血統
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早紀の知らない、母親の話だった。
元々、ほとんど知らない実母のことだ。
彼女は、何を聞かれても「知りません」以外の答えを言うことはないと思っていた。
しかし。
宙空に現れた、自分の母親の若い姿に、正直驚いたのだ。
今にも動き出しそうなほど生き生きと、貴沙という女性は自分を睨んでいたのだから。
ほけーっと口が開きそうになって、慌てて引き結ぶ。
零子のように、タミのように。
静かな顔でおとなしくしていよう──そう思った。
どうせ、早紀は全然似ていないのだ。
すぐに、イデルグは彼女に興味を失うだろう。
「オレの子供を、産ませたかったんだがな」
なのに。
爆弾発言が投下され、早紀は目を見開いてしまった。
産ませたかったという希望の言葉なので、彼は自分の父親ではない。
すぐにそう理解したが、彼女の中ではいまだ謎なその部分に触れられたせいで、ひどい驚きになってしまった。
「ほう…なかなか、個性的な顔にもなるな」
イデルグのコメントに、慌てて早紀は人形の顔に戻る。
「貴沙に子供を産ませた男は、一体誰だ? オレを袖にしたんだ…生半可な相手じゃあるまい」
だが、おとなしく人形に戻してくれるはずがない。
やはり、話がそっちへと運ばれていく。
早紀は。
真理を見た。
答えていいかという問題以前に、答えようがなかったのだ。
「……言えない相手ですよ」
真理の言葉には、あらゆる含みが込められている気がした。
お話する理由はありません、という拒絶。
それと──言うには、はばかられる相手です、という揶揄。
はばかられる。
それほどすごい相手という意味にも取れるし、それほどひどい相手とも取れる。
「なるほど…まさか、あのお方じゃないだろうな…はははははっ」
自分の言葉に、傑作だとイデルグは大きく笑った。
すごい方で解釈してしまったようだ。
※
早紀が、複雑な気持ちのまま、晩餐の席に座っていると。
「…お子さんは?」
ずっと黙っていた真理が、するりと声を吐き出す。
冷気もないが、興味もない口ぶりだった。
興味もないのに聞くということは、話を別方向へそらそうという思惑があるのだろう。
早紀の母親や、出生の話をあまり蒸し返されたくないのだ。
それは彼女も同じだったので、話の行方が気になり、真理の声を追うように、イデルグの方を見た。
「ああ、三人いる。男は二人…双子だ」
ニヤリと、1stは笑う。
さすがは魔族である。
好きだった魔女に袖にされても、そのまま諦めきれずに操立てなど、するはずがなかった。
そのニヤリは、どこか本気で面白がっている顔である。
「…それは、お気の毒に」
真理は、やはり興味のない口調で、社交辞令的に返す。
お気の毒?
早紀は、意味が分からなかった。
双子。
「男が二人いるだけでも厄介なのに、双子だぞ…まあ、せいぜい殺しあってくれ、ってとこだ」
イデルグの笑いに、早紀は動きを一瞬止める。
何か、物凄い発言を聞いた気がしたのだ。
いやな理解が、彼女の頭に浸透していく。
そうか、と。
イデルグの息子ということは、彼が引退した後、鎧を引き継ぐということだ。
しかし、鎧は一つ。
受け継げるのは、たった一人だ。
普通ならば、一番上の男が継ぐ気がするが、双子ではどちらも納得しかねるだろう。
しかも、魔族なのだ。
おとなしく、相手に鎧を譲るはずがない。
「ついでに、ご自身が殺されないようご注意を」
しれっと真理も、怖い言葉を上乗せする。
「ははは、オレを殺せるならいっそ上出来だ」
極東のトップは、身体だけではなくツラの皮もしっかり鍛えているようだった。
※
晩餐後、すぐに帰る、という方向にはならなかった。
イデルグは真理を連れ立って、話をするために別室へと向かってしまったのだ。
ぽつん。
残されたのは、早紀だ。
勿論。
イデルグは、使用人に彼女を他の部屋に案内するよう命じたのである。
そして、二人は先に行ってしまった。
ぽつん。
使用人は、主の命令を遂行しなかった。
いや、出来なかったのだ。
何故なら、早紀の存在を一瞬で見失ってしまったからである。
おかげで。
彼女はまるで空気のような存在感で、手持ち無沙汰になってしまったのだ。
まあ。
ある意味、気楽だった。
どこにいたとしても、どんな変な行動をしたとしても、誰もそれを認識できないということである。
よその魔族の屋敷など、入ったことのない早紀は、ゆっくりと歩き出した。
大きなホールを覗くと、黒い甲冑が飾ってあるのが見える。
イデルグが身につけている本物かと、近づいて見てみたが、造型は全然違った。
ただの飾りなのだろう。
貴重な本物を、こんなところに置きっぱなしにしているはずがない。
息子が二人、鎧の後継を狙っているのだから、なおさらだ。
ふと。
背後に気配を感じて、早紀はどきっとしながら振り返った。
誰かが入ってきたのだ。
「ふぅ…」
ため息混じりに、その人物は早紀の方へと近づいてくる。
少年──というには、既に身体がきっちりと出来上がっている気がした。
しかし、一目で分かった。
イデルグの息子だと。
彼の血を色濃く受け継いでいる、力強い肉体派だったのだ。
双子の片割れだろう。
目は、何も見てはいない。
早紀の存在に、気づいていないのだ。
「見えない魔女って…ホントかよ」
難しい顔をしながら、ぼそっと呟かれた言葉は──早紀の心臓を、強く跳ねさせたのだった。




