上でね」
そして。
美濃は、真理にも一言を残した。
その内容は、真理の視線を彼女に向けさせるには、十分すぎるもので。
まさに──余計なひと言だった。
※
あの真理が。
あの真理が──早紀と話でもするか、と言ったのだ。
呆然としながら、彼女はさっき起きた出来事を、頭の中で反芻していた。
しかも、今も真理は目の前にいるのだ。
椅子に腰掛けて。
だが、やっぱり真理だ。
この状況を、ヨシとはしていない顔だった。
おそらく、さっきの美濃のせいに違いない。
「あの…」
こんな不自然な会話は、正しく成立するはずがないのだ。
早紀は、そう悟った。
「あの…さっきのは、本当に別に大した話は…」
とんでもない話は聞きはしたが、彼女はそれにとりあえずフタをかぶせる。
いまはとにかく、真理を立ち上がらせ、この教室から出て行かせようと思ったのだ。
目が。
真理の目が、こちらをじっと見る。
いつもと違うように感じるのは、目の高さの違いか。
お互い、椅子に座っているせいで、いつもより近い高さに感じる。
まるで。
そう、まるで。
真理が一段降りて、早紀の高さに近づいてくれたような。
あ、ありえないから!
早紀は、大慌てでいま考えた自分の思考を否定した。
あの真理が、憑き魔女ごときと同じ高さに降りるはずがない。
あの真理なのだ。
あの──
「お前は…俺が嫌いか?」
…。
……。
………。
い、いま。
いま、何か、すごいセリフを聞いた気がする。




