車内
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学校へ行くのと同じ車で、しかし、違う行き先に向かうための車に乗り込む。
早紀はただ、唇を引き結んでいた。
真理は、窓の外を見るでもなしに見ている。
気配から、早紀へのささくれのようなものは感じない。
もう、昨日のことなど、どうでもいいのだろうか。
傷は隠れているが、痛みはまだ、彼女の額に残っているというのに。
元々。
毎日同じ車で登校していたが、一言も会話をかわさないことなど当たり前だった。
話があるとしても、一方的なものだけ。
いつも通りと言えば、おかしいことなどない。
すべての支度が整って、早紀が鏡を見た時。
正直、悲鳴をあげそうだった。
いつもの自分からは想像もできない、正統な魔女が鏡の中にいたからだ。
教えられた通りに、しっかりと唇を閉ざしていると、その唇が開いた瞬間に魔法をかけられそうな錯覚を覚えるほど。
育ての母への思いを、髪と一緒に断ち切ったからだろうか。
『魔女に…なったか』
真理の言葉が、脳裏に甦った。
彼が言葉にするほど、今の自分は魔女になっているのだ。
魔女でありながら、魔女に近づかないようにしていた足かせが、薄れているのが自分でも分かる。
海へ逃げることも出来ず、三度目の死を免れたことも、早紀の選択肢を減らし、魔女の道へと追いやっていった。
そして何より。
あの充足感が、早紀を掴む。
麻薬のように、もう一度あれを望む自分がいるのだ。
ふと。
視線を感じた。
真理の瞳だけが、こちらを見ている。
目を──そむけてしまえばよかったのだ。
なのに、見返してしまった。
真理の瞳の中の自分を、見ようとしたのかもしれない。
でも、それは不可能だった。
彼が先に、目をそらしてしまったのだ。