完璧主義者
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相手が女とはいえ。
身体を見られるのは、決して平気なわけではない。
しかも、相手はきちんとした姿をしているにも関わらず、自分はパンツ一枚の情けない姿だ。
さっきから、早紀の身体を眺めては、クローゼットからドレスを引っ張り出し、投げ捨て、また引っ張り出しを繰り返す。
「あの…一体何が…」
次の服を掴んで振り返ったタミは、それを彼女に押しつけるように突き出す。
「着て」
有無も言わさぬ迫力に気圧されながら、早紀はそれを握らされていた。
「今夜…イデルグ家に招待されているの」
服をいじっている彼女に、タミは続ける。
はっと顔を上げたが、向こうは早紀の反応よりも、服を着る作業に視線を向けたまま。
慌てて、早紀は服に頭と袖を通した。
イデルグ──1stの鎧の人だ。
真理の思考を通して、早紀にもわずかながらに他の鎧の主の知識がある。
鎧を持っているのだから、カシュメル家と負けず劣らずの家系なのだろう。
そこに。
誰が、招待されたというのか。
背中を長く走るファスナーに苦戦しながら、疑問を組み立てようとしていたが。
「あなたの主と…あなたがよ」
背中に回ったタミが、ジャッと一気にファスナーを引き上げる。
『主』
その表現に、どきっとした。
この心にある、どうしても断ち切れない何かを、言葉にするとそういうものになるのだろうか。
絶望し、死にかけたのはつい昨日のこと。
しかし、その死の崖っぷちで、断ち切れないそれを見てしまった。
そして。
その『主』なるものと重なる瞬間を、渇望してしまったのだ。
この感情は、鎧と一体化しているせいなのか。
鎧の男の感情が、早紀の中に流れ出しているのだろうか。
自分の感情に戸惑っている彼女を、タミがじっと見ている。
視線に気づいて、引け腰になっていると。
手袋の手が、伸ばされた。
「リボン…も、黒がいいわ」
言われて、はっとしていた。
いつも自然と髪に絡みついている、深い青のリボン。
一瞬だけ、伊瀬が脳裏をかすめる。
早紀は。
青のリボンを──外していた。
※
タミのこだわりは、半端ではなかった。
出かけるのは、夜からだと聞いたのに。
普段から、自分のスタイルにはポリシーがあるのだろうとは分かっていたが、早紀に服を貸すだけでは終わらなかったのだ。
一度着せた服を、ひんむかれた後──髪を、切られた。
ハサミを出された瞬間、喉にせり上がった感情を、早紀は言葉に出来なくて。
母を、忘れないための髪だった。
だが。
もはや、誰にも義理立てをする必要などないのだと。
そう思うと、ひどい葛藤が喉の中で渦巻いたのだ。
しかし。
髪を切るのもいいかもしれない──そう、観念してもいた。
母への愛の感情は、決して消えてはいない。
ただ、会うことはもう出来ないのだ。
生きている事実だけを喜び、それをただ、愛に変えて行こうと思った。
その踏ん切りとして、髪を切るというのはいいことに感じたのである。
シャリッ。
重苦しいおかっぱを、タミが削ぎ落としていく。
頬から顎のフェイスラインに沿うように、髪が流される。
前髪も。
トップも。
随分重かったのだと、足もとに散り落ちる髪の量でよく分かった。
髪を切り終えるや、今度はバスルームに連れ込まれる。
奇妙な形の薬の瓶が、山ほど並べられていて。
バスタブに落とすもの、磨き上げるためのもの。
むせかえる不思議な香りに包まれながら、早紀はタミに磨き上げられた。
完璧主義者。
まさに、その言葉がぴったりだ。
魔力オタクだとは思っていたが、完璧主義者という素地がオタクを後押ししたのだろう。
身分は、はるかに早紀よりいいはず。
それでも、タミが自分に構うのは、早紀の持つ特殊な能力について知りたいからだろう。
魔力オタクとして、完璧主義者として、プライドを犠牲にしても手に入れたいに違いない。
プライドを犠牲にしても──その点が、タミのすごいところだと思った。
目的のためなら、曲げられないものでも曲げてくる。
少しだけ。
好きだな、と思った。




